第87話 「大賞受賞、おめでとうございます。」
〇早乙女 園
「大賞受賞、おめでとうございます。」
「えっ…あっ…どうも…。」
取材なんて受けるつもりなかったのに。
対談と聞いて…
つい、受けた。
それは、相手が…
「初めまして。キム・トアです。」
憧れの人だったからだ。
「?」
はっ…
見惚れてしまってた!!
「はっはじめまして。
キム・トア。
初めてテレビでこの人を見た時。
とめどなく創作意欲が湧いた。
今までにないほど。
そして、コッソリと…彼女をイメージした作品も、いくつか描いた。
抽象画ゆえ、誰にも気付かれる事はないが。
今日の対談は、インタビュアーが存在しない。
ひたすら二人で語り合うという…俺にとっては拷問以外の何物でもないはずなのに。
俺はー…
浮かれている。
黒く艶のある長い髪の毛。
陶器のような肌。
…芸術品のようだ。
「あなたの作品は、色に対する愛情を感じられて、とても好きなんです。」
「!!」
キム・トアが!!
俺の作品を知ってる!?
目を見開いてしまうと、キム・トアが小さく笑って。
カメラマンがカシャカシャと写真を撮った。
「ロマネード大賞展の大賞作品である『静寂』、帝展最優秀賞の『睡眠』、ニューヨークの音楽事務所に展示されている『雫』…素敵な作品ばかりですが、私が特に好きなのは、『初恋』です。」
「えっ…あの絵をご存知なのですか?」
「ええ。初恋というテーマにピッタリでした。繊細で淡く、どこか自己満足でもあって…それでいて謙遜…色んな感情を同じトーンだけで表した難しい作品だとも捉えました。あ…勝手にすみません…」
「あっ!!と…とんでもない!!ありがとうございます…!!」
あんなに古い作品を知ってくれてるなんて…
しかも、表現についての感想まで述べてもらえるなんて…
泣きそうだ…!!
特に…あの絵は、俺にとって特別な物だけに。
「…トアさんとお呼びしても?」
「もちろん。」
「トアさんは、絵を描かれたりされますか?」
「昔は時間があったので描いていました。」
「そうなんですか。どんな絵を?」
「風景画です。私は父が転勤族で、慣れた頃に引っ越さなくてはならなくて…10歳の頃からはその景色を覚えていようと、たくさん絵を描きました。」
「ああ…見てみたいです(笑)お気に入りの場所はありましたか?」
「二ヶ月しかいませんでしたが、ハワイは思った以上に素敵でした。」
…人見知りで話し下手な俺が。
彼女につられてか…?
スラスラと言葉が出て来る。
「質問していいですか?」
対談の後半、思いがけない事を言われた。
「え?はい。どうぞ。」
「よく…スランプになられるそうですね。」
「…お詳しいですね…はい…情けない事に。」
芸術家にスランプは付き物だろうが…
俺のそれは酷い。
と思う。
ずっとアトリエに閉じこもって、誰にも会わない。
会いたくない。
その時は自分でも病んでると感じるし…
死にたくなる事もある。
「…全然筆を持てなくなって、何も描けなくなりますね。」
「そういった時は、どう対処されてるのですか?参考にしたいので、良かったらお聞かせ願えますか?」
「……」
この対談で、初めて気持ちが萎えた。
参考にしたいと言われても…そうしてもらえるような対処などしていないからだ。
「…正直、今もどうしたらいいのか分かりません。」
「……」
「ひたすら、その時を待っているだけなので…」
水を飲むふりをして、誰にも気付かれない程度の小さな溜息を落とす。
ああ…いけない。
俺はいつまでたっても…
「その時を待つという事は…その時が来ると信じていらっしゃるのね。」
トアさんの心地いい声が、俺の胸に響いた。
…信じてる…?
