第27話 秘技ならぬ非技
ガンダルフは、全力の〈身体強化〉での万全の防御体制により、激高から少し落ち着いたようだった。
「不意打ちでもダメージが入らなかった気分はどうだ?」
その身体に纏う魔術の強さの気配を感じたか、カノンは言う。
「あれを打撃で貫くのは、難しいですね」
〈身体強化〉の強化具合は素の身体能力も重要であるが、小柄なカノンでは体格でも負けているし、魔力にも圧倒的な差がある。
「でも、あれは悪手です」と小声でカノンは続ける。
「警棒を持ったまま、接近戦しながらレイ軍曹を遠距離で狙われる方がやりにくかったですから」
「もう不意打ちは喰らわない。〈身体強化〉同士なら、お前に勝ち目はない!」
「試してみたらどうです?」
不敵に笑って、カノンは挑発した。
「今やってやるよ!」
距離を詰めようとしたガンダルフは、一歩目にして、仰け反り、逆に後ろに飛んだ。
「ぐぉおお!」
苦悶の声を上げて、顔を抑えるガンダルフの指の隙間から蒸気のような煙が上がっていた。
「何をした?!」
驚いたのはレイ軍曹の方だ。
カノンは何もしていないように見えた。
「ただの熱の魔術ですよ。魔力が少なくても、時間を掛ければ温度を上げられますからね」
レイ軍曹が目を凝らすと、確かにカノンとガンダルフの間にいくつも陽炎が見える。
「お前、熱の魔術がどれだけ難しいかわかってるのか?」
エーテルからエネルギーを取り出す時に、何も加工をしなければ熱と光、つまり炎となって魔術が発動する。エネルギーが魔力という制約を受ける以上、熱エネルギーだけを取り出す方が効率的なので研究はされているが、あくまで工業的な分野の話である。実戦で使うなど、聞いたこともない。
そもそも、それなりの魔術師であれば破壊力のある術を使った方が話が早いので必要のない技術である。
魔力Eランクのカノンだからこそ、必要な技術なのだろう。設置型の罠として見れば、視認性が悪く凶悪とさえ言える。しかも、どうやら一つや二つではない。
「おいおい、お前、同時にいくつ魔術を使えるんだよ?」
珍獣でも見るようにレイ軍曹は視線を向けた。
「完全に同時に発動するのは、まだ四つくらいですね。少しでもずらして良ければ、三十くらいはいけます」
完全に、顔を引きつらせたのはその後だ。
「発動したのを維持するだけなら、三桁くらいですね」
ガンダルフが、赤く焼けただれた顔で睨んだ。
「くそがっ! 雑魚魔力の癖に!」
「どうせなら目に当たれば良かったんですが」
カノンはあどけない笑顔で、残酷なことを言った。
「これならどうだ!」
ガンダルフの〈身体強化〉の質が変わったのを感じて、カノンは感心した。
「熱に強くもできたんですね。まったく、これだから天才は……」
今度こそ、ガンダルフは間合いを詰めた。
「〈身体強化〉同士なら分が悪いと思ってるから、そんな罠を仕掛けたんだろうが!」
「さすがに腕力勝負はしませんよ」
ガンダルフが遠い間合いからの下段蹴りを放つ。
バックステップで交わすカノン。
ガンダルフは軸足で地面を蹴って、横蹴りに移る。
サイドに躱したカノンを、膝を曲げてさらに蹴り込む。
その足は、屈んだカノンの頭上を通り過ぎた。
軸足を狙ってカノンが外套を伸ばすと、ガンダルフは片足だけで跳躍して、とんぼ返りをした。
(体術も様になってやがるな、くそ)
レイ軍曹は、一人で倒そうとしていたのがどれだけ無謀だったのかを思い知ることになった。
着地を狙って、カノンが間合いを詰める。
パァン!
と乾いた音が鳴って、急にガンダルフがカノンに急接近した。
(背中側で空気を破裂させて、空中を移動しやがった!?)
パァン! パァン!
と、さらに連続で音が鳴った。
今度は、音に合わせて、駆け上がるようにカノンが舞い上がる。魔力がないため、一つの空気の炸裂では体重を持ち上げられないのだ。
(カノン、お前もか!)
ガンダルフの頭上を飛び越えながら、踏むように頭を蹴った。
だが、威力が足りない。蹴った足をガンダルフに掴まれてしまった。
「捕まえてしまえば……」
「こっちのものです」
カノンが台詞を奪った。
膝を曲げて身体を引き寄せ、ガンダルフの手首を掴み返す。
ガンダルフは構わす振り回して、地面に叩きつけようとした。
「ぐっ!?」
すっぽ抜けるように、カノンは地面に当たる前に、水平方向に飛んでいった。
くるりと一回転して、受け身を取る。
「なんで……?!」
意味がわからないという顔のガンダルフ。
その右手は、関節ではない場所であらぬ方向に曲がってしまっていた。
「あなたが魔力で圧倒的に勝っているように、私は制御力で圧倒しているのですよ」
「まさか、そんな真似ができるはずがない……!」
それはレイ軍曹にも、理解はしたが納得し難い技術であった。
制御力は距離に反比例する。だから〈身体強化〉は〈脱発動〉で無力化できない。
だからこそ、、カノンはガンダルフに触れた。
互いの距離をゼロにするために。
直接に触れて〈身体強化〉をキャンセルし、自身の〈身体強化〉で腕を握りつぶしたのだ。
何をされたのかを知り、そこで初めてガンダルフの顔に恐怖の色が浮かんだ。
追撃のために、間合いを詰めるカノン。
腰が引けそうになっているが、ガンダルフは必死に防御を試みる。
カノンは、むしろ落ち着いて、歩くより速い程度に歩を進めた。
カノンが腰に溜めた腕をガンダルフの顔に向けた。
ガンダルフがガードを上げる。
カノンは殴るにしてはゆっくりと腕を伸ばし、狙いを中段に変えて鳩尾に直突を触れさせる。
触れた瞬間にガンダルフの〈身体強化〉をキャンセルし、そのまま全身の瞬発力で突き入れた。
「ぐふぉぼおお」
ガンダルフは身体を折り曲げて吹き飛んだ。
カノンは、「あ」と呟いて、自分の拳を見つめる。
そして、数秒固まっていた後、ため息を着いた
「どうした?」
「いえ、ズドン拳は本当に技じゃなかったんだなって」
「何のことだ?」
「ただ、師匠との体術の差を思い知っただけですよ」
苦笑して、ガンダルフを見た。
決着は近い。
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