第24話 眼帯のヒーローと殺人鬼3

「他に金目のものはないのかよ?」


 その強盗は、交互にウィリアムとマリーを見た。


「こっちだ」


 覚悟を決めたウィリアムは、寝室の床下に隠した隠し金庫に案内して、マリーに


「他の宝石も集めてきてくれ」


 と頼んだ。


「……わかったわ」


 逡巡するフリをして、マリーは出て行く。


「素直でいいね。命は助けてやってもいいかもな」


 心にもないことを強盗が言ったので、期待に満ちた目をする必要があった。


 幸いにも、マリーが部屋を出ていくことを見咎められはしなかった。


 金庫を開けている間に、マリーは宝石や紙幣をカバンに詰めて帰ってきた。


「それじゃあ、俺はこのへんで帰ろうかな。そんで、あんたらの処遇だが……」


 マリーが不安そうな顔で、ウィリアムの腕にすがりつくように絡みついた。


 ウィリアムのその腕に、金属の冷たい感触が触れる。マリーがこっそりと渡してきたショーで使う投げナイフを死角に隠したままに握り締めた。


 マリーは、今でこそショーのアシスタントをやっているが、もともとはギミックなしで奇術を行うスライハンドの名手だった。即興で腕に隠せるナイフをパスすることなど、造作もない。ウィリアムに渡したもの以外にも、自分で隠し持っている気配がある。


 いよいよ、その時がやってきた。


 終わったから、じゃあ殺してくれと言うわけには行かない。早く帰って欲しいという意図を気付かれるのは、事態がどう転ぶがわからないだけに危険だった。だからこそ、抵抗して、返り討ちにあう必要があった。


 かと言って、強盗の足に怪我を追わせたり、強い光で目くらましをして、行動に制限をかけると早く帰ってはもらえない。一か八か、一撃必殺か無傷か、という攻撃が理想だった。もしも倒せれば儲けものだが、高ランクの魔術師はそこまで甘い相手ではない。


 先に動いたのは、ウィリアムだった。


 死は覚悟したが、薄汚い強盗に主導権を渡したままにするのは許せない。


魔術師まがいものめ、奇術ほんものを見せてくれる!」


 投げナイフを大きく振りかぶると、強盗は目を見開いた。


「ちぃっ、いつの間に?!」


 杖を構えた強盗が火球を放つ。


 炎が起こった途端に、ウィリアムの顎髭がちりちりとやけるような熱を感じた。


 想像以上の熱量に、ひるむことなくギリギリまで狙いを定める。


 視界の隅で、マリーが何かを投げた。おそらく、小道具のガラス玉だろう。当たれば痛いが、殺傷力が高いわけではない。ただ、火球を突き抜けたので、ひどい火傷にはなるだろう。


 ウィリアムは、最高のアシストだ、と心中で喝采を叫んだ。


 強盗は、飛んできたガラス玉を避けようとして身体を屈めた。これならば、次の動きはできない。


 ウィリアムが投げたナイフが空中で一回転して、強盗の顔面に向かった。


 マリーが前に出たため、火球の魔術は先にマリーに当たった。


 髪の毛が焼ける異臭が鼻をつく。


 魔術の勢いは止まらない。


 私もすぐに行くぞ、と呟きながらも、熱気から目をそらさずにナイフの行方を追う。


「くそったれが!」


 ぎりぎりで強盗が首をひねったため、ナイフは顔をかすめて後ろの壁に刺さった。


 恐怖に歪むその顔を見て、ウィリアムはシニカルに口の端を上げ、炎に包まれた。


(投げナイフで死んでくれるのが理想だったが、人事は尽くした。カノンがこの男と出会わないように祈ろう)


 ふと、一緒に招待していた娘の友人の顔が浮かぶ。


(もしかしたら彼なら、助けてくれるかもしれないな。だって彼は……)


