3 イケメン5人がそろい踏み!


「ごきげんよう」

「ごきげんよう。今日もいいお天気ですわね」

「本当に。車窓から見える桜並木の美しさに、思わず見惚れてしまいましたわ」

「ご存じ? 中庭にもそれは見事な桜の木がございますのよ」

「まあ素敵! そこでお花見をしたら素敵でしょうね」


 教室の入り口近くでお上品に会話している同級生達に、「おはようございます」と会釈し、俺はそそくさと自席に向かう。


 出席番号順に割り振られた俺の席は、窓際の前から四番目だ。目立ちたくない俺にはちょうどいい。


 昨日、入学式の後、俺は一人、徒歩と電車で家へ帰った。


 聖エトワール学園の生徒のほとんどは貴族なので、信じられないことに、生徒のほとんどがお抱え運転手付きの車で通学してくる。学園の前庭には、何十台もの車が停められる立派な停車場が整備されているほどだ。


 が、貴族とはいえ、一番下の男爵位にかろうじて引っかかっているようなオルレーヌ家が、娘の通学に運転手付きの車など出せるわけがない。俺は電車通学だ。


 この世界の電車はなぜか路面電車ばかりで、しかも赤とベージュとか、青とピンクでカラーリングされたやけに可愛い車体の路面電車が、カンカンと軽やかなベルを鳴らしながら走っている。


 レンガ造りの街並みを走る可愛い電車は、どこかのテーマパークみたいな雰囲気だ。


 ちなみに、家には迷わずに帰れたし、両親や弟、使用人達に不審がられることもなかった。


 どうやら、俺、藤川ふじかわはるの前世の記憶と、ハルシエルとしてこれまで生きてきた記憶は、どちらもちゃんと保持しているようで、ハルシエルとしてごく自然にふるまうことができた。スカートだって、真っ当な男子高校生として生きてきた俺は、生まれてこのかた穿いた経験なんてなかったが、あまり違和感も覚えない。


 意識しなくても令嬢としての作法を守って身体が勝手に動くという感じだ。言葉遣いだって、俺はふつうにしゃべっているつもりなのに、口から出る時には、勝手にハルシエルらしい丁寧な口調に変わっている。


 正直、これは助かった。妖精みたいな外見のハルシエルが、口を開いたら男言葉だなんて、目立ってしょうがないもんな。ずっと黙っているわけにもいかないし。


 もしかしたら、朝、目が覚めたら元の藤川陽に戻っているかもしれないと一縷いちるの望みをかけていたが、ダメだった。


 今朝、女の子らしいピンクの寝具で統一されたベッドで、ハルシエルとして目が覚めて――。


 どうやら、夢ではなく本当に乙女ゲームの世界に転生してしまったらしいと悟った時、俺は決めたのだ。


 転生してしまったのなら、仕方がない。せっかく与えられた第二の人生だ。短く終わってしまった前世に代わって、今度こそ長生きしてやろうと。


 ……イケメンとくっつくのは絶対っ、ぜぇっっったい! 勘弁だけどなっ!


 身体は女とはいえ、何が哀しくて男と男で恋愛しなきゃいけないんだよっ!

 正ヒロイン? そんなの知ったことか! 


 『キラ☆恋』は世界の危機を救うRPGじゃないし、俺がヒロイン役を放棄したって、世界が滅びるわけじゃない。


 なら、おれは地味に堅実に、今度こそ人生をまっとうしてやる!


 それに、ここが『キラ☆恋』の世界なんだとしたら、たぶん……。


 とにかく、俺の行動方針は、「地味なモブに徹する!」だ。


 ハルシエルは外部の公立中学からの入学なので、聖エトワール学園に、中学校の同級生はいない。が、気をつけるに越したことはないだろう。

 ハルシエルの中身がここではない異世界から転生した男子高校生だと知られたら、面倒ごとになる予感しかしない。


 と、モブとして過ごすべく気配をひそめる練習をしていると。

 女生徒達が、きゃあきゃあとさざめきだした。


 波が寄せるように窓際に詰めかけた女生徒達が、前庭を見下ろしている。


 聖エトワール学園の校舎は、1階にやたらとだだっ広い食堂だの、購買だの職員室だのが集まっているので、教室は二階より上にある。


「クレイユ様とエキュー様だわ! 昨日の入学式でお見かけしたけれど、やっぱり素敵……っ!」


「クレイユ様の新入生とは思えない落ち着いたたたずまいには、憧れてしまいますわ……」


「エキュー様も負けてらっしゃいませんわ! あのあどけない笑顔、胸がきゅんきゅんしてしまいます……っ」


「タイプが違うお二人ですけれど、幼なじみで仲がよろしいんですってね」


 聞き覚えがある名前に、俺は女生徒達にならって、こそっと窓から前庭を見下ろす。


 高級車が次々と横付けされている前庭の車停め。


 そこに、くだんのクレイユとエキューの二人がいた。藍色のブレザーに灰色のズボン。ネクタイの色が水色なので、新入生だとわかる。


 黒髪に濃い蒼の瞳、眼鏡をかけていかにも堅物そうに見えるのがクレイユ、銀に近い淡い金髪に、明るい緑の瞳の男子にしては小柄な体格に、女の子のような愛らしい顔立ちをしているのがエキューだ。


