20 わたしが相手役を務めても?


 二位の生徒の失敗を願った己の行為を悔やんでいると、リオンハルトがステージに出てきた。


 颯爽さっそうと歩む姿に、波が引くように観客が静まっていく。 


 ステージの中央まで来ると、リオンハルトは観客に向き直った。その手にはマイクが握られている。


「エイプル先生たちは現在、医務室に向かっています。不幸なアクシデントがありましたが、審査を待っている出場者はあと一人。コンテストはこのまま、最後まで続けます」


 耳に心地よい声できっぱりと告げたリオンハルトが、観客席の最前列、審査員席の中央に座る理事長に視線を向け、ふわりと笑う。


「理事長。エイプル先生の代わりに、わたしが相手役を務めても?」


「もちろん。リオンハルト君、きみならエイプル先生にも負けない腕前だろう。安心して任せられる」

 理事長――姉貴が、満面の笑顔で大きく頷く。


「ありがとうございます」

 謝意を述べたリオンハルトが、俺がいる舞台袖へと歩いてくる。そばにいた実行委員の一人に、マイクを渡し。


「さあ、おいで」

 リオンハルトが俺の手を取ったかと思うと、ステージへ引っ張り出された。


 突然、集中した視線の圧に、反射的に身がすくみそうになる。と、


「大丈夫。わたしがついている」


 優しい囁きと同時に、力づけるようにリオンハルトの指先に力がこもる。

 ステージ中央まで来ると、手を放して俺を振り返り。


「可憐なお嬢さん。わたしと一曲、踊っていただけますか?」


 片膝をついたリオンハルトが、すっ、と右手を差し伸べた。

 

 観客席で黄色い歓声が爆発する。


 おいっ! エイプル先生はこんな演出してなかったぞっ!?

 が、ここで乗らないという選択肢はない。


「はい、喜んで」


 俺が手を重ねると、にっこりと花が咲くようにリオンハルトが微笑んだ。背景に深紅の薔薇が咲き誇る幻覚が見える。


 リオンハルトが立ち上がると同時に、軽やかなワルツの調べが流れ出した。


 俺の背中に手を回したリオンハルトが、ぐい、と俺を引き寄せる。ふわりと漂うどこか甘いコロンの香り。


 ばくりと跳ねた心臓が、緊張を自覚する間もなく。

 軽やかな曲に合わせて、ごく自然に身体がステップを踏み始める。


 ふわりふわり、とドレスの裾がひるがえる。


 右手を握るリオンハルトの指はあくまで優しく、背中に添えられた手のひらは、励ますかのように力強い。


 優美で気品のあるステップ。だが、同時に頼もしいことこの上ない巧みなリードは、くるりくるりとどれほどターンをしても、ぶれることがない。


 ステップを踏むたびに、心がふわふわと弾んでゆく。


(思い通りに踊れるって、こんなに気持ちいいんだな……)


 審査ということも忘れて、楽しさに顔が自然とほころぶ。

 悔しいが、リオンハルトがパートナーとして最適なのは認めざるを得ない。


 ちらりと視線を上げると、碧い瞳と目が合った。


「こんなに心楽しいダンスは初めてだ」


 リオンハルトが、そっと囁く。

 思わず見惚みほれてしまいそうな、蜜のように甘い笑顔。


 視線が吸い寄せられて、まるで観客も消えて二人だけしかいないような心地になる。


(リオンハルトルートのクライマックスみてぇ……)


 『キラ☆恋』のクライマックスは、聖夜祭のダンスパーティーだ。そういえば、今踊っているワルツも、ゲームのBGMと同じ曲だ。


 クライマックスでは、最も好感度の高いキャラとダンスを踊り、ラストは星が降るような夜空を背景にテラスで――。


(告白されイベントなんて、絶対に起こさないけどなっ!)


 結果として。


 ダンスが終わった瞬間、観客からスタンディングオベーションで割れんばかりの拍手を得た俺は、そのまま生徒票をほぼ総取りし――。




 イゼリア嬢を抜いて、一位に輝いた。


 って、イゼリア嬢に花を譲って敵意を上げない俺の作戦がぁ――っ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る