地下世界の支配者~同人戦記~ 

低迷アクション

第1話 地下世界の支配者

地下世界の支配者



「そちらの案件は…は…はい…確認をとっておきます。それと建築科の方に?昨日の怪獣の件、道路修繕の見積もりは内戦16番にお願いします。はい、はい。よろしくお願いします。」


黒傘町市役所“漫画課”職員“剣防 佐伯(けんぼう さえき)”は次々に鳴り響く各卓の受話器を一瞥し、休憩室から出てきた複数の職員に“残業確定の業務”を委託する事に決めた。

簡単な指示と付箋を作成し、同僚に交代勤務の許可を得て、部屋を後にする。


“狂うJAPAN”現象以降、実験都市に指定された黒傘町では、それらの実質的管理を担う部署を市役所に設ける事となった。“漫画課”と名付けられた、今部署には役所内の様々な部署からいわゆる“はみ出し者”達が集められている。この現象が始まる以前は役所内で“オタク”と呼ばれていた者か、もしくはそれを隠そうとして、隠しきる事の出来なかった“隠れオタク”の場合が多く、


剣防は後者に当たる。実際、彼等彼女達が現実世界に現れた時の“歓喜”は誰にも負けない自信があったし、黒傘町が実験都市の一つとして選ばれる事になった時は真っ先に

自身が専門部署になる事を望んだ。


勿論、現在の仕事にもやりがいを感じている。だが、連日起こる怪事件や懸案事項はその件数を増し、一向に解決策を見いだせないのも事実である…


 休憩室の自販機からコーヒーを買い、窓際に立つ。庁舎の外では、家路を急ぐ人々の中に漫画勢力の出身者と一瞬で見分けがつく者達が何の違和感もなく、共に歩いている。この光景にもだいぶ見慣れてきた。


現象当初から比べれば、剣防達の事業や様々な分野、勢力による協力による成果が見えてきている証拠だ。だが、問題は以前としてある。毎夜のように起きる戦闘はその全てを把握できるものではなく、ほとんどが事後報告だ。


その内容のほとんどが一歩間違えば、一夜で世界を変貌させる内容の物だ。


更に言えば、そういった、世界を守る担い手になってくれる者達の心のケアや配慮が必要となってきているのも事実である。


本来、紙媒体や映像媒体では、正義の者や異能の存在全ての部分を見せる必要はない。それは創作者の意図によって露出面を調節できるからだ。


だから、彼等が現実世界に出てきて、その生活全てが曝け出された時、通常の人間レベルと同等、いや、それ以上の配慮を考える必要性があった。特に世界を守るという守備レベルの大きすぎるものでは、それに見合う発散要素を用意しなければならない。


黒傘町郊外に設けた“公開処刑場”は、ヒーローや変身ヒロインの正義を遂行する姿に多くの希望をもらってきた剣防からすれば、かなりの抵抗があったが、仕方のないものだと思っている。


実際、通常の警察能力では対応できない、彼等の力を借りる必要のある“暗件”が現場から多数上がってきている。


手元のメモ帖を開く。まず一つ目は水道局作業員が下水道で目撃した巨大な影。今の所、表だって被害等は出ていないため、捜査を行う事は出来ないが、手を打たなければいけないものだろう。2つ目は黒傘町と隣町とを繋ぐ山間部で噂される“人間狩り”の案件…


どれも水面下での事例が多いが、日の目を見る前に対処しなければいけない危険性を孕んでいる。ふとメモの端に殴り書きされた“同人部隊”という項目が気になった。彼の友人である“同人作家志望の飲んだくれ”が話していた内容だ。


友人の話によれば、異能者や国家、漫画勢力との戦闘経験のある狂喜を孕みまくった集団だと聞く。確か、今日の処刑執行リストに、この部隊所属という人物がいた。


(これを利用できないか?)