 周囲から明らかに隔絶した美貌の二人は、もちろん『キラ☆恋』の攻略対象キャラだ。


「ああっ、クレイユ様、エキュー様と同じ学年なのは嬉しゅうございますけれど、叶うならば、同じクラスになりたかったですわ……っ!」


 一人の女生徒がこぼした嘆きに、周りの女生徒達も深く頷いて同意を表す。


 俺のクラスは一年二組だが、クレイユとエキューのクラスは隣の一年一組だ。

 同じクラスじゃなくて、心底ほっとしている。


 もし、攻略対象キャラと同じクラスだったら、学校にいる間中、気が休まらない。

 隣のクラスなら、関り合いになる機会もそれほどないだろう。体育は一組と合同だけれども、男女別だし。


「まあ、見て! 生徒会の皆様もいらしたわ!」


 嬉しげな女生徒の声に、窓際の女生徒達から黄色い声が上がる。


 一台、ひときわ立派な高級車が止まったかと思うと、そこから現れたのは、昨日、壇上に登っていた生徒会役員の面々、リオンハルトとディオスとヴェリアスだった。


 三人が現れただけで、まるで空気が色づいたように華やかになる。


 俺には、三人がバックに背負う色とりどりの花のイラストと、ゲームの挿入歌の幻聴まで聞こえた。


 三人に道を譲るかのように、自然と人混みが割れる。その間を悠然と進んだリオンハルト達は、クレイユとエキューの前まで来ると足を止めた。何やら親しげに二人に話しかけている。


「まあっ! お三方がクレイユ様、エキュー様と!」

「五人が一堂に会されると、なんて華やかなのでしょう!」

「ああっ! 目が幸福で溶けてしまいそう……っ!」

「生きてきてよかった……っ!」


 女生徒達が興奮した様子できゃわきゃわと騒ぐのもわかる。


 美形が五人もそろうと、なんというか、放たれるオーラが半端ない。


(さすが乙女ゲームの攻略対象キャラ……。全員ちょっと線が細いとはいえ、正統派王子様のリオンハルトに、頼りがいのあるスポーツマン系のディオス、遊び人っぽくって洒脱なヴェリアス、真面目で理知的なクレイユ、癒し系で可愛いエキューと、見事にタイプの違うイケメンを取り揃えてるよな……)


「『キラ☆恋』はキャラデザが超好みなのよ~っ! ずっと愛読している漫画家さんが、初めてゲームのキャラデザに挑戦したの! 声優陣も若手の実力派を起用してて演技力もばっちりだしね! あ~っ、もう! どの組み合わせでも萌えられるわ~っ!」


 不意に、姉貴の言葉が脳裏によみがえる。


 腐女子だった姉貴は、イケメン五人がお気に入りで、「むしろヒロインのハルシエルなんて邪魔!」と豪語していた。


 もし、姉貴がこの世界に転生していたら、よだれを垂らしてあの五人を見ていたに違いない。


 五人が一堂に会している光景を一目見ようと、女子だけでなく男子生徒達まで、窓辺に鈴なりになっている。おそらく、他のクラスも似たような状態だろう。


「やっぱり生徒会役員の先輩達は格好いいよな~!」

「同じ男でも憧れちゃうよな!」

「クレイユとエキューの二人なら、先輩達に話しかけられるのも納得だよな~」

「おれ、聖エトワール学園に入学してよかった……っ!」


 男にもモテるのかよ! すごいな、こいつら。


 恋愛的な「好き」じゃなくて、「憧れ」って感じだろうけど、もしこの光景を腐女子の姉貴が見ていたら、なんて言っていただろう……。


 あっ、ダメだ。ろくでもない想像しか浮かばねぇ。


 姉貴は助かったんだろうか……。という心配と感傷は、よだれを垂らしそうなアホ面で「萌えるわ――っ! 尊いっ!」と叫ぶ姉貴の顔を想像した途端、彼方へと吹っ飛んだ。なんかもー、色々だいなしだ。


 五人はといえば、大勢から注目を浴びているというのに、泰然としたものだ。

 きっと、人から注目を浴びることなんて日常茶飯事なんだろう。鉄の心臓を持っているに違いない。


 と、不意にリオンハルトが顔を上げる。


 校舎を見上げるように首を巡らせたリオンハルトと目が合った。


 いや、見下ろす生徒達を見回しているんだから、何十人と目が合っているんだろうけど。


 花がほころぶように柔らかな笑みを浮かべたリオンハルトが、軽く手を振る。


 その途端。


「きゃあぁぁぁ~っ!」

 黄色い歓声が爆発する。


 び、びっくりした……! 一瞬、立派な校舎が揺れたかと思った……。


 っていうか、手を振るだけでこんなに人を沸かせられるなんて、もう住んでる世界が違い過ぎる。


(あの五人には近づかないように気をつけよ、まじで……)


 地味で堅実な第二の人生を目指す俺に、イケメン達なんざ必要ない!


 俺に必要なのは……。


 まだ歓声のどよめきが残る中、俺はそそくさと椅子に座り直すと、鞄から教科書やらペンケースやらを取り出し、授業の準備を始めた。

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