第20話 レイ軍曹の結論
二人は、タクシーに乗った。
魔術都市名物、魔術駆動の自動車である。エーテルから熱エネルギーではなく、水平方向のポテンシャルエネルギーを取り出すという、少し複雑な魔術を使う。運転手になりえる魔術師の数は少ないが、揺れの少ない圧倒的な乗り心地が魅力とされている。
軍用車以外では、レイ軍曹は乗ったことはなかった。
頼み方の勝手がわからず、少し居心地が悪い。
そう思っていたら、ガンダルフ刑事が行き先を告げる。
「北の街外れまで頼むよ」
魔術都市ラエンダムは、独立後から急速に発達している。
十年前の魔蟲大戦、あるいは魔蟲災害と呼ばれた世界規模の危機を最も少ない被害で乗り越えた国なので、現時点での発展速度は世界でも随一である。
街の外縁部には、次々と建物が立ち並び、年々輪郭を大きくしている。
街外れとは、街の外との境界であると同時に、建築中の建物が並ぶ場所でもある。
外側の方が後年の建築物であるということであり、年々技術を増していることを示すように、外に向かうほど高層の建物が並んでいる。
その途中で、カノンとジグの師弟コンビを見つけた。
レイ軍曹は、ぎょっとして声をかけるのをためらう。
しかし、向こうが見つけた。
「レイ軍曹、捜査ですか?」
ガンダルフ刑事は車を一時停止させた。
「やあ、この間の倉庫の事件の捜査なんだけど、一緒に君もどうだい?」
おい、とレイ軍曹がたしなめる。
「すいません、これからちょっとした大掃除があって」
「そうか、それは残念だ」
ガンダルフ刑事は、こそこそと、
「この間の件はどう?」
と訊いた。
「二人っきりなら考えてもいいですよ」
「それは嬉しいお誘いだね」
ガンダルフ刑事は、ジグをちらりと見やる。
小さな声で続けた。
「彼も、魔力が大きくなさそうだね。何をするにも魔力は大きいに越したことはないよ」
「そうかもしれませんね」
「事実、そうだよ。魔力こそが魔術師の力そのものなのさ」
「そのお話は、また今度聞いてみたいですね。それでは」
レイ軍曹とカノンは、特に会話をするでもなく別れた。
何故かわからないが、カノンは少し不機嫌そうに見えた。
また数分ほど車を走らせて、街の境界についた。
タクシーの運賃を、請求書払い(つまり、警察署へのツケ)にして、二人は降りた。
「怪しい人物のヤサがこの辺あるって話なんだ。まだ建設中の建物も多いけど、まだ時間が早いから人はほとんどいないみたいだね」
建物の中には、ハリボテの壁が見えたり、基礎部分が見えるものもある。
そこより街の外側は、ただの荒野である。
レイ軍曹は、街の外はあまり好きではない。
十年前、魔蟲と言われる人間よりも大きな蟲たちが、この荒野を越えて攻めてきた。
当時、同盟関係にあった月狼の里が四人の戦士をラエンダムの街の守護に派遣したという。魔術都市ラエンダムの四方に伸びる大通りの名前は、戦死しながらも街を守りきった彼らの名前が付けられた。
レイ軍曹はまだ子供だったが、あの恐怖ははっきりと覚えている。
荒野を埋め尽くすほどの巨大な蟲たち。
人間をひと呑みにできそうな大きさの凶悪な口の形。
まるで雷がなっているような轟音を奏でる羽音の群れ。
それらが再び向こうからやってきそうで、荒野の地平線を眺めるのは嫌いだった。
「そろそろいいかな」
とガンダルフ刑事が言った。
どうやら、立ち尽くしていたようだ。
昔の恐怖を思い出して、ショック療法のように、急速に頭の中が冷えていく。
(消えた足跡、あの意味は……、)
「さっきの男が噂の士官連続殺人の犯人を捕まえたっていうかな?
大した魔力は感じなかったけど」
(何故、お前がジグ・ジングルがやったと知っているんだ?)
公式の記録では、ヴィンセント・ヴァーミリオン特務曹長が捕えたことになっている。
一般人(と呼ぶにはいささか無理があるが)を矢面に立たせたことを隠すため、特に、警察には、そのように伝えてあるはずだった。
「トキの弟子たちは、身体強化の接近戦がお得意らしいから、それでやられちゃったのかな」
(なのに何故、お前はジグ・ジングルの、トキの弟子たちの恐ろしさを知らない?)
警察に要注意人物として挙げられた人物リストには、細かく、得意な戦い方が書いてあった。
そこには、接近戦が得意などとは書いていなかったのだ。
ガンダルフ刑事の情報ソースが、あのリストではないことを示している。
あの倉庫の殺人現場のことを思い出す。
消えた足跡は、何か長い物を振り回したようなものだった。
一体何を振り回したのか。
その腰に挿した警棒も振り回すにはちょうどいい。
犯人は、おそらくAランクの魔術師。
見方によっては、へっぴり腰に見える警棒の構え方。
レイ軍曹は、意識的にゆっくりと深呼吸をした。
(カノン・カロル、カロル家夫妻の殺人、『両親の仇』、里親候補、『運命の相手』……)
冷静に考えると、カノンの正体も見えてくる。
そして、カノンは、犯人に気づいている。証拠がないから、誘っているのだ。自分を殺しに来い、と。
であれば、二度と会わせてはならない。
自分は、警察補助隊は、この国に住む誰かの平和を守るためにいるのだから。
もう一度、深呼吸をして、覚悟を決める。
「お前は、何者だ?」
ガンダルフ刑事を名乗る殺人犯に、レイ軍曹は問うた。
今ここで、自分が捕まえなければ、カノンが殺される。
死んでも、倒さなければならない。
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「師匠、さっき少し嫌な感じしました」
レイ軍曹を見送って、カノンは不安そうに呟く。
「他人に向けられた殺気だな」
カノンは、黙っている。
視線は、タクシーが去っていった方へ。
「お前の実戦付きの社会見学のつもりだったが、〈暗黒街の札屋〉の残党狩りは人手がいるってわけじゃない。ヒーロー活動とやらなら、行ってこい」
カノンは視線の向こうで大きな魔力を感じた。
確実に殺しにかかっている特大の炎の魔術だ。
「急いでいってきます!」
「待て。いい方法がある」
そう言って、ジグはカノンの腕を掴んだ。
「ちょ、師匠、すごく嫌な予感がします!」
「外套の形状変化はもうできるな? 高い所から滑空するといい感じにスピードがでるぞ」
プロレスのようにぐるぐるとカノンを回しだした。
強化された筋力でやっているので、どちらかといえばハンマー投げのハンマーのように回転速度が高い。
「いや、これ、ぶっつけ本番とか……!」
「着地には気をつけてな」
カノンが走り出そうとした方向に、投げ出された。
焦ってはいても、しっかりと魔術でみかけの質量を減らしてスピードが出るように制御しているカノンである。
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