18 この世の天国じゃん、それ!
「ちょっ、ちょっと待ってくれ……」
俺は片手を上げて姉貴を押し留める。
めまぐるしく脳裏を駆け抜けるのは、『キラ☆恋』のイベントの数々。
マリアンヌ祭のすぐ後にある体育祭で互いに声援を送り合い、夏休みには一緒に旅行し、秋には文化祭で……。
それらのイベントの全部に! イゼリア嬢いる! なんてっ!
「……この世の天国じゃん、それ……っ!」
喜びに身体が震える。
脳内に浮かぶのは、『キラ☆恋』本編では決して見ることができなかった、ハルシエルとイゼリア嬢がきゃっきゃうふふしているイベントスチルだ。
生徒会に入るということは、同時にあのイケメンどもも、もれなくついてくるということだが……。
イゼリア嬢と特別な時間を過ごせるのならば、背に腹は代えられない。
それに、ブランさんだって言っていたし! スイカの甘さを引き立てるためには塩も必要だって!
あいつらはむしろ塩じゃなくて砂糖のほうだけどなっ!
しかーし! イゼリア嬢のためならっ! 俺はイケメンどものフラグを折りつつ、イゼリア嬢の好感度を上げてみせるっ!
たとえ今の好感度が地中に埋まってるレベルでも!
ハルシエルのスペック自体は高いんだ。一緒に過ごすうちに、イゼリア嬢だって、良さに気づいてくれるハズ!
……もし好感度が上がらずに塩対応が続いたとしても……。
それはそれでアリだな、うん。
その程度のことで、俺のイゼリア嬢への想いはへこたれないっ!
イゼリア嬢に関することなら、どんなことでも萌えられる自信があるぜっ!
「ちょっと……。あんたのその顔、さすがにヤバイわよ……。ないわー、正ヒロインどころか、人間としてないわー」
イゼリア嬢との薔薇色の未来に、うぇっへへ、とにやけていると、ものっすごくドン引きした様子の姉貴に眉をひそめられた。
「ハルシエルの容姿でもヤバイわよ、それ」
「な、なんだよ! 姉貴だって人のこと言えないだろ!? 言っとくけど、姉貴だってたいがいヒドイ顔で「ぐぇっへっへっへ」って笑ってるからな!」
「嘘よ! あんたほどじゃないハズ!」
「嘘つけ! 姉貴だってイケメン紳士成分を差し引いてもヤバイからな!? っていうか、その外見で女言葉ってのも十分不気味だから! オカマ感、半端ないから!」
「そういうあんただって、妖精みたいな美少女の外見でぞんざいな口調は大減点でしょっ!」
お互いにお互いをこき下ろした俺達は、どちらともなく吐息する。
「……ま、まあ、この件に関しては痛み分けにしましょ……」
「だな。どっちもどっちだもんな……」
お互いに頷きあい、停戦を受け入れたところで気づく。
「そういや、姉貴と話してる時は、俺自身の口調で話せるな……」
「何それ。どーゆーこと?」
ソファーにもたれた姉貴に、今まではどう頑張っても、口から出る言葉はすべて、ハルシエルらしい口調に自動変換されていたんだと説明する。
「ふーん。確かにあたしもそんな感じね。理事長としてふるまわないといけない時は、ごく自然に、理事長としてのふるまいができるし。ま、そっちの方が、ハルシエルの中身があんただってバレなくていいんじゃないの?」
「それはそうなんだけどさ……」
藤川陽としてしかふるまえなければ、悪目立ちしていただろう。『春の乙女』コンテストで上位入賞することも危うい。
俺は何としても二位を取って、一位のイゼリア嬢と一緒に、生徒会で薔薇色の学園生活を送るんだ!
「まあ、何にせよ、あんたがやる気になってくれて嬉しいわ。じゃあ、ちゃんと立候補して一位を取るのよ。あたしも一応、審査員の一人だから、多少、点を甘くつけてあげられるけど……。さすがに不自然な
「いや、一位は取らない。俺は二位を狙う。一位の栄光はイゼリア嬢に譲るんだ!」
『キラ☆恋』では、ハルシエルが一位を取って、イゼリア嬢に
ってゆーか、ミニゲームをクリアして一位にならなきゃ、ゲームが進まない仕様だったんだが、さすがにそんな事態にはならないだろう。
イゼリア嬢が一位、俺が二位という無難な形におさまれば、きっとイゼリア嬢にそれほど敵意を持たれない……ハズ!
「まあ、あたしは陽がちゃんと二位を取ってくれたらそれでいいけど……。イゼリア嬢は、確実に一位を狙ってくるでしょうからね」
「おう! 任せてくれ! イゼリア嬢との薔薇色の未来のために、俺はやる!」
拳を握りしめ、俺は気合いをこめて宣言した。
◇ ◇ ◇
理事長室を出たその足で生徒会室に戻ると、すでにイゼリア嬢は帰った後だった。
だよなぁ。理事長室で時間をくっちまったもんな……。
ほんと、姉貴まで転生してたなんて、衝撃的過ぎたぜ。
「理事長との話はどうなったんだい?」
一人、執務机で何やら書き物をしていたリオンハルトが、わざわざ立って近づいてくる。
「ずいぶんと長い間、理事長と話し込んでいたようだけれど?」
ええはい、姉貴の腐女子っぷりは、やっぱり死んでも治らないくらい深刻だったんだなって……。
むしろ、『キラ☆恋』の世界に来た分、確実に悪化してやがる……!
なんて、言えるはずもなく。
「理事長と話して、辞退は認められたのかい?」
気づかわしげに問うリオンハルトに、俺はふるふると首を横に振った。
「その……。理事長とお話しているうちに気持ちが変わりまして……。外部からの新風をぜひ吹き込んでほしいとおっしゃる理事長の熱意に応えて、私もコンテストに立候補します!」
「そうか! それはよかった」
にっこりと薔薇が咲き誇るような笑みを浮かべたリオンハルトが、両手で俺の右手を取る。
ちょっ!? さりげに手を握ってくんな!
「わたしも理事長のお考えに大いに賛成だ。きみが生徒会に入ってくれたら、きっと今までよりもさらに素晴らしい学園になるだろう」
「まだコンテストの結果もわかっていませんのに、生徒会長が特定の者を
リオンハルトの両手から手を引き抜こうとしながら、釘を刺す。
まあ、イゼリア嬢との日々のために、何が何でも二位を取るけどな! っていうか、さっさと放せ!
リオンハルトが、くすりと苦笑した。
「手厳しいね。が、正論だ。生徒会長としては、きみが言う通り、特定の生徒を贔屓することはできないが……」
リオンハルトが、俺の右手を取った左手を、そっと持ち上げる。
「わたし個人としては、きみを応援しているよ」
ちゅ、とリオンハルトが指先にキスを落とす。
騎士が姫にするような、恭しいキス。
(ぎゃ――っ! 何しやがる――っ!)
ぶんっ、と手を振り払うと、意外なほどあっさりと、リオンハルトの手が解けた。
俺は胸の前で両手を握りしめ、わなわな震えながらリオンハルトを睨みつける。きっと怒りで顔が真っ赤になっているに違いない。
「お、応援なんて結構です! 私は自分の力で生徒会に入ってみせますから!」
毛を逆立てた猫のように叫ぶと、俺はリオンハルトの返事も待たずに「失礼します!」と生徒会室を飛び出した。
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