6 絶対イケメンどもに会うものかっ!


 いやー、イゼリア嬢、まじ可愛い! ガチ麗しい……っ!


 放課後、俺は鞄を手に、気を抜くと「うへへへへ」と変な笑いが出そうになるのをこらえながら、一人、帰路につこうとしていた。


 『キラ☆恋』では、プレイヤーが操作するハルシエルは、朝の始業前、昼休み、放課後などに校内の特定の場所を訪れることで、リオンハルト達攻略対象キャラとイベントを起こすことができた。


 好感度が低い間は、単に挨拶を交わすだけだったり、ちょっとした会話をするだけだ。会話の場合は選択肢が登場し、選んだ内容によって、好感度が上下する。


 そうして攻略対象キャラの好感度が高くなってくると、スチル付きの口説かれイベントが起こるというシステムだ。


 だが、もちろん俺は口説かれイベントなんて起こす気はない。むしろ好感度を下げられるなら、地の底まで下げたいっ!


 何が哀しくて男が男に口説かれないといけないんだよっ!


 というわけで、俺は絶対イケメンどもに会うものか! と、授業が終わると早々に教室を出て、帰路につくことにした。


 大抵の生徒がお抱え運転手付きの車通学なので、歩いている生徒は少ない。


 だが、聖エトワール学園はクラブ活動が盛んという設定なので、入学式の翌日からさっそくクラブ活動に励む運動部の生徒達がちらほらいる。


 後ろからサッカー部らしき男子生徒の一団が来ているらしく、にぎやかに談笑する声が聞こえる。

 

 『キラ☆恋』で体育会系といえばやはり……。と、ぼんやり考えていると。


「危ない!」


 突然、斜め後ろから、乱暴に腕を引かれた。


 よろめいた身体が、固い胸板にぶつかる。

 同時に、耳のすぐそばで、バシッ、と大きな手が何か固そうなものを受け止めた音がした。


「おいっ、サッカー部! グラウンド以外の所でふざけてボールを蹴るなっ! 人に当たるところだっただろうが!」


 腹に力の入った怒声が耳元で響く。

 どうやら、サッカー部がふざけて蹴ったボールが当たりそうだったところを助けてもらったらしい。


「すっ、すみませんっ!」


 サッカー部の面々が、口々に俺に謝罪しながら通り過ぎていく。頷いて謝罪を受け入れ、俺は助けてくれた相手を見上げた。


 爽やかで、同時に男らしい低い声。

 俺を抱き止めて助けてくれたのは、予想通り、ディオスだった。


「気をつけるんだぞ。ふざけて怪我をさせたせいで罰なんて食らったら、情けないだろう?」


 注意とともに、片手で受け止めたボールをサッカー部に投げ返したディオスが、


「大丈夫だったか?」

 と俺を見下ろす。


 男の俺でも見惚れそうな精悍せいかんな顔が、俺に気づいた瞬間、目に見えてうろたえた。


「き、きみは……。入学式の……」

「助けていただいて、ありがとうございました」


 礼を言い、身じろぎする。助けてくれたのはありがたいが、いい加減、放してほしい。


 俺の動きに、ディオスが火傷やけどでもしたみたいにぱっ、と腕を解く。


「す、すまん……。とっさのことでつい……」


「いえ、入学早々たんこぶを作らずにすみましたから。ありがとうございます」

 礼を言いつつ、俺はじりじりと距離を取る。


 っていうかなんでうっすらと頬を染めてるんだよ! やめろっ!


「確か、きみは入学式でリオンハルトが……」


 くそ、顔を覚えられていたか。消せ、そんな記憶!


 「人違いです」と、ごまかしてさっさと帰ろうとしたところで。


「ディオスせんぱーい! 大丈夫でしたか?」


 まだ声変わり前の女の子のように高い声が聞こえてきた。


 やばっ、この声は……。


 振り返った先にいたのはエキューだ。しかも隣にクレイユまでいやがる!

 なんで攻略対象キャラがどんどん来やがるんだよっ! 帰れっ!


「見てましたよ〜。颯爽さっそうと女の子を助けてボールを受け止めて! さすがディオス先輩ですねっ!」


 笑顔で小走りに駆け寄って来たエキューは、トレーニングウェア姿だ。


 そういえば、子犬みたいな可愛い外見と裏腹にエキューもスポーツ得意な設定だったよな。小柄だからチームプレイは苦手だけど、陸上競技が得意だったはずだ。

 これからどこかのクラブに体験入部に行くのかもしれない。


 エキューが俺を見て小首をかしげる。

「きみは隣のクラスの新入生だっけ?」


「見ない顔だな。外部からの入学生か」


 続いて口を開いたのはクレイユだ。こちらはブレザーのままだった。

 かっちりとした制服が、生真面目を通り越して堅苦しさを感じさせるほどの理知的な美貌に、あつらえたように似合っている。


 エキューとクレイユの言葉に、おずおずと頷く。

 聖エトワール学園は、幼等部からあるため、高等部からの外部入学生は目立つのだろう。


「俺はディオス・アナファルトという。きみの名前は……?」


 身体つきに似合わぬ慎重な様子でディオスが問う。


 さっさと礼だけ言って、立ち去るつもりだったのに……。これで無視して立ち去ったら、さすがに感じが悪いよなぁ……。


「ハルシエル・オルレーヌです……」


 俺は無意識のうちに噛みしめていた唇をほどくと、しぶしぶ名乗った。


「ぼくはエキュー・ファロルタンだよ。よろしくね!」

「クレイユ・カルミエだ」


 にこにこと人好きする笑顔でエキューが、クレイユがそっけないほど簡潔に名乗る。


 うん、知ってる……。名乗る前から知ってたよ……。

 が、これ以上、交流を深める気は、欠片もなーいっ!


「本当に、助けていただいてありがとうございました。すみませんが、電車の時間があるので失礼します」


 半分以上、嘘だ。電車は一本逃したって、すぐに次が来る。が、車で登校しているディオス達は知らないだろう。


 このままここに留まって、好感度が上がるような事態になったら困る!


 俺はそれ以上の会話を断ち切るようにぺこりと頭を下げると、三人に背を向けた。

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