第22話 眼帯のヒーローと殺人鬼1
『魔術師など、ただオイルランプだ。手品師こそ魔法使いであらねばならぬ』
ウィリアム・カロルという奇術師は毎日のようにそう唱えていた。
ただ杖の先から火を起こすだけでは、人に驚きを与えることはできない。
魔法とは人に不思議な体験を与えるものだ。
これは多少の違いこそあれ、多くの手品師達の心情を代弁したものである。
逆に多くの魔術師は、奇術師と一緒にされることを嫌い、不必要におまじないの呪文を唱えたりしない。
だから、皮肉なことに、魔術師も奇術師も同じ格言をよく言葉にする。
『呪文を唱える奴は、魔術師ではない。手品師か、本物の魔法使いか、だ』
魔術師は前半部分だけを言うことが多く、奇術師は後半部分を口にした時、『自分は本物の方だ』という言外の意味を込める。
ウィリアムは、同じく奇術師をしていたマリーという女性と結婚し、クリスティーナという娘をもうけた。
その一人娘が魔術師として大きな才能を持っていると知った時の、夫婦の心境を推し量ることは容易ではない。
親として子供の可能性に喜んでいたのは確かではあるが、奇術師として成功していたものとしては、本物の魔法使いになって欲しいとも思っていただろう。
幸運なことに、独立戦争を経て、魔術兵士の養成都市であったラエンダムが魔術学園都市ラエンダムになったことで、将来が兵士に固定されることはなくなり、成長したクリスティーナはケーキ屋になりたいと言った。
独立後の創氏政策でウィリアム・カロルと名乗るようになったのはこの時期である。
ラエンダムではオペラが盛んだったので、彼に限らず、名字にも名前にも音楽用語を付ける住民が多かった。
移民も多いため、名字と名前で別言語の発音法になることもよくある。人種や言語のごった煮感は、ラエンダムの名物とも言える。
クリスティーナの魔術学園の在学中に、月狼や陽虎たちが〈魔蟲大戦〉と呼び、人々が〈魔蟲災害〉と呼ぶ、巨大な蟲たちの進撃があったが、幸いにも家族は誰も被害に合わずに済んだ。
その後、クリスティーナが学園を優秀な成績で卒業し、ケーキ屋の店舗を構えた頃、隣国のハンドンが国境を踏み越えて攻め込んできた。
ハンドンにとって鉱山と港のあるラエンダムの領土は魅力的であり、独立前から小競り合いはあったが、ラエンダムはすべて返り討ちにしてきた。
この時、魔蟲の被害から最優先で軍備を整えたハンドンが攻め込んだのは、ラエンダムの軍が整っていないことを狙ったものである。
ラエンダムにも軍は編成されていたし、そのほとんどが魔術師であるということで戦力的に十分であったとしても、頭数では負けていたのは事実であった。
数で負けているということに不安がったのは、主に民間人だった。
最終的に世論の後押しで志願兵を募らざるを得ないことになる。
ただし、補給など戦闘に関係のないところに参加させるという折衷案に落ち着いた。
志願兵には自分の身を守ることができる、Dランクまでの魔術師が参加した。
その中には、Aランクの魔力を持つクリスティーナも含まれていた。
「補給の荷車についていって荷降ろしするだけだってば」
クリスティーナは、心配する両親にそう言った。
「お店は、友達に預けていくから。彼が一緒だったら心強かったんだけど、Eランクだったから志願したけど門前払いになっちゃって」
ある日新聞の一面にこんな記事が出た。
『補給ラインに奇襲。ほぼ無傷で撃退』
二百名ほどの部隊が荷車を襲ったが、二十名ほどの志願兵のみで退けたというものだった。
敵軍は百名以上の死者を出して潰走し、ラエンダムの志願兵の負傷は数名、死者は一名のみ。
圧倒的な軍事力の差を表すものとして、国民は歓喜に湧いた。
ただし、カロル夫妻の元に帰ってきたのは、ものを言わなくなったクリスティーナの冷たい身体だった。
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