第11話 人外を作る訓練

 ミルム邸襲撃事件から一週間後、腕の違和感もなくなり、最初の訓練が始まった。


「まずは〈脱発動〉だ」


「いきなりですか?」


「〈脱発動〉と〈身体強化〉は基本、あくまで最低限、それからがスタートだ。おそらくお前は中距離で小細工しながら相手の虚をついて攻撃するのが一番得意になるだろう。だが、お前は接近戦と長距離の戦い方を最優先で覚えなくてはならない」


 ジグは、考える時間を与えるために少し沈黙した。


「何故だかわかるか?」


「……想定される敵がそうだから、ですか?」


「カノン、お前はなかなか賢い。まったく、その通りだ。お前は誰かを助ける者になるのだろう。なら、守るためには対象から離れられないという、足枷をもって戦いに臨むことになる。お前は戦う距離を自由に選べない」


 それに、とジグは付け加える。


「お前が誰かを助けることで、悪党に目をつけられることもあるし、俺を恨んでるやつもいる。そういう連中の使う暗殺手段は、毒殺なんかを除けば、至近距離と遠距離が相場だ。そういえば魔術学園に行ってないってことは座学もやらないとな……。やることは多いがなんとかなるだろう。一つ一ついくぞ。まずは、〈脱発動〉からだ」


 ジグはカノンとの間のあたりに魔術の光を灯した。


「消してみろ。俺がやってたのを見ただろう?」


「急に言われても、自分がやるイメージが湧きませんよー」


「魔力を周りのエーテルをすくうコップだとするなら、制御力はコップを持つ腕だ」


 そう言って、グラスをテーブルに置いた。


「コップの大きさは先天的な個人差がある。俺がこのグラスくらいだとすると、Aランクは寸胴鍋くらい、Sランクだと少なくとも樽くらいはある。月狼なら、2階建ての家くらいか」


 グラスに水を注ぐ。


「コップに水をいれる、これが導入段階でコップに塩を入れたり、香辛料をいれたりするのが発動前の段階、その水を掛けるのが発動段階だ」


「エーテルを集めて、使う魔術の形にして、それを放つ、ですね?」


「そうだ。人間が〈脱発動〉と呼んでる術は実際はいくつか種類があるが、一番簡単なのは、コップの水をこぼさせることだ。つまり、相手の腕をとってひっくり返す」


「な、なるほど……、繊細な術に見えて、やってることはけっこう乱暴なんですね」


「このコップを使った比喩には、いくつかの示唆を含んでいる。まずは、制御力は魔力の大きさとは無関係であること。逆にでかい魔力ほど制御が甘いとこぼしやすいこと。人間がコップ、つまり魔力を大きくすることは難しいこと。それから、制御力は訓練で鍛えられることだ」


 ジグはもう一度、光を灯した。


「俺は今、コップにためたエーテルを光にしてコップからちょろちょろと出している。お前が消すのは、出てきている水ではなく、コップにまだ残っている水だ」


「………!」


 数十分のにらめっこの末、なんとか消すことに成功する。


「次は、出てきている水を、お前のコップで受け止めろ。斜めにして、よそにこぼす感じだ」


「む、無茶いいますね……!」


「時間はかかってもいいから、一回だけ成功させろ。そうすれば、もっといい訓練方法が使えるようになる」


 カノンはまた数十分かかって、やっと成功した。


「これが基本の二種類の〈脱発動〉だ。〈身体強化〉はもう教えたな? 説明だけもう一度すると、〈身体強化〉と呼ばれる術も実際には筋収縮強化と剛性強化の二種類の術の同時使用だ。同時に発動する必要はない。最初は一つずつ発動すればいい。術の発動維持は難しくはないからな。この間のアホは筋収縮強化だけマネてたから、人を殴ったら反作用で手が砕ける状態で調子に乗ってたわけだ。身体の剛性を強化しないと、骨が折れたり、腱が切れたりするから必ず併用しろ」


「さらっと言われたけど、発動維持しながら別の術使うのも地味に難易度高い気がしますー」


「心配するな。これから行う訓練がすべてを解決する。まず最初に訓練を乗り越えるために……気を強く持て」


「ど、ど、どういう意味ですか?」


 嫌な予感が足元からぞわぞわと湧き上がってきた。


「俺の知る限りでは誰も廃人になったりはしてないし、ある程度加減はしてやるつもりだ。まあ、多少かもしれないが……、だから、強くなる理由をしっかりと胸に刻んで、訓練に臨め。お前はこれから、のだから」


 ジグは、そう言って、カノンの額に指を当てた。


「え、え? え!?」


「これがトキの考案した〈幻術〉を使った訓練だ」


 次の瞬間、カノンは何もない空き地に立っていた。


 話声が届くくらいの距離に、人がいる。


 それはカノンと同じ顔をしていた。


 偽カノンは、無表情に手を前に出す。


 小さな炎がカノンに向かう。


「いきなりっ?!」


『最初だから今のお前と同じくらいの力量にしておいた。相手の魔術を避けるか消すかして戦え』


 とっさに横に跳んでかわしたカノンだったが、すぐに偽カノンが迫っていた。


『それと、お前と同じ程度には〈身体強化〉使えるぞ。完全版で』


「無ぅ〜理〜っ!」


『死んだらまた最初からだ。腹も減らないし、一ヶ月くらいぶっ続けでやっても、ほとんど時間は立たないから、存分に練習しろ』


 転んで膝を擦りむいた。


 そこに炎がきて、肩にかする。


 熱い。


 痛い。


『怪我の痛みはそれなりだが、死の苦痛は弱めにしてある。最初だからな。どうせ生き返るからって、戦い方に変な癖がつかないように、訓練が進んだら苦痛は上げていく』


 無慈悲な言葉を聞きながら、カノンは顎に蹴りをもらい、意識を手放した。


 次に目を開けると、また荒野である。


 そして、また、偽カノンと対峙する。


『相手は今のお前にできることしかしてこない。何回かやってれば勝てるようになるから、頑張れ』


「これを何度も繰り返せと……?」


 カノンは泣きそうな顔で、それでも〈身体強化〉の準備をした。


 たとえ仮想的であっても、死にたくなかったからだ。


「ししょー、助けてー!」


『まだ甘えがあるな。一回勝ったら、別のメニューに変えてやるから我慢しろ』


 カノンはその日、769回死んだ。


『今日は初日だから、軽めにしておくか』


 終わった時には、ジグの声は届いていなかった。

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