第29話 カノン・カロル

 再び、カノンとジグは荒野に来ていた。


「はぁぁぁっ!」


 気合とともにカノンが突きを放つ。


 ジグはそれを逸して、腕を巻き込むように捻り上げる。


「やばっ」


 自分から回って投げられなければ、骨が折れるか、腱が切れるかという容赦のない関節技である。


 カノンはその術理のままに、飛んで背中を地面を打ち付けた。


「集中できてないぞ」


「まあ、どちらかと言えば身体を動かすのが目的なので」


 ガンダルフに化けたアイパッチを捕まえた後、カノンがジグを誘って組手をしているのだ。


「宿敵だと気負っていたから、苦戦もせずに倒して不完全燃焼ってところだな」


「その通りです」


「その調子では怪我をするから、やめだ」


「……わかりました」


 しぶしぶとカノンは頷いた。


「では、役所に行くぞ」


「何か用事ありましたっけ? 飲食店の定期検査ならまだ先ですよ」


「お前のサインがいる案件がある」


「……え?」


 それ以上は説明する気がないようで、そのままジグは歩き出した。


(まさかのプロポーズって雰囲気でもないし……)


 役所に行く要件など、引っ越しや結婚くらいしか思い浮かばない。


 もう何十年も幻術で過ごしているので、まったくロマンスなどには無縁ながらも、老夫婦並みの付き合いである。


 おかげで気持ちが老け込んでしまっているのだ。


 そういう妄想でドキドキするような若さを失くしてしまった。


「宿願を果たしたお前に、俺からプレゼントだ」


 ジグは、役所の受付に行くと名指しで職員を呼び出した。


「あなたがカノンさん? 探しましたよ」


 人の良さそうな初老の職員がカノンを見て、眼鏡を掛け直した。


「確かに人相は聞いていた通りですね。——こちらをご覧ください」


 出てきたのは一枚の紙。


『養子縁組届出書』と書いてあった。


 カノンは言葉を詰まらせて、涙を流した。


 そこに、ウィリアム・カロルとマリー・カロルのサインを見つけたからだ。


「ご両親になる予定の方は亡くなられましたが、生前のサインは有効です。後はあなたが同意のサインをすれば、養子縁組は成立します。家は焼けてしまったし、それの後始末で土地も接収されたので、財産は残っていませんがね。あくまで名前だけの相続になります。あ、でも、少額ですが奇術のギミックのパテント料が毎年入ります」


 ジグが「これでこの先もカノン・カロルを名乗れるな」とぼそっと言ったら、カノンはその背中を強く叩いた。


「ずるいです。反則です」


 ジグは、避けずに何度も叩かせた。


「まったく、涙流して泣くなんて何十年ぶりだか……」


 あくまで体感時間の話である。


「そして、視界が悪くなった分周りを警戒するのが条件反射になってる自分が嫌です!」


「訓練の成果だな」


 カノンと対照的に、ジグは満足げであった。


 カノンは涙を拭って、サインを書き込んだ。


「師匠は、いつから気づいてたんですか?」


「弟子にしてから、養子取るって言ってたのを思い出した。そこからはあの時に助けたのがそうなんじゃないかってことと、お前がアイパッチを狙ってる言動を結びつけるのは、探偵じゃなくても難しくはない」


