第16話 刑事たちの推理タイム

「そっちが当たりだったか〜」


 大通り沿いにあるオープンカフェ。人気店で並んでいることが多いが、今は昼食時を外れているためすんなりと席につくことができた。


 ガンダルフ刑事は、へらへらと笑っている。


「かの〈アイパッチ〉の事件の第一発見者なんて、体験ができるなら、僕も検分をほったらかして無理矢理でもそっちにいけばよかったかもね」


「不謹慎だぞ」


 とあまり残念そうには見えないガンダルフ刑事を相棒がたしなめた。さっきも同じことを言った気がする。


「しかし、殺人鬼なんてフィクションだけにしてほしいもんだ」


 レイ軍曹がぼやく。


「自分のマークなんて描いて、歪んだ自己顕示欲の塊みたいなやつだ」


「新聞でも、いろいろと好き勝手な解釈をしてるみたいだよ。自称識者って人達のコメントがたくさん載っているね。まあ、僕としては恐怖を煽るためにやってる説は一理あると思うけど」


 店員が持ってきたミルクを全部、コーヒーにぶちこみながら、ガンダルフ刑事が言った。


 ブラック派のレイ軍曹は、眉をひそめてそれを見つめていた。


「そのいろいろの中には、レイ軍曹の言う、歪んだ自己顕示欲っていうのももちろん入っているんだけどね。自己顕示欲を満たすことが主な目的であれば、もうちょっと頻度が高くてもいいかなってさ」


「殺人の頻度が高くていいことなんてないだろう」


「それは揚げ足取りだよ、軍曹。犯人にとって、って話なんだから。実力的にも、自分に対する自信は大きいと推測できるから、自己顕示も一つの因子ではあると思うけどね」


「つまり、複数の理由があるってことか?」


「その通り。何でもあてはまることではあるけれど、理由が一つである必要はないから、どの説も間違ってないとも言えるね」


「それじゃあ、結論にならないだろう」


「結論を出したがるのは、評論家とか犯罪学者に任せればいいのさ。僕らにとっては、犯人が誰であるかと、どうやって捕まえるかだけが問題なんだからね」


 ガンダルフ刑事が、ミルクのコーヒー割りを飲み干した。


「君は何か考えがあるかい?」


 ずっと営業スマイルを貼り付けていたカノンに、ガンダルフ刑事が話を振った。


 なぞなぞの出題者が正解を教える時みたいな顔でカノンは言った。


「私は答えを知っているので」


 わかっているではなく、知っていると探偵少女は言った。


「あのマークの意味は、『お前の目をこうしてやる』ってことですよ」


「それはどういう意味だ?」


 レイ軍曹が尋ねるが、カノンはニコニコしたまま答えない。


 ガンダルフ刑事は目を細めて、なるほどなるほど、と呟く。


「そういう解釈であれば、『お前』が誰かってことが問題だね」


 カノンははぐらかすように、それには応えない。


「解釈ではありません」


「何か、情報を掴んでるのか?」


 カノンは首を横に降る。


「あのマークの意味がわかるのは、私と犯人ともう一人だけですよ」


「それは、君が関係者だから?」


「両親の仇です」


「その意味は犯人の手がかりになるのか?」


「いいえ、特には」


 なるほどなるほど、とガンダルフ刑事はまた頷いた。


「つまり、もしかしてこういうこと?」


 ガンダルフ刑事は、声をひそめた。


「君は、その意味を知っているから〈アイパッチ〉に狙われる可能性がある」


 カノンは、音を立てずに拍手した。


「大正解です」


 しかし、レイ軍曹は不満そうな顔である。


「意味がわからないんだが」


「〈アイパッチ〉のマークが特定の人にしかわからないメッセージであるとすれば、それはその人達に向けたものであると考えるのが筋というものだ。つまり、あのマークは、意味がわかる相手に『お前も殺してやるから、首を洗って待っていろ』と解釈できる」


 ガンダルフ刑事は、まあ、僕もすべてわかったわけではないけどね、とあとで付け足した。


「私は今まで会ってきた人に、〈アイパッチ〉は両親の仇だと教えてきました。そのうち向こうが見つけてくれるはずですよ。〈アイパッチ〉が殺し損なったのは私だけですからね」


 カノンは宣言した。


「〈アイパッチ〉を捕まえたかったら、私のそばが一番近道ですよ」


 なんでもないことのように言って紅茶を飲むカノンに、レイ軍曹は知っている気配を感じていた。


 それは、今ここで大爆発が起こったとしても、そのままティータイムを継続しそうな、現実から切り離されたような雰囲気。


 人の枠をはみ出たあのトキの弟子たちが纏う空気に似たものだ。

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