 マフィアの抗争の中で店を守り、Aランク魔術師のクリスティーナが戦場で頼りにしようとした男だ。


 ジグ・ジングルはおそらく只者ではない、と勘が告げていた。


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「くそったれが!」


 カロル家のそばで、叫び声が聞こえた。


「もう少しで目が潰れるところだったぞ!」


 カノンは、待ち合わせよりも少し早い時間に着いてしまい、すでに魔術が使われたことを感知していた。


 嫌な予感に足を早めた。


 カロル家についた時、屋敷は大きな煙を出しており、ひと目で火事だとわかった。


 そこに体中に煤を付けた若い男が出てきた。そこで家から大きな火が上がった。


 炎の逆光で姿がわからない。しかも、布で顔を隠しているようだった。


 ちっ、と男が舌を鳴らした。


 杖をカノンに向ける。


 カノンは、息を呑んで佇むことしかできなかった。


 先ほど感じた魔術は、間違いなくこの男の魔力によるものだ。燃えるカロル家の屋敷と結びつければ、ウィリアムとマリーはこの男に殺されてしまった可能性が高い。


 何故、自分には戦う力がないのか。犯人を突き止める才能には溢れていても、捕えることはできない。


 人を飲み込むのに十分な大きさの火球が杖の先から生まれた。


 飛んでくるスピードは、死の予感からか、妙に遅く感じる。


 しかし、足が竦んで動かない。


 カノンは祈った。


 魔術という理不尽な暴力に抗う術が欲しい。


 魔力が小さい自分でも悪人をやっつけたい。


 自分が助かることよりも、相手を倒す方法を願う。


 カノンの祈りは届かなかった。


 何故なら、ヒーローが登場したからだ。


 カノンに今にも当たらんとしていた火球が突然、霧のように散ってしまった。


 それはカノンの見たことも感じたこともない魔術だった。


 カノンの後方で、眼帯をした赤毛の青年が立っていた。


 その青年の名、ジグ・ジングルを、ある悪党は忌々しげに呼ぶ。


 またある悪党は、恐怖ゆえに口にすることも憚る。


 いつしか悪党どもは名前を呼ばなくなった。ただ〈裏通りのケーキ屋〉と呼称するのだ。


「死ね!」


 強盗が今度は電撃の魔術を放った。


 数条の稲光が走ったのは一瞬。


 そのすべてがカノンとジグを逸れて、地面に消えていったとカノンが認識したのは、完全に魔術が消え去ってからだった。


 ジグが一足飛びに間合いを詰めて、胸に掌底を打ち込んだ。


 強盗は肺の空気を吐き出し切って吹き飛び、地面を三回転した。そのまま動かない。


 眼の前で起こっていることに理解が追いつかないまま、腰が抜けたカノンが地面に、ぺたんと座り込む。


 ジグは心配そうに駆け寄ろうとしたが、少し逡巡して、炎が上がるカロル邸の方へ駆け込んだ。


 本当なら危険なので止めるべきなのだろうが、カノンは頭が回らないままに、あの人なら何とかする自信があるから入ったのだろうと思った。


 数分後に灰色の外套に煤一つ付けないで帰ってきたジグは、沈痛な面持ちで静かに首を横に振った。


 そこでカノンは、未来の両親を失ったのだと思った。


 問題がもう一つ。


 気絶していたはずの強盗がいなくなっていた。


 それに気づいたジグが当てもないままに追いかける。


 残されたカノンは、少しずつ冷静に考えられるようになってきた。


 第一に、あの男にとって、カノンは殺すべき目撃者であるということ。


 顔を見たわけではないにしても、情報を集めたらカノンが魔術感知能力が高い、人探しのエキスパートだと知るだろう。


 第二に、自分を殴り飛ばした眼帯の青年については、逆恨みしているに違いない。


 最後に、自分がピンチの時に現れて助けてくれた眼帯のヒーロー。あんな風に誰かを助けられる自分になりたい。


 眼帯はヒーローが身に着けていたアイテムだから、後に殺人犯がアイパッチなどと呼ばれることは、全く許容できることではなかった。


 カノンには、あの時の強盗が世間を騒がす殺人鬼の正体なのだとすぐにわかった。


 殺人鬼のマークは、自分のシンボルではなく、眼帯のジグに対してもう片方の目も潰してやるという挑発なのだと。

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