「これで、ちゃんとあの人たちの子供を名乗れるんですね」


 カノンは晴れ晴れとした顔で笑った。


 しかし、一瞬顔を翳らせて「やっぱ、あいつ殺してこようかな」と言った。


「やめとけ。今からじゃ遅い」


 もう正当防衛の言い訳はきかない。すでに護送されて、ファイス・フィストの監獄行きである。


「クリスティーナさん……お義姉さんのこと好きだったんですか?」


「いや、そんな仲ではなかった」


 と即答したが、


「でも、そうなった可能性までは否定しない」


 と続けた。


「じゃあ、私のお義兄さんになってたかもしれませんね」


 ジグは、店の前でカノンに会った時、ジグのことを「おにいさん」と呼んだのを思い出した。


 カロル夫妻は、娘を亡くしたからカノンを養子に迎えようとしたので、普通に考えればカノンが義理の妹になった可能性はない。


 それでもジグは、


「かもしれんな」


 と答えた。


------------------------------------------------------------------------


「朝刊差し替えだ!」


 新聞社で記者が叫ぶ。


「もう印刷所に回ってるよ」


 冷ややかに同僚が応える。


「輪転機止めてくる!」


「待て! 今からじゃ違約金ものだぞ」


「アイパッチが捕まったんだよ! 警官のインタビューとってきた!」


「何!?」


「うちだけ記事がなかったら、ほとんど売れないぞ!

定期購読だったらクレームものだ!」


「!? わかった! いや、俺が印刷所に行く! お前は記事書け! 今すぐだ!」


『アイパッチ逮捕!!


 ラエンダムを賑わした殺人鬼がついに監獄へ送られた。アイパッチを捕らえたのは、警察補助隊の若き軍曹であった。


 ディスデス・レイ軍曹は、相棒の警官の不審な行動から犯罪者が扮したニセ警官であることを看破し、かの殺人鬼であることを突き止めた上に、単独でこれを打倒した。


 軍曹はBランクの魔術師で、推定Aランクのアイパッチを倒したことは驚愕に値する。


 警官に犯罪者が紛れ込むという警察の不祥事は追求されるべきであるが、新開発の銃を警官に支給する直前だったのは、不幸中の幸いであった。


 この銃は、原料が希少な火薬の代わりに魔術で圧縮空気を詰めたカートリッジを用いる世界初の仕組みを採用している。


 非魔術師の警官が持つ、魔術師の犯罪者への抑止力として期待されているものであるが、犯罪者に持たせることになっては本末転倒である。


(中略)


 レイ軍曹は、来月施行される警察補助隊に関する法律の改正で新設される制度を利用して警官への転属を希望している。


 このような優秀な人物が警官になれば、街の治安向上に貢献してもらえるだろう』


------------------------------------------------------------------------


「新聞にはあなたのことは出てないけど、良かったの?」


 ミルムが紅茶を入れている。


 カノンは、やっと慣れてきた高級ソファの座り心地を楽しみながら、クッキーをつまんだ。


「名前を売りたいわけではないので」


「手柄を奪ってしまったこの軍曹も、居心地が悪いでしょうに」


「そこはなんとか説得しました」


「それじゃ、私の方からもプレゼントがあるわ」


 ミルムが出したのは一枚のカード。


 よく知っているものだ。


 師匠も持っていて、レイ軍曹も持っている。


 そして、自分は持っていなかった。


「魔術師登録証……!? 魔術学園を卒業しないともらえないはずでは?」


 魔術師にとって身分証であると同時に、一定以上の技術がある魔術師であると国が保証するもので、これがないと魔術を使う職につくことはできない。


 また持っていない者が、過失により魔術で、ものを破壊したり人に傷害を負わせたら、重過失として扱われる。


「ちゃんと条文を読めば、手に入れる条件が書いてあるわよ」


 悪戯っ子のように、ミルムは微笑む。


「『学園長が認めたものに交付される』ってね」


「ありがとうございます……!」


「入学は断られたけど、調査の仕事も頼みたいからね。あと入校証も渡しておくわ。これで学園にフリーパスで入れるから」


「何から何まで、どうお礼をしたらいいか……」


「大丈夫よ」


 ミルムは、不敵に笑う。


「ちゃんと貸しを返してもらう当てはあるから」


 その三週間後、しっかりとミルムは取り立てにやってきたのだ。


「エンリルランドの盗まれた魔剣を探してきて欲しいの。ちょっと北のゴルベジ砂漠の向こうまで」


 そこでやっと、人使いがけっこう荒いことに気づいた。


------------------------------------------------------------------------


次回、魔剣捜索編


20210112追記

ここまで脱落せずに読んでいただいてありがとうございました。

 PVが少し増えるだけでも喜んでおります。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

知恵と勇気と超絶技巧 〜魔術都市の探偵少女〜 KKRD @magician1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