第13話 ガンダルフという刑事

 バークレー・ガンダルフ——


 ラエンダム警察学校の三期生。成績は優秀。 魔術の素養はなし。


 両親はラエンダム独立後の移民で、当時流行っていたテノール歌手の名前を彼に付けた。実家はラエンダム南の山村で幼少期から聡明で有名だった。


 卒業後は、ラエンダムで巡回勤務を経て、北にある地元のヴィオラ漁港で刑事となる。人当たり良く、市民の声をよく聴き、説得により犯人を投降させることもしばしば—-


 ディスデス・レイ軍曹が聞いていた情報は、そんなところだった。


 ベン刑事が引退したことによる、新しい相棒である。


 ガンダルフ刑事の初対面の挨拶では、


「僕は頭脳担当、君は荒事担当ってことで、よろしく頼むよ」


 軽薄が服を着て歩いているような輩の口調でそう言った。だぼだぼの茶色いスーツとチェック柄に縫われた革靴がトレードマークで、いつも同じ格好しか見たことがない。


 レイ軍曹は、真面目で軍服にも乱れがないため、対象的である。


「体力にはさっぱり自信がないんで、そこんとこヨロシク」


 絵に描いたようなエリートが来ると思っていたレイ軍曹は面をくらったが、イメージはすぐに上方修正された。


「思ってたイメージとは違ったが」


 なるほど、確かに優秀だと。


 新しい相棒になって一週間、すでに3つの事件の犯人を検挙した。


 小さな手がかりから、犯人に迫っていく様は、フィクションの探偵のようだった。


 特に、犯人の心理から行動を読むセンスは卓越している。  

『犯人はガンダルフ刑事が向かう方へ逃げる』


 頭の中でそんなキャッチコピーを掲げている毎日である。


 さて今日、二人が追っていたのは、酒場で暴れて店主に怪我をさせた傷害の犯人。


 聞き込みで得た少ない特徴と、飲んでいた酒、足跡などからあっという間にヤサを突き止めた。


 そしてどうやら、件の犯人かどうかはまだ決まっていないが、脛に傷を持ったものであることは間違いないらしい。


 あの探偵少女が来ているから。


「君は、何をしているのかな?」


 初対面の相棒が尋ねた。


 レイ軍曹は、ジグ・ジングルに任意同行を求めた時から、何度か遭遇している。いつも何らかの悪党を追い詰めている銀髪の探偵少女は、あどけないと言っていい幼さの残る愛らしい顔をこちらに向けた。


 何度か会っているとはいえ、レイ軍曹もまた、同じことを聞きたかった。


 カノンが容疑者と思しき男をロープで逆さ吊りにしようとしていたからだ。男は気を失っているらしく、身動きしていない。


「カノン、お前は何をしているんだ?」


 自分で、間の抜けた質問だ、とレイ軍曹は思った。


 先程のガンダルフ刑事とセリフをそのままなぞっただけだった。


 カノンは、何も悪いことしてませんよ、みたいな無垢な笑顔で、


「見ての通り、この人を宙吊りにしようとしているんですよ」


 と、ささやかな胸を張った。


 レイ軍曹はガンダルフ刑事と顔を見合わせて、無言で頷きあった。


 おそらく、意見は一致した。


 この少女は、悪名高きケーキ屋に弟子入りしてから、急速に常識というものを失いつつある、というのがレイ軍曹の見立てである。


「どうやら、質問の仕方を間違えたみたいだね。君は一体何故、そんなことをしているんだい?」


「ちょうど今、盗品の捌き先を吐かせるところです」


 カノンは、その質問を待ってましたとばかりに、即答した。


「拷問は違法だよ?」


 ガンダルフ刑事が言った。


「それ以前に一般人に捜査権はない」


 レイ軍曹が言った。警察官の相棒たる警察補助隊にすら捜査権はない。あるのは逮捕権だけだ。


「ですから、お二人が来たのです」


 にっこりと笑って、どうぞ、と言うように近づくように促す。


「尋問の準備は、ばっちりですよ」


「よくもまあ、いけしゃあしゃあと」


「まあ、冗談はさておき」


「冗談だったのか? まったく面白くないぞ」


「本当は、お二人を付け回しているお仲間にチャンスだと思って近づいてもらえるように気を引いていただけなので、笑えなくていいんですよ」


 そう言ってカノンは、二人の後ろを見た。


 その意味を理解するのに一瞬。


 ぎょっとして、振り向くと、二人の男が剣を持って迫っていた。


 レイ軍曹が杖を構える。


 ガンダルフ刑事も警棒を抜いたが、持ち方がなっていない。握り込んでおらず、根本を指で保持している様子は、まるで魔術師の杖みたいな持ち方で、あれでは人を殴れはしない。


