7、次回予告
結果から言うと、今回の「海辺の幽霊電話ボックス」のビデオは放送本編では一切使われなかった。
放送できないはずだったとある民家の心霊現象リポートが、急遽放送できることになったのだ。
なんでも親族会議が開かれて、家を霊視して浄霊してくれた紅倉美姫という霊能師がとても評判のよい信用できる人物だと分かり、それまで健康障害に苦しんでいた家の者たちがすっかり元気になったので、その恩人を悪く言うなどとんでもないと、局の番組担当に猛抗議してきた親族の男性が、「申し訳ありませんでした。こちらの誤解でしたので、差し障りありませんでしたら是非放送してください」と頭を下げて(電話だが)きたので、6月の「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」は最初の予定通りの放送が行われたのだ。
当然岳戸由宇は激怒したが……
取材翌日、東京に帰ってきた岳戸由宇は40度を超す高熱を出して寝込んだ。風邪をひいたのだ。その原因があの呼び出された霊の復讐だったのか、薄着の上にむき出しになった二の腕のせいかは定かでない。
布団の中で放送を見た岳戸は激怒したわけだが、番組最後の来月放送予定の「次回予告」で「海辺の幽霊電話ボックス」がメインで取り上げられ、電話ボックスを前にかっこよく霊視する自分のアップが大々的にフィーチャーされていたのですっかりご機嫌になったとか。なんとも分かりやすい人だ。
ところで内容変更作業のため念のため局に来てもらっていた紅倉美姫は「海辺の電話ボックス」の映像の一部を見せられて、簡単なコメントをした。
曰く
「ああ、その人は、電話が掛けられなかったんでしょうね」
番組ディレクターの三津木がどういうことかもう少し詳しくお願いすると、
「その人、夜のドライブ中に彼氏と大喧嘩して、自分から車を降りちゃったんですね。
自分で飛び出して、
彼氏が、じゃあ勝手にしろ!、とそのまま車で行ってしまって、彼女は土砂降りの中取り残されてしまったわけです。
彼女は当然彼氏が反省して戻ってくることを期待していたのですが、彼女の我が儘にすっかり頭に来てしまっていた彼氏はそのまま帰ってしまった。なかなかドラマのような劇的な展開にはならないものですね。
雨の中、信じらんなーい、といった気分で歩いていた彼女は、電話ボックスを見つけて雨宿りをしたんですね。
彼女の悲劇は、
だから、電話が掛けられなかったんです。
当然彼が戻ってくるものと信じて疑わなかった彼女は自分のハンドバッグを車の中に置きっぱなしにしていたんです。携帯電話も財布も入れっぱなしで。
だから電話ボックスにいても、お金が無くて電話が掛けられなかったんです。
えーと、公衆電話って、110番や119番ってお金無しで掛けられるんですよね?
彼女も掛けようか掛けまいか、さんざん迷ったんですね。でも、怒られますでしょう?そんなくだらない理由で掛けたら?
で、じっと受話器を持ったまま、行き交う車を恨めしく睨んでいたんです。
翌日。
彼氏は車の助手席の下に広がっていた彼女のショールを……彼女の誕生日に彼がプレゼントしたものだったんですね……見つけて、その下に隠れて落ちていた彼女のハンドバッグを見つけました。
彼は青くなって彼女に連絡を取りましたが、彼女は朝までにタクシーを捕まえて着払いで友人のアパートに避難していました。しかし可哀想に、彼女は風邪をこじらせて、肺炎を起こして、亡くなってしまいました。
幽霊になった彼女の思いは、
戻ってこなかった馬鹿彼氏と、
掛けられなかった電話への恨み、
でいっぱいだったのでしょうね。
しかしその後彼氏と彼女の家族がちゃんとお墓参りしていますし、忌々しい電話ボックスも無くなってしまったので、彼女はすっきりした気分で成仏することが出来ました。めでたしめでたし。
あ、岳戸さんに、お風邪、十分ご養生するようお伝えください」
相変わらずこれが推理小説だったら読者から怒号の聞こえてきそうな紅倉の名推理だが、要するに、あそこにはやっぱりもう女性の幽霊はいなかったということだ。
撮影したビデオにも、岳戸の大活躍部分以外は、周囲にも怪しい物は何も写っていなかった。
あのビデオを、放送までにどう編集してつじつま合わせのオーバーダビングを施すか、大いにテレビマンの腕を振るわねばなるまい。どういじったってどうせ岳戸由宇本人は自分が何をわめいたかなんて覚えてやしまい。
ところで。
あのレストラン「船上のまな板」は、その後大いに繁盛しているようだ。
あのナンパ二人組だろう、ネットに「場所を間違えた間抜けな心霊番組取材班」と「ものすごーく不味い」レストランの書き込みがあり、物好きな連中が話の種にわざわざ訪れているようだ。
体験者曰く、
「日本一不味い! 騙されたつもりで是非一度!」
だそうで、「本当に不味かった!」という喜びのコメントが殺到している。ほんと、世の中物好きが多いことだ。
しかしどれだけ不味かったか、もう一度食べてみたいなと思っている高谷も立派な物好きの一人だった。
おしまい
2010年2月作品
霊能力者紅倉美姫7 海辺の電話ボックス 岳石祭人 @take-stone
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます