第26話 超絶技巧

 ガンダルフの杖から火球が飛んだ。


 レイ軍曹を庇うように前に立ち、カノンは〈脱発動〉で魔術を消し去る。


 ガンダルフの攻撃は終わらない。


 次々と火球が飛んでくる。


 カノンは十発を超えても涼しい顔で、魔術を無効化し続けた。


「なかなかやるじゃないか」


 面白いことを思いついたような顔でガンダルフは、足を一歩前に進めた。


「段々近づいて行こう。どこまで耐えられるかな?」


「おい、俺のことはいい! さっさと逃げろ!」


 レイ軍曹が顔を歪めて叫んだ。


(俺は民間人に庇われるために軍人になったわけじゃない!)


「まだ、大丈夫です」


 振り向かず、カノンが応える。


 あと五歩も歩けば杖が触れるような距離まで詰められても、カノンは火球をさばき続けた。


 すでに三十発以上〈脱発動〉に成功している。


 レイ軍曹にとって、信じられない集中力だった。


「思ったよりも粘りやがる」


 そこで一瞬の溜め。


「気をつけろ! そいつは電撃の魔術も使えるぞ!」


 一瞬で到達する電撃の魔術は、狙いこそ定まりにくいが〈脱発動〉を成功させられるスピードではない。


「それ、くらえよ!」


 ガンダルフが大きく杖を振った。


 電撃が来るのを覚悟して、顔をしかめて片目をつぶるレイ軍曹。


 しかし、何も起こらない。


 電撃や火球はおろかそよ風一つ、起きていなかった。


「は?」


「発動前に止めてしまえばいいだけです」


 そう言って、カノンが跳躍した。


 空中でくるくると回転すると、勢いを付けた足が伸びる。


 術が発動しなかったことからすぐに立ち直って、ガンダルフは対応する。


「それは前に見せてもらった!」


 回し蹴りの軌道にすでに、両手でガードを固めていた。


 しかし、それに触れる前にカノンの足が再び曲がり、もう半回転する。


 その間に、逆の足に銀色の外套が巻き付いた。


 その巻き付いた足の踵がガンダルフを打ち付ける。


 なんとかガードの上からだったがタイミングを外されたガンダルフが吹き飛んだ。


「今のは〈形状変化〉……?」


 足に巻き付いた外套の動きが〈形状変化〉であれば、あれは金属ということだ。


 であれば、普段は動きやすいように見かけの質量を常に減らし、攻撃の時にだけ元に戻すという攻撃方法だ。


 小さな魔力でも、時間を掛ければ大きな質量をエーテル空間に押し込めることができる。そして、戻すのは術の出力を弱めるだけで一瞬なのだ。


 その方法はレイ軍曹も聞いたことがある。


 しかし、である。


(相手の魔術を発動前に散らしつつ、〈質量変化〉に飛び蹴りに合わせた〈形状変化〉の同時使用だと……!?

練度なんてもんじゃないぞ!)


「あれじゃ練度どころじゃない。超絶技巧だろう」


 カノンは、それには応えず、


「ガードごと首を折るくらいのつもりで蹴ったんですけどね。さすがにバカ魔力で強化してるだけあって頑丈です」


 と残念そうに呟いた。


「少し見ない間に……」


「大人っぽくなりましたか?」


 茶化すように言うカノンには返事をしなかった。


 思ったことが


(化け物の仲間入りしたのか)


 だったからである。


 今のカノンは、新兵の研修で見たあのヴィンセント・ヴァーミリオン特務曹長と同じく、人間業ではない技量を感じる。


 カノンが練度と言ったのは、確かにレイ軍曹も思い当たる節がある。かの特務曹長は、〈身体強化〉を使った体術と、〈脱発動〉による魔術対策で、対魔術師戦のエキスパートと呼ばれている。しかし、実際に教えを受けると、そんなものはオマケでしかないかのように超絶技術を常に決め続けることがわかってくる。ただ、合理的だから接近戦をしているに過ぎないのだ。


 カノンが今見せたものは、技量自体に差はあれど、確かにその片鱗であった。


 カノンは、ガンダルフが立ち上がるのを待った。


(俺のせいか……)


 レイ軍曹は、奥歯を噛み締めた。


 後ろに護衛対象をかばっているから前に出られないのだ。


 つまり、ダメージがあまり入っていない。


 何が起こったのかわかっていなかったのか、呆然と立ち上がったガンダルフは、自分が蹴られて吹き飛んだという事実に気づいて、怒鳴り散らした。


「くそ雑魚が! 生意気なことを!」


 ガンダルフは、杖代わりにしていた警棒を投げ捨てる。レイ軍曹には、からからと転がっていく音が妙に大きく聞こえた。あの男は今までレイ軍曹とカノンをなめきっていたが、これこらは本気で殺しに掛かってくるのだと感じた。


 ガンダルフは全力で身体の剛性を強化する。


(第二ラウンドは、魔術師同士らしからぬ接近戦となりそうだな……)

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