ふとそんな考えが浮かぶ。調書を見れば、酒場の店員を無理やり連れ去ろうとした市政側の勢力(この案件に関しては組織の腐敗面を曝け出すようであり、あまり考えたくない内容だ)に対し、死者を一人も出す事なく退けた…とある。


 「毒を持って毒を制すか…」


呟く剣防の頭は、これから自分がするべき事を早急にリストアップしていった…



「弾は必ず1発とっておくんだ。何処に使うかはわかるだろ?」


そう言いながら、頭を指さしたピーターの台詞が蘇る。東海岸で死者共が蘇って

人食い騒ぎを始めた時、掃討戦に加わったサンダー軍曹に戦友はそう言っていた。思えばあの頃からだろうか?世界のタガが素敵に!過激に!!ハズレ始めたのは・・・しかし、今はそんな事よりね?ピーター・・・そんな事より・・・


「実際、頭に銃口向けて、BANG!なんて、簡単にできねーだろ?いや、無理だよ?漫画とかの主人公じゃあるめいし!ねぇ、そう思いませんかぃ?」


振り向き様に同意を求めた彼の顔面に巨大なハンマーがめり込む、いや、めりこみ一歩手前のアマガミ状態でどうにか避ける。戦いは続いていた。


恐怖の死刑執行をどうにか回避し、そのまま脱出を試みた自分の前には、数十、いや、数千の敵・・・一番近い所(てか眼前)には猫のワッペン付き帽子被った緑髪ロリっ娘。平時なら


「可愛いねー」


の一言で済む話だが、手に持った厳ついハンマーが


「おっかなっ!?」


の状況を持続させている。さらに言えば一度ひいた彼女の後ろには大小様々な得物を持った女の子、覆面野郎(比率的に7:3)が控えており、押し寄せる波を手で受け止めるがごとく、しのぎ切る自信は無い・・・だが、そう思う反面、心は妙にはしゃいでいる。


(何だろ?何かこうあれだな・・・敵がエエな。てか、凄く良い!!)


今までの敵を思い出す・・・テロリスタ(後になまってテロリスト)、ネオナチ、ベトコン、クメールルージュの虐殺部隊に東ドイツ赤軍、IRA、ムジャヒディン・・・殺人カルト集団にシリアルキラー。どいつもこいつも、野望と行動力に狂喜した、自分と同じ、

世界からはみ出した道を歩くような連中だ。


そんな奴らと泥のかけ合いのような戦争を繰り返してきた。何十年、いや、何百か?もう思い出せない・・・それに比べたら彼女、彼等達はどうだ。風に流れるような髪、まっすぐな瞳、華やかさだけでなく力強さを秘めた装束の美しさ。武器にしても気品が漂っている。自分達が扱う銃器ですら、彼女達が持てば一段と輝きを増す。


笑みが自然にこぼれる。


こんな奴らと戦ってみたかった。これもいわゆる一つの“萌え”という奴か?連中になら何発殴られても大丈夫な気がする。


現に先程から数十跡もの致命傷とも言える一撃をくらってはいるが、自分はまだ立っている。このままいけば・・・


後ろを見た。先ほどまで怪物に吊り下げられていた少女が不安げな表情でこちらを見る。軍曹は慌てた。


一人で楽しんで、くたばるのは勝手だが、共に(?)地獄から抜け出した彼女には何も関係ない。助けてやらねば・・・


前方に視線を戻す。手元にあるAK突撃銃に込められた弾丸は1発。敵の波が動く。自分が先ほど称えた“萌え”が“現実の脅威”となって押し寄せてきた・・・

 



「コイツは化け物かよ?」


そう叫び、緑髪ロリッ娘は相棒のハンマーを振るう。周りに続く味方達も手から光弾を出す、刀を振るう者といった風に、矢次早に攻撃を繰り出す。攻撃は確実に当たっている。手応えもある。だが、倒れない。むしろ嬉しそうだ(!?)


着古した迷彩服にボロボロ軍用ヘルメット、白濁した目は視えているのか?いないのか?目元に走った傷は、雷のような印象を見る者に与えるだろう。

よく見れば先程から受けている筈の傷跡がみるみるふさがっていく。


(自己再生・・・不死者か・・・)


不意に後方から怒声を上げ、強面の味方(男)が突進をかける。振り上げた拳はもろに敵の顔面にヒットし、血反吐を吐く。


(あれ・・・?攻撃、くらっている。)


そのまま倒れた敵が起こした風が一瞬、そよ風の如く、彼女の衣類をふんわりとめくる。

瞬間、手でそれを押さえる自分と倒れた男の目が重なった。その視線は彼女のめくれた部分に集中している。


(・・・!!・・・見られた?)


