第28話 非殺傷宴会芸

「思ったより頑丈ですね」


 ガンダルフは、立ち上がっていた。


 しかし、すでに背中を向けて走り去ろうとしている。


「おい、逃げるぞ」


「大丈夫です、もう対策済みですから」


 〈身体強化〉で脚力が上がっているため、ガンダルフがぐんぐんと遠くなっていく。


 しかし、カノンが手を向けると、ガンダルフの右足から炎が上がった。


 悲鳴が荒野に木霊する。


 たまらずに転げ回るガンダルフ。


「何をしたんだ?」


「前に靴を見せてもらった時に、私の術で起動するトリガーを仕込んでおきました。今は〈身体強化〉の魔力がすべて炎の魔術に変換されます」


 そう言って、カノンはポケットからコインを取り出す。


 指鉄砲の手を作って、人差し指にコインを乗せた。


「射線確保」


 指先から一直線に気圧が下がる。


「発射〜」


 間延びした声で掛け声が響くと、パンパンパンパンと連続で破裂音が鳴って、コインが飛んでいく。


 ガンダルフのところに届くと、一際大きなパーンという破裂音がなった。


 その音とともにガンダルフは、ぐったりと動かなくなる。


「な、なんだ今のは?」


「目標の近くでちょうど音速を超えさせて、衝撃波を作るっていう宴会芸ですよ」


「宴会芸だと? 恐ろしい威力になっていそうだぞ」


「戦術上であれば、投げた方が早くて簡単で有効ですからね。それに当ててませんよ。衝撃で脳震盪を起こしただけです。——立てますか?」


 手を引いてもらって、立ち上がったレイ軍曹はバツが悪そうに「助かったよ」と礼を言った。


「しかし、勝率が悪いようなことを言ってたが、終始圧倒していたじゃないか」


「あの男が勝利条件を理解してなかったからですよ」


「どういうことだ?」


「あいつは殺人犯ですから逃げ切れたら勝ち、私にとっては逃げ切られることが敗北です。あいつの全力の〈身体強化〉で逃げられたら私の足では追いつけないので、勝率は悪くなっちゃいます。だから、自分が戦ったら勝てないとバレないうちに、いろいろ仕込んでたんです」


(靴に触った時に仕掛けをしたのなら、犯行現場に案内する時には、すでに犯人だと目星を付けていたということか……)


「殺人現場に案内した時、すでにアイパッチだとわかっていたのか?」


「あの時は、殺人現場の犯人だとは思っていましたけど、まだ疑っていたところですね」


「じゃあ、いつ確信したんだ?」


「その後、ガンダルフ刑事の出身の村に聞き込みに言ってきました。私、似顔絵もけっこう得意なので」


 と言いながら、ポケットからガンダルフ刑事を名乗っていた男の絵が出てきた。


 ドヤ顔が少し腹立たしいが、確かに言うだけのことはある。


 これを見せれば、偽物だとわかるだろう。


「馬車で片道半日はかかる距離だったと思うが……」


「早馬ならともかく馬車なんて、歩くよりは速いくらいのスピードですよ。〈身体強化〉して走れば十分日帰りできますよ」


 それから、カノンは急に明後日の方を向いた。


「レイ軍曹は、まだ歩きづらそうですから、師匠、ちょっと見張っててもらっていいですか?

ちょっと警官を呼んできます」


「わかった」


 すぐそばにジグがいたので、レイ軍曹はぎょっとした。


「殺さなくていいのか? 今なら正当防衛だぞ」


(何を言ってるんだこの男は?!)


「……うーん、一応やめておきます」


 カノンの答えに、ジグは「そうか」とだけ返事をした。


 カノンが走り去ってから、ジグとレイ軍曹はガンダルフのそばに立った。


「く、そ……」


「意識はあるが、立ち上がれないんだな」


 レイ軍曹が警戒しながら言った。


 ジグは、「こいつには、俺も因縁があってな」と言って、ガンダルフの胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「カノンが殺さなかったから、俺も一発殴るだけにしておこう」


 〈身体強化〉が間に合わなかったか、それともカノンと同じように無力化されたか、顎に一撃を食らってガンダルフは再び地に伏した。


 明らかに、何かが砕けた音がしていた。顎か、歯か、もしくは両方が。


「なあ、あんた……」


 レイ軍曹はおずおずと尋ねる。


「俺も、あんたのところで訓練したらあんな風になれるのか?」


「お前を弟子にする気はないぞ。軍にいるなら、ヴィンセントの奴にでも鍛えてもらえ」


「何度か頼んだが、なんでか特務曹長はあまり乗り気じゃないんだよ」


 ジグは、はあ、とため息を吐いた。


「トキの一門は優等生お断りなんだよ。お前Bランクなんだろう?」


「なんでだよ?!」


「恵まれた魔力を持ってる奴らには、わからないだろう」


 そう言って、ジグは動かなくなったガンダルフを見つめ、トキの言葉を思い出す。


『いろんな武術にも、柔よく剛を制すみたいな技があるんだよ。そういうのはつまり、体格とか腕力とか生まれ持っての才能で劣ってる奴が戦うためのものなわけだ。俺の戦い方もそれに類するものなんだけど、そんな技術を才能に恵まれた奴に渡すのは気に入らないだろ?』


 嫉妬と言われればそれまで。


「そういえばカノンのやつは、誰かのピンチを助けるヒーローになりたいと言っていたが、誰にも気づかれなくても悪党が悪さする前に捕まえようって奴の方がヒーローって感じがするな」


「それは皮肉か? 俺は結局失敗して、助けられる方だったよ」


「それじゃあ頑張って鍛えることだ」


 ジグは肩を竦めた。

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