5 待ってました! 悪役令嬢登場!


 答えが浮かび上がると同時に。


「リオンハルト様! こんなところにいらっしゃいましたの?」


 高飛車な響きの澄んだ声が耳に届く。


 リオンハルトから飛びすさるように離れた俺は、声の主を振り返る。


 そこにいたのは、予想通り、『キラ☆恋』でヒロイン・ハルシエルに何かと突っかかって意地悪をしていた悪役令嬢イゼリア・ゴルヴェント嬢だった。


 つややかな長い黒髪を背に流し、姿勢よく立つ姿は、背景の桜の薄紅色との対比で、なおいっそう美しい。


 アイスブルーの瞳に険しい光を宿し、やや釣り目の整った面輪おもわを不機嫌そうにしかめている様は、怒っている黒猫を連想させる。


 ひいき目に言って、可愛い。

 率直に言うと、俺の好みに超ストライク!


 『キラ☆恋』をプレイしろ! という姉貴の横暴に従った最大の理由は、パッケージの隅っこに描かれたイゼリア嬢のイラストに惚れ込んだからに他ならない。


 いーよなー、こういう強気な女の子!


 姉貴みたいにワガママで傲慢ごうまんで、弟のことなんざ人とも思っていないような奴は、女性……というか、むしろ人としてアウトだけど、イゼリア嬢は、ふだんは気が強いのに、リオンハルトにたしなめられたりすると、「わ、悪かったですわ!」なんて不満そうに、でもちゃんと謝ってくれるんだぜ!


 ちょっとねたように唇をとがらせ気味で!

 ツンデレで不器用なところが超かわいいんだよなっ!


 最推しのイゼリア嬢が、俺の目の前で動いて話してるなんて……っ!


 うわ、なんかすっげえテンション上がってきた……っ!

 確か、『キラ☆恋』だと……。


「リオンハルト様、探しましたのよ。こんなところで何をなさってらっしゃるの?」


 そうそう! ここで初対面から睨まれるんだよな~っ。


「いや、こちらのハルシエル嬢に少し用があってね」


 イゼリア嬢が発する不機嫌オーラに気づいているのかいないのか、リオンハルトがにこやかな笑顔を俺に向ける。

 イゼリアの柳眉が跳ね上がった。


「リオンハルト様が、御用?」


 じろりと、アイスブルーの鋭い視線が、俺を頭のてっぺんからつま先まで一瞥いちべつし。


「初めて見る方ですわね。高等部からの外部入学ということは、どうせ弱小貴族か、はくをつけたい成金か、どちらかでしょう? 第二王子であらせられるリオンハルト様がお気にかける価値など、持ち合わせておりませんわ」


 小気味よいほどの軽蔑の言葉が放たれる。


 聖エトワール学園は、幼等部からあって、幼い頃から通っている者ほど、高位の貴族だ。

 イゼリア嬢が言う通り、高等部から入学したオルレーヌ家は、一応、男爵位ではあるが、ごくふつうの一般家庭よりちょっと上くらいの生活ランクでしかない。お手伝いも家政婦一人という状態だ。


 イゼリア嬢のアイスブルーの瞳は敵意に満ちているが、そんなのはどうだっていい!


 推し令嬢が俺を! 俺をにらみつけてる!


 やべっ、喜びと感動のあまり涙が出そう……っ!


 リオンハルトがとがめるように形良い眉を寄せた。


「イゼリア嬢。王家の一員であることは、わたしを構成する要素の一つだが、それはわたしの力で得たものでもなんでもない。何より、この学園の生徒である限り、生徒はみな平等だ」



 おいこら! せっかくイゼリア嬢が俺を話題にしてくれてるんだから邪魔すんな! これはショックを受けたんじゃなくて、喜びの涙だっつーの!


 ひるんだように口をつぐんだイゼリア嬢に、リオンハルトが優しく微笑みかける。


「それに、初対面の相手にそんな風に言うなんて、お行儀がよくないよ?」


 ぽっ、と桜の花びらの色が移ったかのように、イゼリア嬢の頬が赤くなる。


 やっべ、可愛い~っ!


「リ、リオンハルト様がそうおっしゃるのでしたら、その言に従って、忠告だけにしておきますわ」


 つん、と顔をそむけたイゼリア嬢が、俺に冷ややかなまなざしを向ける。


「よろしくて? リオンハルト様は海よりも広い慈愛の心をお持ちですから、あなたのような下位の者にもお声かけくださるのよ! 間違っても自惚うぬぼれないことね!」


 知ってます! 承知してます! そもそも、近づく気なんてこれっぽっちもありませんから!


 こくこくこくと頷くと、イゼリア嬢がアイスブルーの瞳を細め、満足そうに微笑む。


 やった――っ! イゼリア嬢の微笑み、いただきました――っ!


 叫んで舞い踊りたいのをこらえていると、イゼリア嬢と目が合った。

 その途端、イゼリア嬢が顔をそむけ、つん、と鼻を上げる。


 高慢そうなその横顔も麗しい……っ!


 叶うならば、美しいご尊顔をいつまででも拝んでいたいが、このままここに留まっていては、イゼリア嬢の機嫌をさらにそこねるだけだろう。


 それは、大変よろしくない。


 むしろ俺は、イゼリア嬢とぜひとも仲良くなりたい! いやっ、さげすまれるのも、なんかぞくぞくするほど快感だったけど!


「で、では、私お昼ご飯もまだですから! 失礼します!」


 今日のところは、イゼリア嬢が立って動いている姿を間近で見られただけでよしとしよう。


 転生したってわかった時は絶望に打ちひしがれたけど……。


 イゼリア嬢と同じ空気を吸えるんだとわかっただけで、俺、なんだか頑張れそうな気がしてきた! ありがとう、イゼリア嬢!


 これから俺……、なんとしてもイゼリア嬢の好感度を上げていくぜっ!


 よし、教室に帰ったら、さっそくイゼリア嬢が関係するイベントを思い出して箇条書きにして好感度アップ計画を練ろう! ついでにイケメンどもが寄ってこないように対策もして……!


 俺はリオンハルトには軽く、イゼリア嬢に丁寧に一礼すると、そそくさと二人に背を向けた。

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