頬が真っ赤に染まる。同時に相手が弾かれたように立ち上がる。まるで見えない糸で引っ張られるような、不気味な立ち上がりだ。少女は怒りで顔を真っ赤にした・・・

 


マンホール・・・それは映画やアニメなどで主人公達が敵を振り切る、追い詰められた時に現れる奇跡の脱出口。ご都合主義の権化!


(話の中にはその下でさらなる地獄が待っている場合もあるが・・・)


とにかく見えた。猫、白、パンツ・・・!?その先の地面に設置されているマンホール!正確には自分が起こしたイタズラなそよ風が、


ロリっ娘のパンチラ!いや、その先にある生還への道をめくりあげたのだ。

軍曹は素早く決断する。後方に控える少女の手をとり、道を指し示す。


「OK!把握」


とばかりに、こっくり頷く彼女の手をひき、脱出への行動を開始する。

瞬間、眼前を恐ろしい勢いでハンマーがかすめた。


「テメェッ・・・」


顔を真っ赤にしたロリっ娘が怒りの表情で立ちはだかる。


「そんな表情もGoodです!」


なんて言ってる場合じゃない。続く第2撃を少女と一緒にあうんの呼吸で頭を下げ、かわす。そのままロリっ娘に突進し、押しのける


(ふわっと香る良い匂いに若干クラっときた。)


マンホールに飛びつき、蓋にかける。周りに殺到した女の子達から、ありとあらゆる得物が軍曹に突き出される。刀、変身ステッキ、銃弾、何かの液体が入った注射機!?


(刺された時、花畑で手を振る、かつての戦友達が映った・・・)


重い蓋がようやく動く。真っ暗な穴が見えてきた。周りの攻撃から庇っていた少女を先に下ろし、自身も半分、倒れるように下界の入り口へとまっすぐに落ちていった・・・


 

暗闇の世界に小さな光がさす。光源の大きさからして遥か遠方・・・

いや、そんなに遠くないか・・・“支配者”はゆっくりと体を動かす。


溜まった汚水の波が大きくさざめく。白く硬い鱗に覆われ、その巨大な体は有史以前の恐竜を連想させた。口を大きく開けてみる。巨大な口腔は人間一人を納めてもまだ、余裕がありそうだ。


この地下世界の支配者になったのは何時の頃からだろうか?はっきりとは覚えていない。ここには何でも流れ着く。彼もその流れついた者の一人だ。


ただ彼が他と違ったのは流れ着いたままで終わらず、行動した事である。ゴミ、排泄物、死体、時には“生きた大きな餌”それらを食し、吸収し、支配者は今の地位を手に入れた。


お気に入りは大きな餌だ。あれはとても美味しい。口に入れる時に出す大きな音が特に良い。それぞれが違う音を出す。


「助けて」


「死にたくない」


意味はわからないが、彼に対する懇願、自分の存在を認めているという事が、少しづつわかってきた。最近は良い匂いを発している餌も多くあるのが楽しみだ。

光の方向から大きな水音が2回聞こえてくる。落下音、何かが上から落ちてきた・・・


確かめにいく必要がある。ありがたい事に、最近は生きた餌が落ちてくるのが多くなった。


(今度はどんな味がするだろう。楽しみだ・・・)


黄色く光る目の中の黒みが細くなる。支配者は光に向かって、汚水の中を静かに泳ぎ始めた・・・

 


「おい、サンダー・・・俺が奴らみたいに、死んでも歩くような事があったら・・・頼むぜ。」


ピーターの野郎もとんでもない頼みをするもんだ。どだい無理な話だ。周りは奴らに囲まれている。M16小銃に残った弾は1発。できれば他の事に使いたい・・・


吐き気を催すような酷い臭気で軍曹は目を覚ます。周りには死者の群れもピーターもいない。あるのはただ深い闇と水の流れ、そして自分は水に落ちている。


汚物だらけの水の中に。ここは下水道・・・


そうだ。自分は地下世界に落ちたのだ。水から上がり、考える。あの娘は?姿が見えない。水に落ちて、そのまま流されたか?確認する術は無さそうだ。


全身に痛みが戻ってくる。首筋が痒い。頭も割れるように痛い。やはりいくら彼女達の攻撃でも、くらうべきものはしっかりともらっている。


地面に座りこみ、足を伸ばす。背中に吊したAKの作動状況を確認する。充分に使える。弾も1発きちんと残っているようだ。さて、これからどうするか?


