11 風紀を乱すってナニを想像したワケ?
「ハ〜ルちゃん♪ 実力テストでクレイユと同点一位だったんだって? 意外とやるね〜」
帰ろうと校舎から前庭に出たばかりの俺は、浮ついた響きの声に、勢いよく背後を振り向いた。
「何か御用ですか?」
鞄を身体の前で両腕で抱え、警戒心もあらわに問うと、俺の目の前に立つヴェリアスがぷっ、と吹き出す。
「ヤダなあ。そんなに警戒しなくったっていーじゃん」
「警戒せざるをえないことをしたのは先輩じゃないですか」
睨みつけたがヴェリアスはどこ吹く風だ。
「えっ、ちょっと木陰に引き込んだだけじゃん」
などと、しれっとした顔でとんでもないことを言う。
ちょっ!? 誰が通りかかるかわかんない前庭で誤解を招くような発言すんなっ!
「用がないのでしたら、帰りたいんですけど」
冷ややかに告げると、なぜか、ヴェリアスがふたたび吹き出す。
「うわっ、つれないな〜。まあ、そういうところがハルちゃんらしくていいんだけど」
楽しげに笑ったヴェリアスが、
「で、クレイユとはもう勉強会したの?」
と、首をかしげる。
「? どうしてヴェリアス先輩が勉強会のことを知っているんですか?」
実力テストの発表から一週間ほど経っているが、残念ながらイゼリア嬢との勉強会はまだ実現していない。
クレイユ? そんなのはどうでもいい。大事なのは「イゼリア嬢との」勉強会という点だ。
クレイユは早く勉強会を開きたいようだが、肝心のイゼリア嬢が忙しいので、すこぶる残念だが、まだ開催できていないのだ。
まあ、確かにこの後、行われるイベントのことを考えると、イゼリア嬢が準備で忙しいのは理解できるので、俺も我慢している。
俺は「仕事と私、どっちが大事なの!?」なんて悲愴な顔して迫るうざい奴には絶対ならない! ただでさえ好感度が低いのに、イゼリア嬢にうっとうしい奴と思われるわけにはいかないからなっ!
「クレイユから聞いたんだよ。楽しみにしてるみたいだよ?」
にやにやと笑いながら告げるヴェリアスに、俺はこっくりと頷く。
「私も早く開かれないかなって、楽しみにしてますよ」
イゼリア嬢と肩を並べて勉強するなんて……。
ヤバい、考えただけでドキドキしてきた!
お互いにわかんないとこを教えあったりしてさ。自然に顔が寄って、肩がふれた拍子にいい香りとか漂ってきたら……っ!
それだけで一日中幸せに浸れそう!
「ふーん」
ヴェリアスが半眼で呟く。
「つまり、ハルちゃんのお気に入りはクレイユってこと?」
「はい?」
俺の至高にして至尊はイゼリア嬢ただ一人ですが?
「
否定する間もなく、ヴェリアスが俺の左腕を掴んでぐいっと引く。
よろめいた身体が正面からヴェリアスにぶつかりそうになり――、
不意に、強い力で後ろに引かれ、俺はすんでのところでヴェリアスに抱き寄せられずにすんだ。
が、代わりに背中が、誰かの固い胸板に当たっている。
俺を後ろから抱き留めたのは誰だろうと疑問に思う間もなく。
「いや~、すごいダッシュだったね♪」
ヴェリアスがにやにや笑いながら、俺の背後に視線を向ける。
振り返った俺の視界に飛び込んできたのは。
「ヴェリアス。ふざけるのはよせ」
荒い息の中、ヴェリアスを睨みつけるリオンハルトだった。
リオンハルトの不機嫌そうなまなざしは、俺の頭上を通り越してヴェリアスに注がれている。
「転んで怪我でもしたら、どう責任を取るつもりだ?」
「え〜? もちろんちゃんと取るつもりだよ〜? ハルちゃんが望むなら一生だって♪ まっ、リオンハルトが来るだろうってのはわかってたし」
まったく悪びれた様子もなく、ヴェリアスがにやりと笑う。
「えーと。ありがとう、ございます?」
リオンハルトが来てくれなかったら、腕を引かれるままヴェリアスに倒れ込んでいたのは確かだろう。
振り返ってリオンハルトを見上げ、礼を言うと、「いや……」とかぶりを振ったリオンハルトが慌てた様子で俺の両肩を掴んでいた手を放した。
自由の身になった俺は鞄を前に抱えてヴェリアスと距離を取る。とりあえず、こいつのそばにいるとロクな目に合わないのはわかった。
「いや〜っ、なかなかのスピードだったねっ!」
にやにや笑いを崩さず、ヴェリアスがリオンハルトを見やる。
「他の女の子相手でも、そんなに必死になるのかな?」
「当たり前だろう。聖エトワール学園の風紀を乱すわけにはいかん。というかヴェリアス。生徒会役員であるお前が率先して乱そうとするとは何事だ?」
碧い瞳に険しさを宿してリオンハルトがヴェリアスを睨む。が、ヴェリアスは気にするどころかすこぶる楽しげに吹き出した。
「ヤだなぁ。オレはハルちゃんと楽しくおしゃべりしようとしただけだよ? っていうか風紀を乱すって、リオンハルトはナニを想像したワケ?」
ヴェリアスの紅い瞳が、からかいを含んできらめく。
「何かは知りませんが、ろくでもないことでしょう? この間も木陰に引っ張りこんだじゃないですか」
リオンハルトに代わって冷ややかに俺が告げると、リオンハルトがぎょっ、と目を見開いた。
「ヴェリアス! お前……っ!?」
「あっ、そこであっさりバラしちゃう!? もーっ、ハルちゃんってば――」
ヴェリアスが何やら言いかけたところで。
一台の高級車が、音もなくすべるように静かに前庭に入ってきた。
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