8 お花見に砂糖はいらねぇ!
よく晴れた青空に桜の花びらの薄紅色が、よく
時折、風が吹くたびに幾枚かの花びらが、陽気に誘われるかのように、はらはらと舞い落ちる。
明るい
聖エトワール学園にいくつもある中庭の一つは、一年二組の即席会食場と化していた。
「クラスの皆様で、お昼休みにお花見をしたら素敵ですわね」
と話していたお嬢様数人が、学校に許可を取りつけて、昼食お花見会を決行したのだ。
桜に限らず、花が見頃の時季にはいろいろなクラスが花見をしているらしい。そのためか、いくつもある中庭のほとんどに椅子とテーブルが配置されていて、いつでもガーデンパーティーが開けるようになっている。
専属庭師が手入れしている聖エトワール学園の庭は、季節ごとにそれは見事な花を咲かせるそうだ。
そういえば、『キラ☆恋』でも、イケメン達の背景にやたらと花びらが舞っていた気がする。
そうか、あれは庭師の丹精の
(……名前や外見からして日本人なんていない世界観だけど、桜で花見をするんだな……。やっぱ、開発者が日本人だからか?)
そもそも、ゆる~い異世界風乙女ゲームで、そんなことをツッコんだら負けな気がするが。
『キラ☆恋』は、魔法なんて出てこないし、世界観自体、現代日本とほとんど変わらない。
違いは、王政であることと、出てくるキャラが日本人離れした色彩のセレブ美形であることと、そしてこんなに文明が発達しているのに、携帯電話やスマホがないということくらいだ。
(スマホがあったら、そもそもゲームシステムが崩れるもんな……。学園内を移動して攻略対象キャラを探せって、一昔前の刑事ドラマかよ。現場
その理屈なら、今回のお花見会だって断るべきだったかもしれないんだが……。
クラス全員が参加する中、一人だけ断る勇気はさすがになかったし、何より。
(クラス全員分、用意された弁当が、超おいしそうだったんだよなぁ……)
三×三に仕切られた計九つの正方形の中に、ちょこんちょこんと色鮮やかでおいしそうなおかずが配された、いかにも女子が好みそうな可愛らしい弁当だ。
男子には明らかに足りなさそうだが、十分な数が用意されているらしく、希望すれば二つ目ももらえるらしい。まあ、今の俺は一つで腹いっぱいだけど。
輪に入りそびれた俺は、端っこのテーブルで一人、クラスメイト達が楽しそうに花見をしているのを眺めていた。
クラス全員分の弁当をぽんっと出すって、ほんと、金持ちはスケールが違うよな……。花見をしている姿も優雅だし。ま、何人か花より団子で弁当をかき込んでる男子もいるけど……。
使っているのがフォークではなくて
うまうまと弁当に舌鼓を打っていると、不意に中庭がざわめいた。
女生徒達の黄色い声に何事かと視線を上げると、視界に飛び込んできたのは、生徒会役員であるリオンハルトとディオス、ヴェリアスの三人だった。
三人の突然の登場に中庭が
「素敵な昼食会だね。美しい桜を愛でるだけでなく、クラス内の親交も深まる素晴らしい試みだ」
リオンハルトの誉め言葉に、発案者の女生徒達がきゃあきゃあと照れる。
「リオンハルト様、ディオス様、ヴェリアス様も、よろしければお召し上がりくださいませ!」
単に通りかかっただけだからと遠慮するリオンハルト達に、女生徒達がなかば強引にお弁当を渡す。
「そこまで言ってくれるなら、ごちそうになろうか」
熱意に根負けしたリオンハルトが、柔らかに苦笑して弁当を受け取る。
優雅な足取りで中庭を横切ったかと思うと。
「相席させてもらってもよいかな?」
リオンハルトが立ち止まったのは、俺が一人で座る四人掛けの丸テーブルの前だった。
リオンハルトの後ろには、付き従うようにディオスとヴェリアスも立っている。
っていうか、なんで俺がいるテーブルなんだよっ! テーブルならいくらでもあるだろっ! めちゃくちゃ注目あびてるだろーがっ!
「ど、どうぞ。私は移動しますから……」
弁当を持って立ち上がろうとすると、リオンハルトに、はっしと腕を掴まれた。
「とんでもない! きみからテーブルを奪うなんて無体な真似をする気はないよ。きみが嫌なら、他のテーブルを探そう」
もちろん嫌だよ! 他のテーブルをあたれ!
ほらっ、こっちに来てくれないかな~、って期待にきらきら目を輝かせてる女子ばっかりだろ――っ!? 最初からそっちへ行け!
が、クラス中の注目を集める中、学園の三大イケメンに「否!」を突きつけられる根性が俺にあるはずもなく。
「……こんな端の席でよろしければ……」
椅子に座り直しながらしぶしぶ答えると、リオンハルトが花が咲くように破顔した。
「ありがとう」
感謝を示すように、俺の腕を掴んだ指先に一瞬、力がこもり、すぐに離れる。
「いえ……」
俺はふたたび弁当を食べ始めるが……。
(注目の的過ぎて食いづれぇ……っ!)
もそもそと食べる俺に対し、三人は視線の嵐などどこ吹く風で、笑顔で弁当を食べている。
リオンハルトとヴェリアスはもちろん、三つも渡された弁当をがつがつと食べているディオスでさえ、所作が綺麗で、さすが貴族の子弟だと感心させられる。
(あれ? でも、こんなイベント記憶にないけど、リオンハルト達がいるってことは、イゼリア嬢も登場したりする……?)
リオンハルト達はどうでもいいが、イゼリア嬢はもちろん大歓迎だ!
麗しの姿が見えないかと周りを見回していると、
「綺麗な花を見ながらだと、おいしいものがさらにおいしく感じられるね」
花を見ていると勘違いされたらしい。確かに、よく晴れた青空の下、花を見ながら食べるお弁当はひときわおいしい。
が、俺は花より団子ならぬ、花よりイゼリア嬢なんだよ!
「そうですね」
気のない返事を返すと、なぜかリオンハルトが笑みを深めた。碧い瞳が真っ直ぐに俺を見つめ。
「目の前にひときわ愛らしい『花』がいるかと思うと、さらにおいしく感じるよ」
「っ!?」
不意打ちに、俺はろくに
ちょっ、おま……っ! いきなり何を言い出しやがる――っ!?
そういう砂糖をまぶした台詞はヒロインに……って、ハルシエルは俺だったわ……。ともかくっ! いきなり糖分暴発させんなっ!
ほら見ろ! ディオスもヴェリアスも目を見開いて固まってるだろ――っ!
だし巻き卵は俺の好物なのに……っ、くそっ、俺のお楽しみを返せ!
「リオンハルト様はご冗談がお好きですのね。自然の美しさに人が
最後のお楽しみだっただし巻き卵を不幸な事故で失った俺は、そそくさと立ち上がって弁当がらを手に取ると、一礼してテーブルに背を向けた。
デザートも用意してくれてるって話だったけど……。
無理っ! 今はこれ以上の糖分は受けつけられる気がしねえっ!
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