(まずは女の子を探しながら、この下水道を出て、それから仲間達と合流・・・)


合流か…自身が酒場から処刑場。そしてここに来る前、潜伏先には味方が合流途中だった。傘黒町への侵入手段は輸送機からのパラシュートダイブ。潜伏していた森には誰もいなかったが、恐らく自分と同じように大多数の兵士が降下に成功している筈だ。


誰か一人くらいは自分を迎えに来てくれるかもしれない。立ち上がる軍曹の耳に、前方から足音が聞こえてきた。


一緒に脱出した少女かもと思うが、よくわからない。本当にあの娘だろうか?確認する必要がある。軍曹は銃を構え直した・・・


 ポッカリ空いたマンホールを見つめ、赤紙の少女は唇を噛みしめる。処刑場前広場の人影はまばらになっていた。二人の死刑囚が落ちた時、真っ先に飛び込もうとした彼女を周りの仲間が止めた。


聞けば市の方から落ちた連中を見逃す指示がでたという事だ。納得が出来ない。特に自分の下着(再び頬が染まる)を見たあいつ…


 「あの同人野郎…覚えてろよ…」


低く呟く彼女の声は暗い穴に吸い込まれた…


 


暗闇にもだいぶ慣れてきた。顔にかかる包帯が視界を遮る。それしか身につけてない体は肌寒さを感じるが、特に気にする程ではない。


(玩具(オモチャ)にされて、捨てられた。)


ここ数日、頭の中を占める考えだ。何かの実験だったか?それともイカレタ電波野郎の愚行に付き合わされたか、多くは語りたくもないし、考えたくもない。


(どちらも同じ意味かな?)


どうであれ、散々利用された挙げ句、不要と判断され、ここに捨てられた。それから数日、彼女はずっと歩き続けている。ここには捨てられたものがいっぱいだ。自分はまだ動いているが、やがては動かなくなり、それ等と同じものになるだろう。


別に構わない。別に出口を目指している訳では無いのだ。もう何も考えない、何の希望も何の・・・前方から足音が聞こえてくる。さして期待も抱かず、ボンヤリとした瞳のまま、

少女は、ゆっくり歩みを止めた・・・


 「下水道で出会う者は大体相場が決まっている。」と軍曹は今まで思っていた。


浮浪者、浮浪者がカスタマイズされた怪物(チャド)、浮浪者だと思ってよく見たら下水の管理人、ETC、ETC。だが、前方にいるのは顔に包帯巻いた裸の美少女。若干目がレイプ目、喪失状態の!一定部分のふくらみ、体つきを含めて女子高生といったところか?


(何か色々されたみたいな状態だけど?とにかく落ち着け。こんなところで銃持ってマッシュポテトを更に潰したような面構えのゴロツキじゃ、誤解を招く。


「キャーッ、の〇太さんのエクスタシーッ!」じゃすまない状況になる。


ここは敵意とか、邪な事考えてます的な表情はいかん。そもそも考えてないよ?俺?そうだ。声をかけよう。明るく穏やかな声で。)


「すいません。何というか堪能しました!最近、あまり見る機会も無かったので、ありがとうございます!!」


心の中の邪野郎を速攻ぶん殴る。安否を気遣え!馬鹿野郎。ナニを堪能した?ナ・ニ・をっ!?軍曹の心の動揺とは裏腹に、少女は静かにその場を過ぎ去ろうとする。


彼の横を通り抜けて。軍曹は慌てて自身の衣服上下(実質のパンツ一丁になる。)を被せる。


「とにかく、その格好はアカンから、色々と着ましょう。ねっ?」


特に拒否する様子もなく服を着始める少女から目を剃らす(少しチラ見をした自分を否定できない。)着替え終えた彼女を座らせ(嫌がる様子もないのに、色々安心)自分も座る。


銃は万が一を備え、足下に置く。黙って俯いている少女に問いかけた。


「ここの出口を知っていますか?」


少女はかぶりを振る。


「そうですかぃ。参ったな。いや、何。ここに着いてから魔法少女に化け物と、嬉しいやら、楽しいやらの状態が続きまして、ここら辺で一休みをと思ってね。その格好、いやさっきのスタイルもこの国じゃ、当たり前なんですか?」


