第6話 (壁・猫・コーヒー) /改稿20200101


 (壁・猫・コーヒー)


「…はよ来すぎた…」


 エセ関西弁が口から出る。すでにここに立ち尽くすこと30分。腕時計はようやく十時二十分を指した。

 と、同時にうしろから肩を突かれる。


 振り返ると…おとなしめの色の上着を羽織って…その下は派手な装飾の無いワンピース…。清楚系がワンピースつけたら天使やん…。


「ぉ…お待たせ」

「…可愛ぇ…」


 口からこぼれた第一声がそれって結構キモくない?挨拶や『全然待ってないよ?俺も今来たところ』とか爽やかに言うべき言葉が抜けるって相当頭イかれてない?


「っ…!カァァァ///」

「最高。うん。顔赤いのもいい感じにマッチングしてる」

「はぁっ…」


 胸に手を当てて息を吸う雪葉。その呼吸は震えていて、変な支配欲が掻き立てられる。

 うん、俺相当頭イかれてるな。


「べつに嬉しくて顔が赤いんじゃなくて白昼堂々そんなこと言う悠人が恥ずかしいだけだからっ」

「本当かぁ?自分から言うってことは…」

「本当だからっ。は、早くいこっ」

「わかったわかった。まぁでも服、に、似合ってるぞ」


 改めて言おうとすると恥ずかしかったし頭イかれてないな。俺は変人じゃないぞっ!




 満員電車の中でドアと椅子の壁の隙間に雪葉を入れて、雪葉の後ろの壁に手を突いてバリケードを作る。


「…っ…」


 目が合うたびに頬を赤く染めて、視線をあっちこっち行き来させる雪葉。そんな事が数分、電車が急に減速して、背中を押された。

 後ろからの重圧に手が滑っ…て雪葉にもたれ掛かってしまう。


 柔らかい…とか考えてる場合かっ!


「ごめんっ」


 耳元で謝ると、コクコクと首を振る気配がした。そして耳に吐息を感じる。


「あ、ありがと…。ま、まだ悠人の方が他の人よりマシ…」


 それは俺の言葉だ。『マシ』を『最高』に言い換えなきゃいけないけどなっ…。


 決して、身体に当たる胸の感触が"いい"とか耳に掛かる吐息がエロティックな気分になるとか、そんな変な事を思っての言葉ではない。




 電車に乗ること数分、竹上通り。 とあるカフェの入口。


「ここ?」

「そ、どうだ?好きかな~と思って」


 初デートで連れ回すのも1つの手だが、兄貴曰く奥手者同士はカフェでまったり過ごすのがいいそうだ。


 『時間を共有している』と感じるだけで満足なカップルにはお勧めな…この猫カフェ。


「…好き」


 胸がドキッと跳ねる。当然俺じゃなくて猫のことなんだろうが…。


「…っ、ね、猫カフェが。その…誘ってくれた…もだけど…」


 俺が決して難聴系主人公な訳ではない。雪葉の声がホントに小さいのだ。でも…分かるぞ。

 『誘ってくれたもだけど』って言おうとしたんだな?可愛い奴め…。なんか気恥ずかしくなってきた。


「と、とにかく入ろうぜ。ここに突っ立ってると邪魔だし」

「あ…うん」


 肉球の形をした取っ手をつかんで、ドアを開く。

 …とネコ耳を付けた店員さんが出迎えてくれ…た。これ猫より店員さんの方が人気でてるんじゃね?


「いらっしゃいませにゃ。そちらのスリッパに履き替えて下さいにゃ」

「悠人…!」


 隣にいた雪葉が俺のことをジト目で見る。

 仕方ないだろ!こういう店だって知らなかったんだよ!

 雪葉に目線で弁明しつつ、スリッパに履き替える。


「ご利用時間は一時間コースとフリータイムがございますにゃ。一時間コースは、時間を過ぎると三十分ごとに百円の追加料金をいただきますにゃ」

「…えっと…フリータイムでお願いします。いいよな?」

「ん…」

「畏まりましたにゃ」

「あ…お金は…」

「出たときに払うシステムだし、俺の奢りだ」

「え…それは…」

「…じゃあ次また出かけるときの貸し1な?」

「…ん。分かった」


 やっぱ笑うと可愛いんだよな。ほんわかしてて。ツンデレもいいけど。

 次、の約束ができたことは思わぬ収穫だ。




「…なんでそんなに猫が寄るんだ?」


 俺のあぐらの窪みに一匹グレーの猫、一方、雪葉の周りには数匹いる。


「…わかんない…」


 猫を撫でながらも、俺の猫をじーっと見てくる雪葉。

 止めてくれっ、俺の大事な一匹だ!なでなでしたいんだ!

