7 悪役令嬢単品は不可ですか!?
(い、
アルバイト先のパン屋のレジで、俺は何度、脳内でシミュレーションしても見いだせない活路に嘆息した。
ここ、パン屋「コロンヌ」は少しでも家計の足しにするために、中学卒業後の春休みから、ハルシエルがアルバイトを始めたパン屋だ。
ハルシエルがアルバイトをしなければならないほど、オルレーヌ家の家計が
だが、何かとお金のかかる聖エトワール学園への入学を許してくれた両親へ、少しでも恩返しがしたいと、社会勉強も兼ねて、週末にオルレーヌ家御用達のパン屋でアルバイトをしている……と、『キラ☆恋』では、そんな設定だった。
ふんわりとした淡いピンクのスカートにフリル付きの白いエプロンという制服は、パン屋より、ケーキ屋かファミレスの方で働く方が似合いそうな雰囲気だ。
制服が可愛すぎるが、俺としてもアルバイト自体は嫌ではない。むしろ、進んでしたいほどだ。
今後、どういう進路に進むかはわからないが、少しでも自分の自由になるお金を貯めておくにこしたことはないだろう。
アルバイトの内容は、レジが主だが、前世でもコンビニのバイト経験があるので慣れたものだ。
店主であるブラン夫妻の人柄もよくて、これで制服さえもうちょっと地味なら、百点満点のバイト先だ。帰り際には、その日の売れ残りのパンだってもらえるし。
俺はそっとエプロンから一枚のメモを取り出した。
ノートの切れ端は、何度も何度も見ているせいで、早くもよれてきている。
イゼリア嬢と会った後、俺は『キラ☆恋』でイゼリア嬢が登場したシーンを思い出せる限り書き出した。
寝る間も惜しんで『キラ☆恋』をプレイし、全キャラのルートでベストエンディングを迎えた姉貴と違い、俺がプレイしたことがあるのは、リオンハルトルートを一回だけだ。
推しのイゼリア嬢見たさに、他のキャラのルートもプレイする予定だったが、あいにく、高校三年生の受験生には周回プレイするほどの時間がなく――プレイ前に家族旅行で事故ってしまったのだ。
(あーっ、くそ! こんなことならちゃんと全キャラのルートをプレイしておけばよかったぜ……!)
悔やんでも後の祭りだ。
(もっと姉貴の萌え語りをしっかり聞いておけば……っ! いや、姉貴は興奮してきたらいかに『キラ☆恋』のイケメンどもが尊いかだの、どの組み合わせがどう萌えるかだの、平気で三時間は萌え語りしやがるからな……。アレは触れない方がいいヤツだ、うん)
「それでねっ、リオンハルト様とヴェリアスたんがねっ! 二人で熱く見つめ合って……っ! え? 間のハルシエル? そんなの置物でいいのよっ! それより二人が……っ!」
と、にやけた顔で話す姉貴の顔と声がよみがえり、俺はかぶりを振って、記憶を彼方へ押しやった。
うん。たぶん思い出してもロクな情報じゃねぇな。
(しかも、『キラ☆恋』って、好感度によって、同じキャラのルートでもいろいろ分岐するらしいし……)
リオンハルトルートのノーマルエンディングしか知らない俺の知識と、姉貴に無理矢理、聞かされた断片的な情報が、果たしてどこまで役に立つのか。
それに、実際にこの世界にいる俺にとっては、ここがゲームの中の世界だとは、とても思えない。
口調や仕草こそ、ハルシエルのものに自動変換されるが、会話するごとに選択肢が出るわけでもなければ、ステータス画面を見られるわけでもない。
(それでも! 俺はなんとしてもイケメンどもを回避しつつ、イゼリア嬢の好感度を上げるんだ!)
と、勢い込んで、作戦を練ったものの……。
(なんでイゼリア嬢はイケメンどもとセットじゃないと出てこないんだよ――っ! 悪役令嬢単品はないのか、おいっ!)