少女は答えない。(イカンな。こういう状況はどうする?ナニか色々あったみたいだし。)


「もう、何もわからないの・・・」


初めて少女が口を開く。やっと口を開いてくれたかなと思ったが、また沈黙・・・こういう時、ギャッゲー(ギャルゲー)の主人公なら何?何と!声をかける?駄目だ。彼等の流れはそのままベッドインだ。最近はそうでもないか?いや、今はそれどころではない。


「もう何もわからないし、何もない。だからどうでもいいの。ここを歩き回って、そのまま死んでいく。それでもいい。誰も構わないし…これでいいの。」



再び少女が喋る。軍曹は黙ってそれを聞き、しばらくして銃を持ち上げる。少し彼女の表情が動く。


「ここに銃弾が1発あります。昔、戦友に最後の弾は必ずとっておけと言われましてね?何故だかわかりますか?」


少女はキョトンとした表情で、自分の“頭”を指差す。その答えに軍曹は焦る。


(最近の子やべー!?そのアンサーに辿り着くの早くない?いや、ここは冷静に動揺を悟らせずに・・・)


「そ、そういう答えもありますね。うん、正解といっちゃ正解だ。俺達もそんな状況でした。敵に囲まれて、もうどうしようもなくなって、戦友の奴があんたと同じ事を言っていました。


このままじゃくたばる。お互いの弾倉には1発。敵にやられるくらいなら、それで撃ち会おうってね。確かに素敵な話だ。何の希望もないから、せめて最後は格好良くってね?」


そこで一端、言葉を切る。少し張りのある表情に戻り、聞く気になってくれている少女の視線はとても嬉しいが、それとは別の何か“生臭い視線”を感じ始めている自分がいる。


“何かが”こちらを見ている。確実に!遠くから、それもだんだんと距離を詰めて…

水場のさざ波がゆるやかに、こちらに押し寄せてきた。前方の暗闇に白い塊のようなものが現れ始める。あれは生きものだ。


それも馬鹿でかい奴…そいつが水の中を泳いでやってくる。ここから離れなければ。そう思う軍曹の気持ちを読んだように、白い何かは速度を上げ、足下の水辺まで接近する。


サッカーボールくらいの黄色い目玉が水の中で開く。声をかける暇が無かった。水中から現れた“それ”は少女に襲いかかり、そのまま暗い水中に引きずり込んだ・・・

 


支配者は歓喜の感情に包まれていた。大きな、生きた餌が2匹もいる。背がでかいのはあまり美味そうではないが、もう一つは水面からでもわかる良い匂いを発している。


いきなり食べてしまうのでは勿体ない。味わってからだ。支配者は水中から餌達の前に勢いよく飛び出す。ご馳走の華奢な体を前足で引っかけ、水中に引きずり込む。


大体の餌は水中に引っ張り込めば、ただ、もがくだけとなり、いつでも料理できるようになる。


さて、お次は?


ふいに引きずり込んだ餌が予想外の行動に出た。支配者の口元に寄り添うように前に泳ぎ出たのだ。まるで「自分から食べて。」と言わんばかりに・・・


餌の青い瞳と支配者の黄色い目が合う。相手が発する濃厚な香りが水にのって流れだし、彼の鼻腔をくすぐる。


(よかろう・・・)


支配者は優越感に浸る。餌の気持ちはわからないが、自分から進みでてくる者は初めてだ。


(少し味が違うかもしれない。)


たまには珍味、それも極上の味なら悪くない。支配者はその大きすぎる口を静かに開けた・・・

 

「これで死ねる・・・」


濁った水面の中で少女は思う。白く巨大なワニが姿を表した時は驚いた。ここ数日、下水道を歩いてきたが、こんなものがいようとは。


だが、驚きとは同時に何か救われたような気持ちが起こったのも事実だ。あれだけの巨大な顎に噛みつかれたら、苦しむ事なく死ぬ事ができるだろう。


ワニを死の使いとして崇める国もあるそうだ。少女はワニの口元に近づこうと泳ぎを進める。頭くらいの巨大な目と自分の目があう。卵の黄身のように黄色い目には何の感情もない。


恐らく彼にとってはただ、呼吸をし、腹が減ったら食物を探す。その単純行動しかないのだろう。


自分もそうであればどれだけ良かった事か・・・何も考えない人形のように・・・

いや、そうなっていた自身から抜け出したのではないか?


