第21話 殺人犯は刑事
「お前は何者だ?」
レイ軍曹は問う。
消された足跡。
警察内部に入り込むほどの陰謀などよりも、あそこで待っていたガンダルフ刑事が消したと考える方がずっと素直だろう。
争った跡は、何かを振り回していた。
ちょうど警官であれば、警棒を持っている。
被害者は服を着ていなかった。
服を脱がされて、どこへ行ったのか。
犯人が被害者の服を欲したというのなら、高級な宝石でもたくさんついていたのならともかく、服自体に利用価値があったのだろう。
それがもし制服であったとしたら、被害者になりすますことは難しくない。
ガンダルフ刑事は、ラエンダムについたばかりだった。知り合いはほとんどいない。
警察手帳には写真があるが、この街にはそういったものを偽造するのが得意な組織がある。
レイ軍曹を、この人気のないところへこっそりと連れてきたことは、つまり、口封じが目的ということだろう。
この男が、この短い付き合いの間に多くの犯人を検挙したことは確かだ。
しかしそれすらも、今では悪党の道に詳しいということにしか感じない。
「気づいたか」
そういうガンダルフ刑事の声のトーンはいつもよりずっと低かった。
これが地声なのだろう。
正確には、ガンダルフ刑事を騙る殺人犯ということになるが、本名がわかったわけではない。
ガンダルフが警棒を抜く。
まるで魔術師が使う杖のような持ち方で。
やおら、杖の先から火球が飛んだ。
(早いっ……!?)
そしてその火球は、大人一人をゆうに飲み込むだけの大きさだった。
レイ軍曹は、咄嗟に風を起こして上に逸らした。
「Aランク上位かよ……」
覚悟は決まっていたが、予想を遥かに超える力量だ。
レイ軍曹は、両手を前に構えた。
「杖は抜かないのか?」
もう一度、火球が飛んだ。
同じように風を起こしたが、上に吹き飛んだ火球の後ろからもう一つの火球が迫っていた。
「連射か?!」
ただの魔力自慢ではない、戦闘技術を持っている。
次の火球は、横に逸らして、自分も反対側に跳ぶ。
そうしないと死ぬ、そんな予感がした。
事実正しく、その後ろからもう一つ火球が迫っていた。
(くそっ、連続発動速度でも負けてるか……!)
改めて、両手を前にレイ軍曹は構える。
「集中しろ、集中しろ……」
気を抜いたら死ぬ。
「そういえば、ヴィンセント・ヴァーミリオンの指導を受けたんだったな」
三発の火球を回避したことはガンダルフにとって、少しは驚きだったようだ。
「トキの弟子たちは、杖を使わないらしいが、お前もそっち派なのか。Bランク程度の魔力でよく粘るな」
(狙うならカウンターしかない……!)
レイ軍曹は、〈脱発動〉も使える。実のところ、難しい術というわけではない。ただし、実戦で使うことが難しい術ではある。
難易度で言えば、裁縫針を二つ並べていっぺんに糸を通すようなものだ。できる者が少ないほどではない。ところが、それを全力疾走しながらというと、途端に無理が出てくる。
戦いながら〈脱発動〉を使うというのは、そういうことだ。
成功か失敗か、無傷か死か。
他の魔術で防御した場合、多少失敗してもダメージは減らせるが、〈脱発動〉で魔術のキャンセルを狙えば、失敗はそのまま即死である。
まともな精神状態では挑戦しようとは思えない所業なのだ。
それでも、力量差をひっくり返すなら、有効な手段ではある。
「どこまで耐えられるか試してみようか」
子供が虫を殺す残酷な遊びのように、刑事のふりをした殺人犯はうっすらと笑みを浮かべる。
ガンダルフの警棒の先から、火球が飛んだ。
火球の速度が先ほどよりも速いことに焦る気持ちを無理やり押さえつけ、迫る魔力を制御力で受け止める。
火球は霧散した。
(一つ!)