思い出すイゼリア嬢登場のシーンすべてにおいて、同時にイケメン――主にリオンハルト――が一緒に登場するのだ。
冷静に考えれば、仕方がないともいえる。
『キラ☆恋』は乙女ゲームで、イゼリア嬢は悪役令嬢役なのだから。
ハルシエルがイケメンどもとお近づきになるのを邪魔するか、ハルシエルがイゼリア嬢に絡まれているのを、イケメンどもの誰かが
とにかく、イゼリア嬢のいるところ、同時にイケメンもあり! なのだ。
アイツらは単品でも出てきやがるくせに!
差別だ! 不平等だ! イゼリア嬢を単品でよこせ――っ!
くそう、イゼリア嬢とお近づきになるためには、イケメンどもが寄ってくるのを甘受しないといけないのか……っ!?
悩ましい、悩ましすぎる……っ!
閉店間際でお客がいないのをいいことに、身悶えしていると、背後から心配そうに声をかけられた。
「ハルシエルちゃん、どうしたんだい? 今日はずいぶんため息が多いようだけれど……?」
厨房から出てきたのは店長のブランさんだ。奥さんは今日はもう先にあがっている。
四十過ぎのブランさんは、穏やかな容貌にぽっこりとおなかが出た恰幅のいい体をしていて、なんだか気のいいクマさんを連想させる。
「慣れない高校生活で疲れているのかい? 大変なようなら、バイトの日を土日じゃなくて、どちらか片方だけに減らすかい?」
心配そうに問われて、俺はあわてて首を横に振った。
「大丈夫です! 確かに、慣れていないことばかりで疲れてはいるんですけれど……」
主に俺の精神が!
「でも、バイトの時間を減らすほどじゃありません! せっかく慣れてきて、やりがいが出てきたところですし!」
「そうかい? ハルシエルちゃんはうちの看板娘だからね。いるといないで売り上げが違うから、入ってくれるんなら嬉しいけど」
おどけたようにブランさんが笑う。
「でも、ハルシエルちゃんの進学先はあの聖エトワール学園だろう? アルバイトをしている生徒なんて、一人もいないんじゃないのかい?」
「そうかもしれませんけど……」
もし校則違反になったら、と念のため生徒手帳を確認したが、「アルバイトをする生徒がいる」という事態が想定されていないらしく、アルバイトに関する校則は見つけられなかった。
そもそも校則がないんなら、禁止も何もないよな!
「でも、私、このアルバイト好きなんです。接客も楽しいですし、ブランさんが作るパンはすっごくおいしいですし!」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれるね。今日も余ったパンがあるからね。好きなだけ持ってお帰り。お父上やお母様、マーサさんにもよろしく」
「ありがとうございます! 家族もすごく喜びます」
ブランさんの穏やかな笑顔は、作るパンと同じで、相手の心をなごませる不思議な力がこもっているかのようだ。
ふと、思いついて尋ねてみる。
「あの、ブランさん……。どうしても欲しいものがあるとして、でも、手に入れようと思ったら、すごく嫌なこともしないといけないとしたら……。ブランさんはどうしますか?」
我ながら、あいまいな質問だと思う。が、ブランさんは太い腕を組むと、「ううん」と大真面目に眉を寄せた。
「どうしても手に入れたいものなんだろう? それなら、少々の嫌なことでも我慢して乗り越えていくかな」
「それに」とブランさんがいたずらっぽい笑顔を見せる。
「スイカに塩をかけたほうが甘いように、少しくらいの苦難なら、逆にいいアクセントになるものさ。人生においてもね」
「ブランさん……! ありがとうございます!」
なるほどっ! イゼリア嬢という至高の存在を輝かせるためには、イケメンどもが多少うざかろうが、うるさかろうが仕方がないと!
そうだよな! 麗しく
「ブランさん! 私、くじけずに頑張ります!」
俺は拳を握りしめて宣言する。
イケメンどもと仲良くする気なんざ欠片もないが、イゼリア嬢とお近づきになるためなら!
俺はフラグを折りつつ、イゼリア嬢の好感度を少しでも上げてみせるっ!
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