人形である事を拒否し、捨てられたのではないのか?記憶が、かき混ざる。もう少しで何かを思い出せそうだ。さっきの話も気になってきた。あの人は一体、弾丸を何に使ったのか?


何もわからない。だから…!


何もわからないから!答えを探しにいくのではないか?

そのためには生きなければならない。巨大な口元が目の前に広がる。中にはナイフのように鋭い歯が幾つも並んでいた。恐怖という感情が静かに沸いてくる。


これは答えを導いているくれるものではない。彼女はきびすを返そうとする。しかし、開いた口元は惑星を吸い込むブラックホールのように強力な引力を発し、彼女を吸い込もうと引っ張っていく。


もがく手足は水をむなしく掻き、ゆっくりと死へと引き寄せられていく。


(死にたくない・・・)


そんな感情が体を支配する。一瞬、顔が水の上にでる。口を開けた。汚水が口の中に入ってくる。構わず叫ぶ。


「死にたくない。」


瞬間、強い力で水面に引っ張り上げられる。聞き慣れた声が聞こえてきた。


「その言葉を待っていましたぜ。ハニバニ!」・・・

 


(自身満々で引きずり上げた割には・・・)


軍曹は苦笑する。特に目立った救出プランがある訳ではない。水面に引きずりこまれた

少女を見たとき、彼の頭に浮かんだのは、


この場から逃げる事だった。動物は食事に夢中になると他の注意がそれる。

今なら逃げれた。だが、そこで軍曹はふと思い直す。


(待てよ。このシチュエーションは何処かで見た事があるぞ。確か、危険な状況に陥っている男女がそのドキドキを恋と勘違いして。確かあれは?つり、そうだ。釣り針効果

(違う。)だ。疑似餌に騙された獲物(女の子)を釣り上げ、ゲットする。間違いない。)


思えば数々の戦友を置き去りにしてきた人生。それに対する後悔はまるでない。汚い野郎を助ける意味は見いだせない。だから、声が聞こえてきた時は体が即座に動いた。


(狂うジャパンに見習えば、俺の日々にも栄光があるかもしれねぇ。女の子達と命の取り合いをするだけじゃなく、ボーイミーツガール然りソルジャーミーツガールだって悪くねぇ・・・)


事実、目の前の彼女は軍曹を「信じて疑わない。」って目をしている。


(気のせいか、目からキラキラした光が出ている。)


グッドシチュエーション!問題は後ろから水飛沫上げて突進してくるホワイト・ビッグ・アリゲーターだ。


(下水道に白いワニ・・・さすが、狂いきったこの世界。半端ねぇ。)


女の子を手早く逃がし、怪獣に向き直る。銃弾は1発。高速のライフル弾といえど、

あの巨体を止める事はできないだろう。


何か、もっと大きな武器は無いか?ここはゴミため場だ。一つくらいは見つかるだろう。考えた矢先に巨大な歯が迫る。すんでの所でかわすが、目の前で「ガチッ」と合わさった歯の恐怖でバランスを崩し、そのまま水面に落下する。


慌てて泳ぐも、後ろから来る敵の方が遥かに早い。怪物の口の先と軍曹の足の先がETみたいにつつきあう。


(トモダチじゃねぇ。俺はランチだ。)


奴はもう真後ろにいる。本当にやばい。このままでは・・・。鈍い投擲音と共に水面に何かが投げ込まれる。救いの手か?


しがみついた物体は金属の手触り、表面には大きな漢字で

「火気厳禁」


圧縮空気のガスボンベ。誰が?考えるまでもない。包帯の彼女だ。

何故、こんな所にガスボンベが?ここは見捨てられた地下世界、何でも流れつく。どうして、彼女が手際よく発見できて、投げ込めるだけの力が?考えるな!察しろ!


