第23話 眼帯のヒーローと殺人鬼2

 クリスティーナの死体を運んだ兵隊は、民間人協力者である彼女を守れなかったことを謝罪し、それから、彼女がどれほどの敵兵を倒し、多くの仲間を守ったかを語り、深く頭を下げた。


 膝から崩れ落ちて泣き叫ぶ夫人の声を、どこか遠くのように聞きながら、呆然と立ち尽くすウィリアム。


 彼は話を理解して会話ができるまで回復した後も、最後まで、クリスティーナを連れ帰ってくれたことに礼を言うことはできなかった。


 夫妻は、娘の店に行き、彼女の赤毛の友人にクリスティーナの死を伝えた。


 ジグ・ジングルという青年は、それを聞くと言葉になっていない何かを叫んで飛び出していき、二日間、彼は帰って来なかった。


 その二日の間に、戦争は終わった。


 新聞によれば、ハンドンの戦争推進派のトップが殺されたことが終戦の決定打になったようだ。暗殺者は、真正面から現れて、四十七人の警備兵ごと要人を仕留めたと、大きく新聞に載った。


 カロル夫妻は「もう少し早く戦争が終わっていれば」とまた涙を流した。


 ひどく疲れた様子で帰ってきたジグは、「店を譲って欲しい」と夫妻に言った。


 裏通りのケーキ店は、こうして再開されることになる。


 立地が少し悪く、マフィアの抗争もあったと聞くが、彼は大きなトラブルもなく上手く店を経営しているようだった。


 味は愛娘の作るものとはくらべるべくもなかったが、カロル夫妻は、足繁く彼のケーキ屋に通った。


「クリスティーナが生きてたら、今頃、義理の息子になってかもしれないしね」


 と妻のマリーがいうと、


「彼は奥手そうだから、どうだろうね」


 とウィリアムが返すのがお約束になっていた。


 ある日、ジグは左目に眼帯をしていた。


「ムカデの毒がついたみたいで腫れてしまって」


 ジグは心配する夫妻に何でもないようにいった。


 ウィリアムは、少し緊張に声を落として相談を口にする。


「実は、二人で話し合ってね、養子をとろうかと思ってるんだ」


 ジグは、二人が次の子供を求めることを、薄情だと思うだろうか。


 娘を想ってくれていたと思い込んでいる二人にとってはジグからどう見えるのかというのも、心配事であった。


 だから、


「知り合いが孤児院をやってるんで、そこなら案内できますよ」


 という返答は拍子抜けしたものだった。


 引き取る子供の候補はすぐに決まった。


 夫妻が求めた条件は、女の子で、ある程度大きくなっていること。これは、二人の年齢的に子供が結婚するまで健康でいられるように決めたことだ。


 そして、魔力がないか、ほとんどないこと。


 クリスティーナは、魔力の大きさに振り回されて、死んでしまった。そんなことなら、最初から魔力などない方がよい。


 ちょうど当てはまったのはカノンという少女。


 魔術の素養さえあれば、無試験で入学できる魔術学園に入れなかったほど小さな魔力の持ち主だった。


 舌ったらずな喋り方をする少女だったが、話をすると、初対面で二人を奇術師と見破るほどの聡明さを見せた。最終的に、あの喋り方は相手を侮らせるための彼女なりの戦略なのだと夫妻は結論づける。そういったあざといことに、二人は寛容であった。奇術師であれば、ある程度のキャラ作りは必要なのだから。


 聞くと、カノンは人探しなどで小銭を稼いでいるという。


 カノンという少女のことを気に入った二人は、彼女をアシスタントにいれて、しばらく休んでいたショーをまたやるのもいいかもしれない、そんな話をした。


 それでも即決したわけではなく、少しずつ、お互いを知ることから始めた。


 二ヶ月間、孤児院にいったり家にカノンを呼んだりして過ごした。


 夫妻が養子縁組の手続きを勧めて、あとはカノンのサインを役所にしに行くだけとなったその日、カノンを家族に迎えるパーティーを開くことにした。


「クリスティーナと仲の良かった男の子も呼んであるの」


 カノンを誘うとき、マリーは言った。


「ジグさんでしたっけ? 恋人だったんですかー?」


「交際してたわけじゃないみたい。でもいつかはそうなっていたかもね」


 マリーは少し涙を溜めてカノンに答えた。


 事件はまさにその日に起こった。


 カノンに夜に家に来るように伝えてから、パーティの準備に家に帰ると、鍵が開いていたのである。


 カロル夫妻はショーで稼いでいたため、なんとか屋敷と呼んで差し支えない規模の家に住んでいる。玄関の門にも立派な錠前が付いていたがそれが、綺麗に切断されていた。


 空き巣に入られたのだと瞬時にわかった。


 そこで家に入らずに警察を呼べばまた結果は変わったであろう。しかし、二人は被害を確認するためにそのまま中に入ってしまった。職業柄、家には知られてはならないギミック、つまり、いわゆる飯の種の秘密がたくさんあって、警察といえど整理してからでないと家に入れたくない、という心理が判断を曇らせてしまったのだ。


「なんだ、さっき出ていったのに、もう帰ってきたのかよ」


 引き出しという引き出しを引っ張り出して、家ごとひっくり返したように散らかった部屋の中で、若い男が宝石箱を開けていた。


 その宝石箱には、本当のところ、宝石として高いものが入っているわけではない。それでも、妻に渡した時の笑顔は今でも忘れない。プレゼントを喜んでくれた思い出そのものこそが、ウィリアムの宝物で、それに盗人風情が手を触れることは耐え難い苦痛であった。


「何をしている?!」


 激高して掴みかかろうとしたウィリアムは、突然吹いた突風に煽られてひっくり返った。


 杖を構えた男が、粗相をした犬でも見るみたいな目で、眉をしかめてした。


 空き巣は魔術師だった。


 漁る家が燃えないように、わざわざ風の魔術を使うほど手慣れており、その風で人一人を吹き飛ばすほどの魔力を持っている。


「家ごと燃やしちゃってもいいんだぜ?

けど、金目の物が燃えたらもったいないからな」


 カロル夫妻は理解した。


 この強盗は、顔を見た二人を決して生かしたりしないだろうと。


 しかし、このままではカノンがこの家に来てしまう。


 鉢合わせしたらカノンもまた生きてはいられないだろう。


 二度も娘を失うことは、死よりも耐え難いことであった。


 ウィリアムは妻マリーを見た。


 マリーは、少し震えながらも、ぎこちなく微笑んで頷いた。話さなくとも、目を見れば通じる。


 舞台で起きたトラブルに、アイコンタクトだけで最高のリカバリーを決めた時のように、為すべきことは共有できた。


 この強盗には、金を渡せるだけ渡して早く帰ってもらわねばならない。


(そして、私達を早く殺してもらわねばならない)


 二人は悲愴な覚悟を決めた。

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