17 悪魔の囁きは甘美に響く


 腐りに腐ってる姉貴だと思ってたけど、まさかここまで重症だったとは……。


「ってゆーか、姉貴は転生して男になったんだろ!? それなら自分でイケメン達を攻略すりゃあいいじゃねぇか!」


 自分の萌えは自分で供給! うん、平和的!

 頼むから俺を巻き込むなっ!


 俺の言葉に返ってきたのは、「は? ナニ言ってんの?」という、呆れかえった姉のまなざしだった。


「あたしは自分がイケメンとイチャイチャしたいわけじゃないのよっ! イチャイチャしてるイケメン達を、陰に日向に見守るのが至高なのっ! ああっ、なれることなら、あたしはイケメン達が並んで座るベンチになりたい……っ!」


 姉貴が切なげな表情で身悶えする。


「それで、イケメン達のきゅっとしたお尻や引き締まった太ももの感触を味わいながら、甘く囁かれる睦言むつごとを至近で聞くのっ!」


 と、恍惚の表情で語る姉貴は、俺には理解不能だ。


 いや、推しの幸せを見守りたい気持ちはわかるけどさっ!?

 お願いだから相手に俺をあてがわないでっ!?


「頼むから、身内で妄想するのはやめようぜ……。俺、なんかもう泣きたくなってきた……」


「それは大変!」

 姉貴が血相を変えて身を乗り出す。


「誰か呼ばなきゃ! 誰の胸で慰められたい? とろけるように甘く囁くリオンハルト? 広い胸が無上の安心感のディオス? おどけて哀しみを忘れさせてくれるヴェリアス? 可愛い存在自体が癒しのエキュー? 無言で寄り添ってくれそうなクレイユ? さあ誰っ!? 理事長権限で誰だって呼び出してあげるわよっ!」


「呼ぶなっ! 呼ぼうとしたら速攻で帰るからな、俺!」


 叫んだ拍子に、俺は理事長室へ来た当初の目的を思い出す。


 姉貴までもが転生していたという衝撃の事実に、すっかり吹っ飛んでたけど、そもそも、マリアンヌ祭のコンテストの出場辞退のために直談判に来たんだよな、俺……。


 生徒会室でリオンハルトに告げられた時には、なんで無理矢理出場させられるのかわからなかったが、姉貴が理事長だと知った今ならわかる。


 姉貴め!あくまでも俺にハルシエルと同じルートを歩ませる気だろっ!


「言っとくけど! 姉貴がなんと言おうと、俺は絶対にコンテストには出ないからな! もし無理矢理出されたとしても、落ちるようにふるまってやる!」


 俺は拳を握りしめて宣言する。

 誰が生徒会になんか入るか!


「俺は攻略対象キャラあいつらと仲良くなる気なんか、これっぽちもねえ!」


 姉貴は何も答えない。


 何を考えているか読めない表情に、十八年間、この姉貴の下で育ってきた習性で、思わずびくびくおびえてしまう。


 が、今回ばかりは俺の人生がかかっていると言っても過言ではない。

 いくら姉貴がすごんだって、負けたりなんかするもんか! 気をしっかり持て、俺っ!


 ぐっ、と腹に力をこめ、背筋を伸ばして姉貴を見つめる。と。


「イゼリア嬢、だっけ?」


 何の前置きもなく出された名前に、俺はびくりと肩を震わせた。


「確か、あんたの最推しだったわよねぇ……?」

「イ、イゼリア嬢に何をする気だっ!?」


 こちらの反応をうかがうような声に、俺は恐怖も忘れ問い返す。


「理事長権限でイゼリア嬢に何かしようってんなら、さすがの姉貴でも許さないからなっ! 絶対、どんな手段を使ってでも阻止してやる!」


 強い意志を宿して姉貴をにらみつけると、姉貴はにやりと唇を吊り上げた。


「やぁねぇ。私のことを何だと思ってるのよ~?」

「腐女子の皮をかぶった悪魔」


 思わず即答すると、


「へえぇぇぇ~」

 す、と姉貴の目が細くなった。


 やっべ! つい嘘偽りのない本音を!


 背中にたらりと冷や汗が伝う。


「……まあいいわ」


 姉貴の低い呟きに、俺は心底ほっとする。が、まだまだ油断はできない。


「あたしが大切な弟の推しを邪険にするハズがないでしょー?」


 嘘だっ! もし俺の推しがハルシエルだったとしても、自分の萌えのためなら、絶対「邪魔!」とか言い出すだろっ!


 俺は内心でツッコむが、口に出しては何も言わない。


「もちろん、ただで生徒会に入れとは言わないわよ」


 にやり、と姉貴が悪魔の笑みをひらめかせる。


「あんたが生徒会に入ったら――イゼリア嬢も、一緒に生徒会に入れてあげるわ」


「っ!?」

 姉貴の言葉に息を飲む。


 『キラ☆恋』では、ハルシエルとイゼリア嬢が首位を争い、結果、一位を取ったハルシエルだけが生徒会入りを果たす。


 そして、それを不満に思ったイゼリア嬢がハルシエルに更にキツく当たるようになり、攻略対象キャラ達がハルシエルを庇うという展開になるのだが……。


「イゼリア嬢も、一緒に生徒会に……?」


 呆然と呟いた俺に、姉貴が重々しく頷く。


「今年から、生徒会の役員を一人増やそうと考えてるの。そして、陽とイゼリア嬢の二人ともに、生徒会に入ってもらう……。どう? やる気になった?」

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