9 つきあったら、魅力の秘密がわかるかな?


「ハルシエルちゃん、だっけ。ちょっといいかな?」


 放課後、帰ろうと校舎を出ていくばくも歩かないうちに、不意に声をかけられた。

 甘さとくせのあるちょっとハスキーなこの声は……。


 振り向いた先にいたのはヴェリアスだ。


「何でしょうか? 電車の時間があるので急いでいるんですが……」


 牽制けんせいで放った嘘は、にこやかな笑みに打ち落とされた。


「そんなに時間は取らせないよ。もし遅れたら、オレが車で送ってあげるから」


「結構です」

 ぴしゃりと断る。


 軽い性格は貴族らしくないが、茶目っ気があり人好きするヴェリアスは、男女問わずに人気が高いのだ。そんなヴェリアスの車に乗るなんて、いったいどんな噂が流れることか。


 俺はイゼリア嬢をでながら、地味に堅実に人生を送りたいんだよっ!


 道の両側に植えられた並木の下で、ちょいちょいと手招きするヴェリアスに、俺は内心で吐息して歩み寄る。

 何の用だか知らないが、さっさと済ませて帰ろう。


 と。

 近づいた瞬間、ぐいっ、と腕を引っ張られた。かと思うと、背中が太い木の幹に当たる。


 驚きに目を開いた時には、ヴェリアスの整った顔が間近に迫っていた。ダークブラウンの髪が俺の前髪にふれそうなほどの至近距離。


 右腕はヴェリアスの左手に掴まれたままで、さらには俺の顔の横で幹に手をついたヴェリアスの右腕が逃げ場を封じている。

 ――って。


 これ、壁ドンだ――っ!


 いや、壁じゃないけど。幹だけど。

 まさか、男に壁ドンをされる日が来るなんて……っ!


 っていうか、近い! いかにイケメンでも、男にこんな近くに迫られたって嬉しくもなんともないっ!


 紅玉ルビーを溶かしたような珍しい紅い瞳が、心の奥底まで見通すかのように、俺を見つめる。


「ま、確かに飛びぬけて可愛いとは思うんだけどなぁ……」


 紅い瞳をすがめて呟いたヴェリアスが、首をかしげる。


「ハルシエルちゃんって、数日前に入学したばっかりなんだろ? それでリオンの奴をどうやってタラシこんだワケ? あいつが女の子に積極的に関わっていくトコなんて、初めて見たんだけど」


 ヴェリアスの台詞に、姉貴から語られた記憶がよみがえる。


 これ、ヴェリアスがハルシエルと初めて絡むイベントだ――っ!


 確か、ヴェリアスは微妙にリオンハルトにコンプレックスを持っていて、最初は「リオンハルトが興味を持ってるから」って理由でハルシエルにちょっかいをかけてくるんだよな……。


「ハルシエルよりも、リオンハルトのことが気になって、居ても立ってもいられないなんて、ヴェリアスたんかわゆす♡」


 って、姉貴がぐへぐへ変な笑いをらしながら、身体をくねらせてたから覚えてる……。


 っていうか、このイベントこんなに早かったけ?


 確か、姉貴情報じゃリオンハルトの好感度がある程度、高くないと発生しなかったハズ――って、もうリオンハルトの好感度がそれほど高くなってるってことか!?


 嘘だろ!? 逃げてばっかりでロクに会話してないってのに!


「ハルちゃんとつきあったら、魅力の秘密もわかるかな?」


 紅の瞳をいたずらっぽくきらめかせ、ヴェリアスが冗談めかして告げる。


 えっ? これなんて答えるのが正解なんだ?


 目の前に選択肢なんて出ない。

 この世界は、ゲームの世界だけど、ゲームじゃない。


 くそっ、こんなことなら、ヴェリアスルートもプレイして予習しておけばよかったぜ!


 右腕を掴んでいたヴェリアスの左手が離れる。かと思うと。

 そっと指先が頬にふれた。


「オレ、ハルちゃんに興味があるなぁ~」


 蠱惑こわく的に細められる紅玉ルビーの瞳。

 っていうか。


「私はヴェリアス先輩に興味はありません」


 ぐい、と頬にふれていたヴェリアスの左手を押し返す。


「秘密と言われても、心当たりがありません。そもそも、リオンハルト先輩の心は先輩のものです。私にはうかがいしれません。気になるのなら、私じゃなく、直接リオンハルト先輩に聞かれたらいかがですか?」


 そうだよ! こーゆーのは、直接リオンハルトとやってくれ。ハルシエルを巻き込むな!


 きっぱりと告げると、ヴェリアスが、鳩が豆鉄砲をくらったように目を見開いた。

 と、盛大に吹き出す。


「いや~っ、まいったね! 興味がないなんて言われたの、生まれて初めてだよ」


 笑いながら告げられた言葉に、背中に冷や汗がにじむ。


 何も考えずに思いつくままに言っちゃったけど、どう考えても失礼極まりない台詞だよな……。


 笑い終えた瞬間、怒りに満ちたまなざしを向けられるのではないかと、俺は緊張に身を強張らせて反応を待つ。

 さすがに殴られたりはしないだろうけど、罵声を浴びせられるくらいは覚悟しておいた方がいいもかもしれない。と。


「いや~っ、そこまでばっさり切られると、清々すがすがしいほどだね!」


 ひとしきり笑ったヴェリアスが俺に向けたのは、とびきりあざやかな笑顔だった。


 えっ!? ナニこの反応!? もしかして……コイツ、Mマゾ


「オレ、ハルちゃんのこと、気に入っちゃった♪ これからもよろしくね♪」


 ヴェリアスの指先がそろりと頬を撫でる。

 そわり、と背中にさざなみが立つような未知の感覚に、思わずその手を振り払う。なぜかヴェリアスがふたたび吹き出した。


「よっ、よろしくなんてする気はありませんから! 失礼します!」


 盾のように胸元に鞄を抱え、俺は木陰から飛び出し、走る。

 駆ける背中をヴェリアスの笑い声が追ってくるのを聞きながら。


  なんかよくわかんないけど、俺……。地雷を踏んじゃった気がする……っ!

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