19 人を呪わば穴二つ!?
(ふおぉぉぉぉ~っ! イゼリア嬢のダンスを生で見られる日が来るなんて……っ! あの華麗なステップ、優雅な身のこなし、高貴に微笑むご尊顔……っ! ああ~っ! 眼福すぎて目が溶けるぅ~!)
『春の乙女』コンテストは、すでに最終審査のダンスに入っていた。
聖エトワール学園の無駄に広い校庭の一角に、マリアンヌ祭のために特別に設えられたステージがコンテスト会場だ。
春の祭りらしく、ふんだんに花で飾られたステージの前は、全校生徒が集まっているのではないかと思えるほどの人だかりだ。
紅茶の銘柄当てだの、詩の朗読だの、礼儀作法だの、何次にも渡る審査で出場者はどんどん減り、最終審査の今は、俺とイゼリア嬢をふくめて五人まで減っている。
最終審査は、ダンス教師であるエイプル先生を相手役に、一人ずつステージでダンスを披露するというものだ。
衆目を一身に集め、華麗に踊るイゼリア嬢を一瞬たりとも見逃すまいと、俺は目を皿のようにして見つめる。
瞳に合わせたアイスブルーのドレスをふわりふわりとたなびかせながら、先生と息の合ったダンスを踊るさまは、華麗の一言。
さながら水の妖精だ。見ていると、魂まで吸い込まれそうになる。
(イゼリア嬢のそばにいられるっていうんなら、魂なんていくらでも捧げるぜ……っ!)
生徒会室では、イゼリア嬢がお手本になって鍛えてくれるという話だったが、結局、イゼリア嬢にお手本になってもらうことは叶わなかった。
俺の立候補を知ったイゼリア嬢が、
「強制参加ではなく、立候補したのでしたら、わたくしもあなたも、他の立候補者達も同じ立場。その中で、オルレーヌさんだけを特別扱いなんてできませんわ。まあ、もっともニワトリが白鳥をお手本にしたところで、優雅さなど学びようがないでしょうけれど!」
と言い、俺はイゼリア嬢の正論に、泣く泣く引き下がったのだ。
立候補じゃなく、強制参加のままにしておけばよかったと、涙を流して悔しがったのは言うまでもない。
こうなりゃ、絶対にイゼリア嬢とワンツーフィニッシュを飾って、二人で生徒会入りしてやるぜ! と気合いを入れてコンテストに参加したものの……。
残すところ最終審査のダンスを残すのみという現在、俺の順位は第三位だ。
『キラ☆恋』でも、序盤にして最大の難関と言われていたミニゲームだったが、こちらでも難易度は高いままらしい。
っていうか、何とかリオンハルト達とお近づきになろうとする女生徒達の必死さが、マジで引くレベルなんだが……。
ハルシエルのヒロインとしてのハイスペックさがなければ、俺もとうの昔に敗退していただろう。
現在のところ、イゼリア嬢が頭一つ抜きんでて一位だが、二位と三位の得点は
ハルシエルはダンスが得意なので、十分に巻き返せるハズ……!
この華麗なダンスを見る限り、イゼリア嬢の一位は間違いない。
イゼリア嬢のダンスが終わった瞬間、俺は惜しみない拍手を送る。もちろん、ステージ前の観客からも割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
理事長を筆頭とした審査員である教師陣が出した点数も高得点。ここに、最終審査の後、生徒達が投票する得点を加え、最終的な順位が決まる。
生徒達の投票は、おそらく出場者全員が似たような点数になるだろうから、よほどの番狂わせがない限り、イゼリア嬢の一位は確実だろう。
あとは、俺が二位を獲るだけだ!
ダンスを終えていない生徒は、二位の生徒と三位の俺だけだ。
ラストは俺だが、おそらく点数を操作しやすく、生徒の印象に残りやすいように、理事長である姉貴が手を回したのだろう。
イゼリア嬢が俺が待機しているのとは逆側の舞台袖に下がり、代わって、二位の生徒がステージに出ていく。
ダンスの腕前がどの程度かは知らないが、あまり上手じゃありませんように……。むしろ、ちょっとでいいから失敗してくれますように……。
悪いと知りつつ、思わず人の不幸を願ってしまう。
二位の生徒が、エイプル先生と踊り始める。相手役のエイプル先生も五人の相手役をしないといけないなんて、大変だよな。まあ、まだ若い男の先生だから、体力には自信があるんだろうけど。
っていうか。
(ヤバイ……。さすが、二位につけてるだけあって、ダンスも巧い……)
採点のために、踊る曲は全員同じだ。その分、ちょっとした身のこなしだとか、ステップだとかで優劣が決まる。
二位の生徒があざやかに踊るのを、胃が縮むような思いで見つめていると。
勝負に出たのだろう、大きくターンした女生徒の身体が、ぐらりと傾いだ。
とっさに抱えようとしたエイプル先生も支えかねて一緒によろめき、二人が折り重なるようにして倒れる。
観客が大きくざわめき、舞台袖からディオスを先頭に、ヴェリアスと実行委員の男子生徒が一人、飛び出してきた。
女生徒は身を起こしたが、エイプル先生が尻もちをついた状態のまま、立ち上がらない。
ヴェリアスが真っ青な顔の女生徒に一言、二言囁くと、不意にお姫様抱っこで抱き上げた。会場の女生徒達から、黄色い歓声が上がる。
続いて、体格の良いディオスがエイプル先生に手を貸し、立ち上がらせる。
ディオスと実行委員の男子に寄りかかり、ひょこひょこと歩くエイプル先生の様子を見るに、転んだ拍子に足を痛めたらしい。
ステージが無人になってはじめて、踊る人もなくスピーカーから流れ続けていたワルツの音色が、ふつりと止まる。
想定外のアクシデントに、観客達のざわめきが大きくなってゆく。
俺も、舞台袖で
え? エイプル先生が怪我で退場したってことは……。
俺の審査はどうなるの? もしかして、このまま流される!?
これが人を呪わば穴二つってやつか――っ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます