24 たとえ、雑草でも花には違いありませんもの


「やった~♪ ハルちゃんと同じ組だねっ!」


 ヴェリアスが能天気な声をかけてくるが、黙殺する。

 こっちは傷心中なんだから黙ってろ!


「運動神経のいいディオスとエキューも花組だし……。これは、今年の勝利は花組がもらったかな?」


 俺に無視されたのをさらりとスルーして、ヴェリアスが不敵に笑う。


「気が早いな、ヴェリアスは。勝負は最後の一瞬まで、勝利の女神がどちらに微笑むか、わからないものだろう?」


 リオンハルトが微笑んで返すが、そう言う本人こそが女神のような美貌だ。男だとわかっていても、思わず見惚みほれそうになる。


「そうですよ、ヴェリアス先輩。わたしとて、運動ができぬわけではありません」


 クレイユも切れ長の目をわずかにすがめて、挑戦的にヴェリアスを見やる。

 そういや、コイツってクールっぽく見えて、意外と負けず嫌いなんだよなぁ……。


「あら。わたくしが勝利の女神となって、リオンハルト様とクレイユ様に、勝利をもたらしてみせますわ!」


 高らかに宣言したのはイゼリア嬢だ。


 うん! イゼリア嬢に応援してもらえるんなら、俺、死に物狂いで頑張るっ!

 ……けど、花組の俺が頑張っても無意味なんだよなぁ……っ!


「頼もしいことだね」


 リオンハルトににこやかな微笑みを向けられたイゼリア嬢が、嬉しそうに口元をほころばせる。


 微笑み、いただきました――っ! 可愛いっ! 尊いっ! 最の高っ!


 くそーっ、リオンハルトめ! イゼリア嬢と一緒の星組だからって……っ!

 俺だって、イゼリア嬢をはにかませてみたいっ!


「今年は、両陣営に勝利の女神がいることになるね。華やかで今から体育祭が楽しみだ」


 この場で唯一、俺の傷心を知っている姉貴が、とりなすような声を出す。


 去年の生徒会役員は全員、男子生徒だったらしい。しかも、リオンハルト達を除いた役員は三年生ばかりだったため、この春で卒業している。


「理事長がおっしゃるとおり、それぞれの組に女子がいてくれるので、応援合戦が華やかそうですねっ」


 はずんだ声を無邪気に上げたのは俺の右隣に座るエキューだ。


「そうだな」


 エキューの向かいに座るクレイユが、ふだんの淡々とした声音とは違う、優しげな声で同意する。


 ――って、ちょっと姉貴! ちゃんと理事長の仮面をかぶっとかなきゃ、にやついた顔に、腐女子の本性が出かけてるぞ、おい!?


 どうせ「エキューたんには優しいクレイユたまらん!」とか考えてるんだろ!? わかりたくないのに、手に取るように読めるぞ!


「それぞれの組に花一輪、か……。くじなのに、なかなかうまく分かれたな」


 ディオスが感心したように言うが……。

 ううう、俺は花二輪がよかったよおぉぉぉっ!


「花……。そうですわね。温室の胡蝶蘭こちょうらんだって、道端のタンポポだって、大きくひとくくりにすれば花ですものね」


 ティーカップを優雅な仕草でソーサーに置いたイゼリア嬢が、薄いが柔らかそうな唇を吊り上げる。


「『花組』を引き当ててよかったですわね。たとえ雑草でも、花には違いありませんものね」


 おーっほっほ! とイゼリア嬢が悪役令嬢特有の高笑いを響かせる。

 目の前で放たれた嘲笑に、俺は思わず身を震わせた。


 生でイゼリア嬢の高笑いが聞けるなんて……っ! なんて素晴らしいんだ! やっぱり、一緒に生徒会に入ってよかった……っ!


 魂を抜かれたようにイゼリア嬢を見つめる俺に、イゼリア嬢が不快げに眉を寄せる。


「何ですの? タンポポがご不満なのかしら? 言いたいことがおありなら、はっきりおっしゃったらいかが?」


「その……」

 なぜか周りから注目される中、俺は必死で言葉を探す。


「その……、私もイゼリア嬢は星組がふさわしいと思います! イゼリア嬢の麗しさは、天に輝く星よりもまばゆいですから!」


 俺は両のこぶしを握り締めて熱弁を振るう。


「それに、花の種類の差こそあれ、イゼリア嬢に同じ花だと言っていただけるなんて……! 光栄ですっ!」


 告げた瞬間、イゼリア嬢の柳眉がきゅっと寄る。


「そう……。やっぱりあなたにはタンポポがお似合いですわね。ふわふわと綿毛みたいに軽い頭の中だこと!」


「そんな……。照れてしまいます……」


 嬉しさのあまり身をよじると、イゼリア嬢が呆れ果てたように嘆息した。なぜかヴェリアスがこらえきれないとばかりに爆笑している。


「……イゼリア嬢。そのくらいに」

 リオンハルトが吐息とともに告げる。


 穏やかだがきっぱりした声音に、イゼリア嬢がばつが悪そうに口をつぐんだ。


 少しねたような表情も尊いほどに可愛いっ! 俺を萌え死にさせる気かっ!

 ほんっと、生徒会に入ってよかった……っ!


 と、俺はイゼリア嬢の麗しさと紅茶の美味しさをしみじみと堪能たんのうした。

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