 俺が猫になれれば猫たちが寄ってくるんだろうけど俺にはこのしかいないん…あ。猫になったらさ…。


 俺の目線は自然と、雪葉の周りの猫に向けられる。


 …決して、決して俺は雪葉の背中と壁の隙間の一匹や足の隙間の二匹や、頬ずりしている一匹や、膝の上にいる三毛猫がうらやましい訳ではない!

 決してその猫達になりたいだとか思っている訳では…ない。


「いいな…」

「ん?何が?」

「…なんでもない……猫になれたらなって…」

「奇遇だな、俺も猫になりたいと思ってたところだ」


 だが、きっと雪葉の『猫になりたい』は俺の、『雪葉に撫でられたいから』とかいう理由とは全く別物だろう。




 まったりした時間が過ぎるのは速い。その間に遊園地なり夕焼けなりキスなり…なんていうヤツがいるかも知れない。

 同じく俺も『結局何もしなかった』って思ってる部分もあるけど、ゆったりできて…何より猫に囲まれてあたふたする雪葉が見れてよかった。

 ちょっと財布には響いたが。


 雪葉はキーホルダーにするには少し大きい、手の平サイズのグレーの猫の人形をつついている。

 俺が会計を済ませている間に別で買ったみたいだ。


「ふふっ」


 雪葉の笑い声って心が穏やかになるんだよなぁ…。

 そんなことを考えてカフェで買ったカフェオレを啜る…。と、雪葉がもじもじと遠慮がちに俺の服の裾を摘んだ。


「悠人…」

「なんだ?」

「…今日は…ぁ、ありがと…」

「ん?あぁ、当然だろ?こちらこそ、おかげで楽しかった」

「ん…それで…っ。…な、何飲んでるの?」


 絶対別のこと隠してるだろ。まぁいいか。変に問い詰めたら逆に言ってくれなさそうだし。


「カフェオレだけど。飲むか?」

「あ…ぁ……の、飲んであげなくもない…。ぅん…」


 頬を真っ赤に染めた後、ぬいぐるみをカバンに仕舞って、カフェオレを持つ。

 じーっとそれを見てから、ぐいっと傾けた。


「あっ、熱いぞ?あとカフェオレだけど苦いかも…」

「っ…ん~~っ…」


 雪葉は顔を真っ赤に染めて顔をぶんぶん振りながら飲み込んだ。

 そしてすぐさま俺にカフェオレを返して、カバンを開いた。


「…悠人…これあげる…」


 そして顔を背けながら渡してくれたのは、さっき雪葉が触っていたのと同じ種類の三毛猫の人形。


「え?いいのか?」

「ん…」

「ありがとうな、大事にするよ」


 カフェオレを啜る。と、雪葉の顔が真っ赤に染まり、口を何故か両手で小さく押さえていた。


「どうした?」

「…なんでもない…」


 まぁ可愛いからいいか。

 帰りの電車は空いていた。いつもの交差点に近くなる程、名残惜しくなる。夕焼けが眩しい。


「今日は楽しかった。ありがとうな」

「ん…」

「またいつか…あそb…で、デートしような」

「っ…どうしてもって言うなら…今日も無理矢理来させられたけど…暇つぶしには向いてるしっ。じゃあね…」

「おう」

「…ね…分かってないの?」


 去り際に雪葉がそう言って最高潮に顔を赤らめ、横断歩道を渡った。

 『分かっていない』?何をだ?

 ともかく雪葉に手を振った。


 カフェオレを啜る…今更だが変な味がして、ふと口の付ける部分を見ると、リップクリームのテカリがあった。


「へ…?」


 悠人の焦ったような顔が通り過ぎたトラックで隠れた。私の手は、自然と自分の唇に触れていた。




 短編版…完

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【短編版】俺のツンデレ彼女が可愛い過ぎる件 小笠原 雪兎(ゆきと) @ogarin0914

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