 どうやら荒事は本当に苦手らしい。


 二人がかりで刃物を持った相手。しかも、こちらは足手まといがいる。


 加減は不可能だと一瞬で判断。


 死亡の可能性のある魔術の使用もやむを得ない。


 しかし、レイ軍曹が魔術を放つ前に静止の声がかかる。


「ちょっと待って下さい!」


 思わず発動を止めてしまった。


 その空白の瞬間に、飛び出す銀の影。


 カノンは、またたく間に間合いを詰めると、銀色のストールで二本ともの剣を巻き取ってしまった。


 逡巡する二人の男。


 その間にカノンはさらに近づいて、腕をとって潜り込み、下から掌底を突き上げた。投げ技のように男の身体は浮き上がり、頭から落ちていく。


 あれは死んだな、とレイ軍曹が思った瞬間、カノンは落ちる頭を横から蹴って、男を側面から落とした。


 もう一人の男はそれを見るや、後ろを向いた。


(逃げる!)


 すでにカノンは跳躍していた。


 空中で、くるくると回転している。


 レイ軍曹はバレエかスケートを想起した。それくらい綺麗なフォームだった。


 男が駆け出す瞬間、カノンがその回転の勢いのまま回し蹴りを放つ。


 側頭部にクリーンヒット。


 吹き飛んだ男は、シミだらけの集合住宅の土壁に頭をぶつけて、崩れ落ちた。


 あまりの光景に、刑事と軍曹は呆けていたこと三秒。


 現実に戻ったレイ軍曹は、


「やりすぎじゃないのか?」


 と非難を込めて言った。


「殺してでも止めようとしていた方のセリフとは思えませんね」


 カノンは、コンシェルジュのように笑顔を浮かべたまま、反論する。


「証人を生きたまま、捕まえるのに協力したのです。国民栄誉賞とかもらえます?」


「えらく大きくでたな!? もらえても感謝状くらいだろ!?」


 しかし、内容は正しいと認めざるを得ない。


 ただし、看過できないこともある。


「カノン、お前はこの間、Aランクの魔術師に殺されかけたばかりだろう?! 危ないことに首を突っ込み過ぎだ!」


「やだなー。あの時の私とは違いますよ」


 カノンはへらへらと笑って、パタパタと手を振った。


「おい、俺は心配して言ってるんだぞ!」


 あまりの緊迫感のなさに、レイ軍曹は声を荒げた。


「まあまあ、レイ軍曹落ち着いて」


 傍観者になっていたガンダルフ刑事が割って入った。


「あなたは、レイ軍曹の新しい相棒ですか?」


「そうだよ。バークレー・ガンダルフだ。よろしく。君が噂の探偵さんだね」


「噂かどうかはわかりませんが、カノン・カロルです」


「さっきのすごい蹴りだったね、なんて技だい?」


「技というほどではありませんよ。私はウェイトが小さいので勢いをつけて蹴っただけです」


「殴って浮いてたし」


「浮かせて殴るのは、淑女のだって聞きましたけど?」


「まずは、お前の師匠の言動を疑うことから始めようか」


 こめかみを押さえながら、レイ軍曹。


「そんな、まさか」


 口に手を当てて大げさに驚いてみせるカノン。


 それは師の言葉を疑うなんてとんでもない、という意味か、あれくらいいるべきだという意味か、レイ軍曹は考えないようにした。


 実際のところ、そう教えたのはミルム・メクデフ学園長であったりする。


「君は、〈アイパッチ〉を追いかけてるんだって?」


 ガンダルフ刑事が急に話題を変えた。


「僕も、せっかくこのラエンダムに赴任したことだし、世間を騒がせている殺人鬼を捕まえたくてね。まあ、実際倒すのはレイ軍曹なんだけど、ははは」


「じゃあ、競争ですね」


 カノンは微笑む。


「なんだ、余裕だね」


 拍子抜けしたようにガンダルフ刑事がトーンを落とす。


「私の場合、放っておいても、あっちからやってきてくれますから」


「それは何故だい?」


「私は、〈アイパッチ〉が殺したカロル家の生き残り、つまり殺し損ねなんですよ」


 レイ軍曹は、カノンがカロル家という時、言外に憎しみが篭っているように感じたが、家族の仇というには少しあっさりしすぎているとも思う。本当に、あのケーキ屋に弟子入りしてから少しの間で、子供っぽさがとれたというか、成熟した話し方をするようになった。年代物のワインのように醸成された憎しみを感じる。これもあの男の訓練によるものなのか。


「別に〈アイパッチ〉も皆殺しにしなきゃならんわけじゃないだろう」


「普通なら、そうですね。でも、カロル家だけは別です」


「君は、顔を見たのかい?」


「いえ、暗かったので」


 でも、とカノンは続ける。


「魔力なら覚えています」

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