ここは混沌の地・・・“狂うJAPAN”の世界、どんな事だって起こりうる。ボンベを追い越し、怪物が口に咥えたのを確認し、AK突撃銃を構える。


近距離でなら水中でも発射が可能だ。何故?弾を1発とっておくか、その答えは簡単だ。敵に死ぬくらいなら自殺する。それもわかる。だが、敵にやられるにしろ、自分でやるにしろ?行き着く答えは一緒だ。だったら違う答えを模索したい。そのためにはどんな物でも利用する。歴史を見てみろ?


一発の銃弾がどれだけ世界を変えた。種子島で撃たれた一発は戦国絵巻を塗り替えた。

サラエボで放たれた銃弾は世界中の殺し合いに火をつけた。


移民の大統領の脳みそを吹っ飛ばしたのは?全て一発の銃弾だ。これほどの影響力を持つ存在なら、汚い一兵卒一人助けるのは、たわいねぇに違いねぇ。軍曹はそんな信念を持っている。自身の後方に放ったボンベをすぐに咥えた巨大な顎が眼前に迫る。その表情は

無表情…ただ、餌を食うことだけを目指して突っ込んでくる。


「少しは笑いな。畜生。」


最後の銃弾を放つ。刹那、巨大な爆風が全てを包みこんだ・・・



口元にある異物感をなんなのかを理解しないまま、支配者は目の前の餌を追いかける。奴が口に入るのは時間の問題だ。しかし、本当に理解に苦しむ餌達だと思う。


支配者は考える。片方の餌をどかし、食われる順番を争うとは・・・一人で生きてきた彼にとって、助け合いという行動は理解できない。だが、問題ない。


誰もこの世界から逃げる事はできないのだ。自分は支配者である限り、ゆっくりと食事を楽しむとしよう。餌の一匹が何かを投げ入れた。細長い何・か・だ。とりあえず口に入れる。


(これは食べれないものだ。)


瞬時に理解する。ついでに記憶も蘇ってきた。これは以前にも噛んで確認をした事がある。その時も同じ事を思い、そのまま流しておいたのだ。餌がこちらを振り返り、何かの動作をする。


鈍い水温が同時に響く。支配者がそれを理解する前に、巨大な爆発が口の中から上がり、彼の世界は終わりを告げた・・・

 

 

 激しい爆発でそのまま水上に跳ね上げられる。思い切り壁にぶつけられながら、軍曹は敵の生死を確認する事を忘れない。頭を無くした白い怪獣は、その巨体を静かに水中に沈めていく。安心が全身に浸透していくのがわかる。お決まりの台詞を呟いてみた。


「また・・・生き残っちまったな・・・」


視界を包帯が覆う。先ほどの少女が心配そうに覗き込んでいる。軍曹は慌てて


「大丈夫!」


という風に手を上げた。少女が会ってから初めての笑顔を見せる。こういう報酬もたまには悪くない。ニヤリと笑い返す。


「…話の続き・・・!」


「?」


「どうなったの?貴方とピーターは?」


ようやく思い出した。


「ああ、あれか…いや、なに、つまらない話でね。お互い二発の銃弾を敵に撃ち込んだ後、そいつらの腰にたまたま、ついていたバックパックから弾倉を抜き取って、


たまたま、燃料がMAXのヘリに乗って脱出さ?ピーターはどうしたって?一緒に乗っていたパッキンのねーちゃんとよろしくやってるよ!今頃な。」


少女が声を出して笑い出す。軍曹も笑いながら話を続ける。


「水の流れ的に、このまま進んでいけば出口にでれる。よければご一緒に・・・」


少女がこくんと頷く。最高の報酬だ。釣り針効果が美味くいった?いや、どうでもいいな。


さて・・・心で笑い出す。だが・・・邪な事を考えたのがいけなかったのかもしれない。突然上がったイタズラな波飛沫が軍曹の足下をすくい、そのまま自身の体を流しはじめる。


巨大な爆発によって水の流れが変わったのかもしれない。あっという間に少女の姿が見えなくなる。軍曹は手を上げ、少女に安心させるように親指でグッドラックサインを作った。


(あの子なら、上手く出口を見つけるだろう。そして失ったものを必ず取り戻す。うらやましいもんだ。)


「結局、ドキドキビュジュアルとは縁がねぇな?」


苦笑しながら呟く。明るい光が見えてくる。そのまま軍曹の体は排水溝に向かって、恐ろしい勢いで流されていった・・・(続)


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