「……」
キョトンとした間抜け顔を向けると。
トアさんは首を傾げて。
「自分を信じる事。素敵です。」
そう言って…とんでもなく…破壊力のある笑顔を見せてくれた。
「……いつか…」
「はい。」
「いつか、あなたを描かせて下さい。」
「え?」
「初めての肖像画…あなたを描きたい。」
俺の言葉に、周りにいたスポンサーやカメラマンがどよめきの声を上げた。
「……」
トアさんは嬉しいとも困惑とも取れない表情で。
周囲は、その返事を固唾を飲んで待っている。
…俺も。
ー今までなら…ここで諦めてた。
だけど…
『自分を信じる事。素敵です。』
初めて、誰かに解ってもらえた気がしたから…
「…光栄です。楽しみにしています。」
はっ。
その言葉が聞こえた瞬間。
周囲が湧いた。
そして…俺の心の中にも。
ずっとくすぶっていた何かが…動き始めた気がした。
〇キム・トア
「どうぞ。」
車の中で差し出されたジャスミンティー。
あたしはそれを受け取ると。
「ありがとう。」
ユンに笑顔を向けた。
早乙女 園との対談の後。
スポンサーの誘いで日本料理の店に行った。
日本に来て、毎日和食。
さすがにもう飽きた。
ジャンクな物が食べたい。
「いいのですか?勝手に了承して。」
「だって、彼、素敵だったから。」
「……」
「スケジュール、調整してちょうだい。」
「分かりました。」
マネージャー兼SPのユン。
スキンヘッドで体格が良くて…怒ると怖い。
という噂。
あたしは、まだ怒られた事はないけど…
一号は何度か泣かされたらしい。
「おやすみなさい。」
「ありがとう。おやすみなさい。」
ホテルの部屋の外まで送ってもらって。
あたしはドアを開けて中に入る。
鍵をかけて、ドア穴から外を見て…
「……行ったわね。」
小声でつぶやく。
はー…疲れた。
日本には一ヶ月滞在予定。
その間に、取材やテレビ出演、イベントが山ほどある。
だけど、メインの仕事は…
「おかえり、
「ただいま、
寝室から出て来た
「対談、どうだった?」
「いい男だったわ。詳しくはコレで。」
チップを手渡すと、
服を脱ぎながら、鏡に映った自分と
「…日本に来て食べ過ぎたんじゃ?」
「あーっ、お寿司が美味し過ぎて。」
「気を付けてよ。」
「うん…確かにこれは…一応同期していい?」
「もう…仕方ないわね。」
二人で抱き合って同期を開始する。
「…
「大丈夫。顔は変えてたから。」
「忙しかったわね。」
「トアだと出来ない事を楽しまなきゃ。」
「
「今頃、今日の任務の報告をしてるんじゃないかしら。」
同期しながら一日の行動を確認し合っていると。
#####
体内に知らせが来た。
「…あー。せっかく同期したのに。」
二人同時に愚痴る。
なぜなら、同期した瞬間が一番きれいになれるからだ。
「どっちが行く?」
「これはあたしの方が向いてそう。」
「じゃ、あたしはユンが確認に来た時のために、トアになっておくわ。」
褐色のショートカット。
「ん~。
「どーも。じゃ、行って来る。」
「気を付けて。」
バッ
背中に開いた羽を操って。
あたしは夜の街を飛ぶ。
あたしは…あたし達は、キム・トア。
幼い頃から、モデルであり、女優であり…
世界の特別高等警察…CIAやMI6等をも取り締まる、シークレットセッション。
優しさの欠片すら持ち合わせない…
SSのメンバーだ。
52nd 完
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長かった!!52!!
お付き合いありがとうございました!!
これ、また続いちゃう終わり方にしてしまったよ…(汗)
次は少しのん気なお話を書きたいけど…どうだろう。
誰が始まるか、お楽しみに♡
いつか出逢ったあなた 52nd ヒカリ @gogohikari
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