第17話 魔力を上げるには
レイ軍曹がトイレに席を立った。
ガンダルフ刑事と二人きりになったカノンは、
「刑事さん、実は魔術師なんじゃないですか?」
と声を掛けた。
「うん、よくわかったね。これもお得意の感知能力のおかげかい?」
惚ける風でもなく、ガンダルフ刑事は返事をした。
そして、少し声のトーンを落とす。
「魔力はあるんだけど、昔失敗して大事な友達を傷つけたことがあってね。それから魔術は使わないようにしてるんだ。魔術学校にも行ってないから、魔術師登録証のないモグリだしね」
魔術師登録証は、魔術を使う職につくために必要である。持たずに魔術を使う事自体は違法ではないが、それによって何か損害を与えれば、量刑は重くなる傾向にある。
手に入れる方法は、二つ。
法令には、『魔術学園を卒業したもの、または魔術学園学園長が十分な能力を持つと認めたものに発行される』とあるので、事実上、魔術学園に入らねば手に入らないものである。
「君は、魔力が小さいんだったよね」
ガンダルフ刑事は、さらに声を小さくした。
「もし、魔力を大きくする方法があるって言ったら信じる?」
カノンは、大きく目を開いた。
「……興味はありますね」
「君さえよければ訓練してもいい。ただし、内緒で、だけどね。僕は魔術師であることをやめたけど、技術は誰かに継承したいと思ってたんだ。僕が魔力持ちであることを気づいた君になら、託してもいいかな」
そこで、レイ軍曹が帰ってきた。
「ま、考えてみてよ」
と言って、交代するように、ガンダルフ刑事がトイレに立った。
カノンは、それを興奮した様子で見送る。
「どうした?」
「ついに運命の人に会ったかも」
「お前、あーゆーのが好みなの?」
カノンはぼうっとして、何も応えなかった。
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今日の訓練は半年間だった。
カノンは、訓練が始まった頃、ジグに訊いたことがある。
「師匠、私って才能あります?」
「成長速度という意味では、さっぱりないな」
ばっさりと切って捨てられた。
「だが、俺達には時間はいくらでもある。才能を訓練効率で語るのはナンセンスだ。他の兄弟弟子の連中は、才能を生まれ持った能力というやつもいるが、俺は才能は成長限界のことだと思っている。お前は、もう少しすれば感知能力をフルに使った戦い方もできるようになるだろうし、苦手な近距離と遠距離を先に訓練してるから、伸びしろはまだまだある。気にせず死んでこい」
今日の訓練では、ジグとも戦った。
離れて対峙しているだけで、刃物を喉元に突きつけられたようなプレッシャーを感じる。
ここから、だ。
やってくることはわかっているのに、いつも防げない攻撃。
ジグが間合いを詰める。
恐ろしく早く感じるのは、錯覚。
威圧感と、予備動作のない動きによるものだ。
自分でも練習しているので、原理はわかっている。
ジグが腕を伸ばす。
わかっていた中段突きが来る。
払って受けようとした手が空振った。
間を外されてがら空きになった鳩尾へ、直突きが刺さる。
咄嗟に後ろへ飛ぶが勢いを殺しきれなかった。
痛みで上半身を起こすことができない。
追撃は、来なかった。
「まだまだ、だな」
喋ることができるようになるまで、二十五秒かかった。
「師匠のズドン拳は相変わらずおかしいです。わかってるのに防げないなんて」
「ただの中段突きに変な名前をつけるな」
「あと、女の子のお腹を躊躇なく殴れる師匠は、まさに外道です」
「幻術だしな。それに内蔵には優しくしたつもりだ。次は外で訓練だ」
幻術を解いて、最後に筋力トレーニングが始まるのが日課である。
「ぐ……」
カノンの腕立てのフォームを確認しながら、ジグが問う。
「何故、〈身体強化〉の術があるのに、筋力トレーニングが必要かわかるか?」
それは、かつてカノンが問うた質問で、ジグが答えを誤魔化したものだ。
「ぐぎ……、幻術では、筋力が鍛えられないから、です」
「正解だ。技術はいくらでも鍛えられるが、筋力はそれなりに必要だからな。では、
「ぎぎ……、世界充填物質……、物理現象から、少しずつエネルギーを奪い、貯め込むもの……、魔術発動のためのエネルギーを供給するもの、……魔力により、エネルギーを取り出すことができるもの、です」
「そうだな。補足すると、幾何学的・柔幾何学的な構造にエネルギーを流すことで機械的にエネルギーを取り出すこともできる。まあ、これはそのうち魔法陣学でやるつもりだ。それから、エネルギーは取り出すだけではなく、入れることもできる。熱エネルギーを食わせて、冷やすことはもちろん、位置エネルギーを食わせることで重さを減らしたり、うまくやれば大きさを縮めることもできる。物理的な大きさを食わせられることから、仮想的な空間が想定されている。昔はイデア界とかアストラルサイドなんて言い方もあったが、別に精神の世界ってわけではないから、エーテル空間という方が一般的だ」
「ぐ……、それよりも、なんで座学と筋トレをいっぺんにやろうとするんです……!」
「高負荷のトレーニングは、息を止めると酸欠になって危ないから、声出した方がいいんだよ。それに効率的だ」
これは俺の持論だが、と前置いてジグは言う。
「殴る蹴るとか火を出すだけが力じゃない。知恵は力だ。知恵には知識が必要だ。……よし、では制御力と距離の関係は?」
「は、……反比例です」
「そうだ、それだけ見ると制御力を鍛えるのは割りに合わないように感じるだろうが、魔力と違って、制御力は鍛えれば鍛えるほど伸びる」
「あの……、魔力を大きくする方法はないんですか?」
「最大限の魔力を使い続けることで、少しずつ伸びていく。子供の頃から訓練して、寿命まで続けても上手くいって二ランクアップってところだな。お前は、Eランクの下の方だから、Dランクまでいければいい方だ」
「師匠も、魔力を伸ばす訓練をしてるんですか?」
「やってない。必要ないから。……おい、腕立て止まってるぞ」
「も、もう上がりません」
「そういうのは、下げてから言うもんだ」
その後、スクワットをして、生まれたての子鹿のように足を震わせながら、カノンが手を合わせて言った。
「師匠、ちょっと聞き込みに行きたいトコがあって、夕食の当番替わってもらっていいですか?」
「わかった。お前の分は?」
「帰ってから食べます。先に食べておいてください」
「どこまで行くのか知らないが、気をつけてな」
カノンは銀色の外套を羽織って、走っていった。
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