予想通り、後ろにさらに火球が続く。
(二つ! 三つ! 四つ!)
なんとか四つの火球に〈脱発動〉を成功させると、ガンダルフが口の端を上げたのが見えた。
(まだ来るか?!)
バリッ!!!
ガンダルフの警棒の先が光った。
そこから生まれた電撃が、来る、と思う間もなく着弾する。
一瞬意識が飛んで、両膝をついた衝撃で我に返った。
痺れで手をつくこともできず、レイ軍曹は地に倒れる。
なんとか顔を横に向いたので、呼吸はできるが、腕にも足にも力は入らない。
「さすがに、電撃は間に合わないか」
予想通りというように、ガンダルフは笑った。
(即死ではないが……)
意識はあるが、身体が動かない。
それでも、個人戦闘の駆け引きであれば、集中力というリソースを割いて他の術を使う利点は十分にある。
(くそっ! 完全にやられた!)
この男を二度とカノンに会わせてはならないのに。
ガンダルフはまた、警棒を向けた。
「才能のないやつは惨めだな」
嘲笑うガンダルフ。
警棒の先に炎が生まれた。
今度はゆっくりと。
死にゆくレイ軍曹を観察するようにあえて遅く撃ったのか。
それとも死に瀕したレイ軍曹の意識が世界を遅く感じているのか。
じわじわと火球が大きくなっていく。
焦げた匂いが鼻につく。
警棒の先から出た煙のせいだ。火力が大きいため、先の方はすでに炭になっている。
レイ軍曹は祈るために目を閉じる。
それは死を逃れる祈りではない。
(カノン、たのむから逃げてくれよ……!)
その祈りは届くことはない。
風切り音とともに、銀色のものが着地したから。
土煙を上げて、まるで砲弾のように。
銀色の髪をなびかせて、カノンがガンダルフを睨めつけると、膨らんだ火球が消え去った。
「何とか間に合いましたね」
ピンチの時に颯爽と現れる、どこかで聞いた英雄譚のように、カノンは立ちはだかる。
「馬鹿、何故、来た……?!」
まだ痺れで上手く喋ることができない。
それでも、内心でいい格好しやがって、と少し思ったことを隠して怒鳴る。しかし、その声も、大きくはない。
「犯人が馬脚を現したら、探偵の出番でしょう?」
「死ぬ気か?!」
「まさか」
カノンは、大仰に手を拡げてみせた。
「ジグ・ジングルはどうした? あいつさえいれば……」
「師匠は野暮用です」
とカノンはガンダルフに向けて言った。
「あなたの探してる私の師匠は、ね」
「やっぱり、あいつだったのか。それじゃあ、お前を殺した後で殺してやるよ。ちゃんと苦しめてな」
「まるで殺人鬼みたい」
「知ってるんだろ? 俺が〈アイパッチ〉だって」
「なんだと?!」
レイ軍曹は、倉庫の殺人の犯人のつもりではいたが、〈アイパッチ〉だとは気づいていなかった。
「知ってますよ。〈アイパッチ〉が殺人鬼のフリをした、ただの強盗犯だってことは」
そこでやっとレイ軍曹は、身体を起こすことができた。まだ立ち上がれないが、なんとか座ることはできる。
「ある日、強盗に入った時に眼帯を巻いた人に反撃されて、逆恨みした挙げ句に他の人で憂さ晴らしをしているだけの、小物です」
レイ軍曹の頭の中でいろいろな情報がつながっていく。
ジグ・ジングルが眼帯を巻いていた件、カロル家の強盗殺人、カノンの里親候補、〈アイパッチ〉が殺人現場に残すマーク。
「あなたは私の両親になるはずだった人たちを殺しました」
だから、と続ける。
「今日は、ヒーローとしてではなく、私怨であなたを倒します」
レイ軍曹は一つの噂を思い出した。
夜道で誰かが助けを求めているとどこからか銀色をした何かが飛んできて、悪者を吹き飛ばす。
それは銀の砲弾と言われている。
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