第14話 殺人現場への誘い

 〈アイパッチ〉とは、魔術都市ラエンダムで新聞を賑わしている殺人鬼である。


 被害者の死因は、撲殺・刺殺、その他、焼死など様々であるが、特徴的なサインを犯行現場に残すことから、同一であると断定されている。


 〈アイパッチ〉の通り名の通り、右目に眼帯をした丸くて不気味な笑顔を、被害者の血で書いて残していくのだ。そして、眼帯をしていない左目には、ナイフやアイスピックなどの鋭利なものが突き立っているという有様だった。


 犯行は散発的で、月に一回程度。現在の所、六件の事件が確認されている。


「まったく、おどろおどろしき足跡を残す、恐ろしい殺人鬼というじゃないか」


 何故か、ガンダルフ刑事は嬉しそうである。


「是非、僕の手で捕まえてみたいね」


「では、そろそろ本題にいきましょう」


「本題?」


「実は、お二人を待っていたんですよ」


 レイ軍曹は、素直に疑問を口にする。


「こそ泥をふん縛りながら?」


「そう、ふん縛りながらです。まあ、こそ泥はついで、だったので」


「で、なんの用なんだい?」


「昨日、私の魔力感知により、二件の事件現場と思しき魔術行使の残滓を見つけました。どちらも、推定Aランクの魔力による火炎の魔術。実際の事件は、おそらく同時期、一週間ほど前です」


「へぇ……」


 ガンダルフ刑事が興味深そうに目を細めた。


「私有地と管理区域の下水坑の中なので、一般人は見に行きづらいんですよ。そこで、国家権力を傘に来て威張り散らして、肩で風を切って歩く傍若無人な警官と警察補助隊隊員のコンビに協力していただこうと」


「お前、本当に協力してほしいと思ってる?」


 呆れた声を出すレイ軍曹。


「馬鹿にしすぎだ」


「殺人犯を半年も野放しにしてるのですから、それくらいは言われてください」


 予想外に辛辣な返しに顔をしかめるしかなかった。


「ぐうのねも出ないとはこのことだね」


 愉快そうにガンダルフ刑事は笑った。


「なんであんたは他人事みたいなんだよ!」


「僕は、それなりに結果を残しているからね。その程度では、頭にきたりしないのさ」


 それに、と続けるガンダルフ刑事。


「そろそろ奴をとっ捕まえようかと思ってるところさ」


 因縁でもあるかのように、明後日の方を見た。


 レイ軍曹は、新しい相棒が〈アイパッチ〉でもなく、殺人鬼でも殺人犯でもなく、奴と言ったことに少しだけ違和感を感じた。どことなく、具体的な人物が浮かんでいるかのような言い方だった。


「それでは、案内しますよ。殺人事件だったら、〈アイパッチ〉の可能性だってありますからね」


 そう言って雑談をしながら歩き出す。


「ところで、その靴は、南の村の特産品ですね」


 カノンがガンダルフ刑事のカラフルな革のパッチワークで作られた靴を見て言った。


「よく知ってるね、僕はそこの出身なんだ」


「そうなんですか。手が込んでるのとデザイン性がいいので、ラエンダムでは高級品ですよ」


「なるほど、それは儲けた気分だ」


「少し見せていただいても?」


 どうぞ、と言って右足を出すガンダルフ刑事。


「触ってもいいよ」


「では、少しだけ。……けっこうしっかりした作りですね。さすが高級品です。でも、少しサイズが大きいんじゃないですか?」


「ああ、履き始めてから気づいて、サイズを直そうとは思ってるんだけど、忙しくてね。荒事はレイ軍曹に任せてるから、少々サイズが合ってなくても困らないし」


 最初についたのは、鉄材の倉庫だった。入り口に入る前から、錆びたような、まるで血の匂いのような鉄臭さが鼻につく。ただし、殺人事件の現場であれば本当に血の匂いの可能性もある。


「鍵が掛かっていたら、令状がないとさすがにまずいけど」


 と、ガンダルフ刑事が言った。


 レイ軍曹が先陣を切って戸を引くと、なんなく入り口は開いた。


「どうやら、大丈夫だ。持ち主に聞き込みに来たってていで入ろうか」


「場所は、この建物の奥の方です」


 レイ軍曹は水をすくうように手のひらを上に向けて、魔術で明かりを作った。何気ない動作だが、熱を出さずに光だけを出すことは難易度が高い。杖の先から光を出して熱源を遠ざけるのが、一般的な魔術師のやりかたである。


 カノンの言葉に補足するように、乾いた泥の足跡が奥に続いている。


「ここの倉庫の持ち主は誰だろうね?」


「どうも、マフィアのフロント企業みたいですよ」


「もうそこまで調べてるのかよ」


「探偵ですから」


「この街は治安が悪いんだねえ」


「ミルム先生が言うには、独立戦争後に移民を受け入れた結果、色々な人が入ってきた結果らしいです。浄化作戦は進んではいるみたいですけど」


「おお、あの若き女性大臣とも知り合いなのかい?」


「ええ、少し死にかけた時に助けてもらいました」


「死にかけに少しも何もないだろう」


 さっきの話題を思い出してレイ軍曹はまた不機嫌そうに言った。


「少しとか軽くとか厳しくとか早く楽になりたいくらいとか、死にかけにも色々ありますよ?」


 対してカノンは、きょとんとした顔で首をかしげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る