第19話 レイ軍曹の追跡

「軍曹。今日もご苦労さん」


「現場を繰り返し見に来るなんて、そこらの刑事より刑事らしいじゃないか」


 鑑識課の連中が声を掛けてきた。


 レイ軍曹は、早朝から先日カノンに連れてこられた倉庫の殺人現場に来ていた。


 ガンダルフ刑事との待ち合わせには、まだ少し時間が合ったので、カノンが見つけたという事件現場を見に来たのだ。


(〈アイパッチ〉のメッセージの意味を知っていると言っていたが、まさか〈アイパッチ〉本人ということはないとは思うが……)


 急にカノンという存在が、不気味なものに思えてきたので、カノンがもたらした情報をもう一度確かめてみたくなったのだ。


 〈アイパッチ〉のマークが残っていた現場よりも、こちらの現場の方が何か〈アイパッチ〉事件と比べて、カノンが何を伝えようとしたのかがわかる気がした。


 市民の義務として、警察に報告したのだと言うかもしれないが、改めてカノンという謎の少女を考えた時、そこには何かメッセージ性があるべきだ。


 どんなことを思って、レイ軍曹とガンダルフ刑事を連れてきたのかは、本人が言わなければわからない。


(しかし、ものは考えようだ)


 誰に向けたメッセージなのか、ということを考えて、とりあえずの予想を立ててみよう。


(カノンとガンダルフ刑事は初対面だった、俺は面識があるが、連れてこられたことで何か気づきがあったわけじゃない)


 二人向けのメッセージではない、と結論付けた。


(それなら犯人に向けたものか)


 現場が発見されたら、警察が来て現場を保存する。物々しくロープを張って、近所で聞き込みされて、耳目を集め、翌日には新聞に載るだろう。


(そして、犯人の耳にも入る。この場合、メッセージの内容は『お見通しだぞ』ってところか)


 それなら、話の筋は通っている気がする。


 何故そんなことをする必要があるのかはわからないが。


「そういえば、ここの足跡は手がかりになりそうか?」


 若い鑑識が、悔しそうに唸った。


「あまり綺麗に残ってる足跡がなくて、あまり期待せんでください」


「おいおい、第一発見者の探偵は、どうやって争ってたかまで予想してたぞ」


「無茶言わんでくださいよ、どこにそんなはっきりしたのが残ってるんです?」


 そう言って指さした先は、強風でも吹いたように、ほとんど足跡がわからなくなっていた。


「……どうなってるんだ?」


「こっちが聞きたいですよ。死亡推定時刻の概算なら出てますよ。捜査班には伝わってると思いますけど」


「俺が聞いても捜査できない」


「もういっそのこと警官になっちゃったらどうです?」


 二日続けて同じようなことを言われた。

憮然としながら、「考えてみる」と返事をして現場を去った。


 それよりも先に確かめることができた。


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 ガンダルフ刑事と合流したら、すぐに足跡のことを伝えた。


「なんだって!?」


 普段は、飄々としているガンダルフ刑事が珍しく大きな声を出した。


「これは、まずいね」と呟くと、五秒ほど黙って考え込む。


「僕が現場を保存していたのに、消えているってことは、鑑識の誰かが意図的に消したとしか思えない」


 さらにゆっくりと言葉を溜めて、吐き出した。


「これは大きな陰謀があるのかもしれないよ」


「警察に共犯者が? いや、そんなまさか」


 言葉とは裏腹に、昨日、木っ端微塵に常識をぶち壊されたレイ軍曹は、


(そんなこともあるのかもしれない)


 と思ってしまった。


 今までそれなりに会話をしてきた顔見知りが、正体のわからない何者かだったということに比べれば、国家権力に渦巻く陰謀論の方がまだ信憑性があるような気がした。


「これは、ずいぶん暴き甲斐のある事件になってきたじゃないか」


 ガンダルフ刑事は、面白そうに声を上げた。


 そして急に、「あ、そうだ」と無理矢理に話題を変えた。


「実は昨日、たまたま、その事件の手がかりを見つけたんだ。ちょっと付き合ってくれないかい?」

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