第6話 魔術師の拘置所


 フィスト拘置刑務所は魔術師を収監するための施設である。


 魔力抑制の手錠をつけたとしても、非魔術師にとっては魔術師は脅威であることはかわりない。まったく魔術を使えなくなるわけではないからだ。


 魔術師が法を犯した場合、殺すか、四肢を落とすなどの方法でしか無力化できない。


 そのため本人が罰を受け入れていない場合、禁錮や懲役といった罰を課すことができなかった。


 この施設ではその問題を力づくで解決している。


 設立者の所長とその弟子である三人の副所長が圧倒的な魔力制御で、所内の術の制御を奪い、魔術を使えないようにしているのだ。


 ファイス・フィスト所長は、トキの弟子——つまり、ジグと同門である。


 拘置所でジグを受け渡しの手続きをしていると、三人の青年がやってきた。


 まだ若いが、それがこの拘置刑務所の三人の副所長であることをベン刑事は知っている。


「ちょっと待ってください」


 焦った様子で一人が言った。


「キャパオーバーです」


「おいおい、定員に空きがあるのは確認してるぞ」


 ベン刑事が凄んだ。


「定員の問題ではありません」


「じゃあ、何だって言うんだ」


「そのまま少し待ってください。慌てて来たので、ちょっと相談します」


 そのまま三人で輪になった。


「よりによって所長のいない時に……」


「近くにはいるだろうから、呼ぶか?」


「待てやめろ……! 今日はまずい」


「そうだ、前に知り合った女性とやっと予定を合わせて休みをとって食事を取ると言っていた」


「だが、所長なしにこの男を受け入れることはできないぞ」


「う……」


「……!」


 一人の副所長が一度ベン刑事の方を向いた。


「ちなみにどれくらい勾留する予定ですか?」


「そんなもん、決まってるわけないだろう。それにどうせ、有罪ってことになれば、ここの刑務所の方に収監されるんだろうが」


「これは……選択の余地がないな」


「そうだな……」


「呼ぶしかない……か」


 苦渋の選択とでもいうように顔をしかめながら三人は結論を出した。


「所長にエマージェンシーコールだ」


 副所長の一人が何らかの魔術を使ったようだった。


 おそらくは何かあった時に緊急連絡をするためのものだろう。


「おまたせしてすいません。所長を呼び出しておりますので、そのままもう少しお待ちください」


 実際、ほんの数分で所長はやってきた。


「何事だ?」


 歳はジグと同じくらいの金髪碧眼の青年である。


 声はとてつもなく不機嫌だった。


 副所長たちは少し震えている。


「じつは……」


「……いや、いい。大体わかった」


 刑事に連れられている兄弟弟子のジグを見て、ファイスは頭を抱えた。


「なんでお前が来るんだよ、くそったれが!」


「いや、なんか、すまん」


 ジグは頭をかいた。


 どうやら間が悪かったらしい。


 副所長の会話を聞いていたので、少し居心地が悪い。


「そこの刑事、うちの施設ではその男の受け入れはできない」


「どういうことだ? 部屋は開いてるんだろう」


「キャパオーバーだと副所長は言ったはずだ。うちの施設は、魔力抑制もしてるが基本的には俺と三人の副所長で中の連中を力づくで閉じ込めてるんだ。実際には交代しなきゃならないから、三人の副所長だけで対処できない人物の受け入れはできない。具体的にいうと、魔力抑制の手錠をつけたとしても、その男は副所長三人より強い」


「そんな馬鹿な話があるか!

ここは魔術師を捉えておくための施設だろうが!」


「まったくその通りだが、できないものはできない。それにまだ罪の確定していない一人を収監するために、他の収監者に逃げられるリスクを背負うのは馬鹿げている」


「職務放棄だぞ!

民間とはいえ正式な手続きを踏んでる以上、受け入れの義務はあるはずだ!」


「能力を超えて収監する義務はない」


「ここで断られたら行くところはないだろうが!」


 無言の睨み合いが続いた。


 …………。


「…………帰ってもらえないので最終手段だ」


 ファイス所長は、振り返って副所長に告げた。


 副所長たちは頭に?マークを浮かべて互いに見合わせる。


「受理してやれ」


「ええっ」


 その言葉にベン刑事がにやりと笑みを浮かべたが、次の言葉に顔を真っ赤にした。


「そしてすぐにそのまま保釈の手続きをしろ」


「ふざけるなっ!」


 その手があったか、と副所長たちから「おおっ」と歓声が巻き起こる。


「ですが所長、保釈には保証人が必要です」


「俺でいい。学園の同期だ。面識もあるし住所も知っている」


「保釈金はどうしましょう?」


「俺が出す……。お前らがもうちょっと力をつけるまで、〈ケーキ屋〉をここに入れる余裕はないからな」


「完璧です、所長 !」


 ここでやっと、当事者ながら蚊帳の外にいたジグに向かってファイスは言う。


「貸し一つだ」


「俺も被害者なんだが」


「いややっぱり、貸し二つだ。初デートが台無しになった。次はたぶんないだろう……!」


「知るか!」


 そこでベン刑事が解決ムードに横槍を入れるように、怒鳴る。


「お前ら、容疑者を野放しにする気か!?」


 しかし、ファイスは肩をすくめる。


「容疑者? 特に証拠もなく連れてきただけだろう?

まあ、あんたの刑事の勘とやらは当たってることもあるから、普段のことに口出すつもりはないが、今回はハズレだ」


「今回の事件以外にも、叩けばホコリがでるだろう!

こいつは〈裏通りのケーキ屋〉だぞ!」


「まあ、普段からチンピラを痛めつけてるらしいから、暴行罪とかにできるかもしれないが、……で、ホコリが出たらどうする気だ?」


「はあ? 逮捕に決まって——」


「そもそも、こいつを捕まえるのには軍隊がいるぞ」


「……なんだと?」


「魔力はEランクだが、戦力は戦略級だ。そこの軍曹も魔力だけはそこそこあるが、その程度じゃ、束になったところで、死体の山ができるだけだ。だから、ここに大人しく来てること自体がおかしいんだよ」


「…………!」


「いやいや、一般人なんだから捜査協力くらいするぞ。人を反社会勢力扱いするな。冤罪でハメられたりしない限り社会のルールには従うし。ちゃんと税金も納めてるし」


「一般人は、ハメらたら自力じゃ刑務所から出られないんだよ!

——とりあえず、俺が身元保証人になるから、容疑が晴れるまで俺が呼んだら来い」


「わかったよ」


 ジグは素直に従う。魔術師を収監する拘置所はここだけだから、まずファイスに会えると踏んでいた。


 普通はしばらく帰れないのだから、結果としては十分だろう。


 ジグはもう一つの用事を思い出した。


「お前のトコの弟子は、まあまあ鍛えてるな」


「ヴィンセントのところと一緒にするな」


 ファイスはレイ軍曹を見て言った。


 レイは身を固くする。未熟と言われているのがわかったからだ。


「俺が休みの日に代わりが務まるように鍛えてるからな。それに俺が引退したからって、ここを閉鎖するわけにもいかないし」


「ヴィンセントのやつは、底上げが目的らしい。……みんないろいろ方針があるんだな」


「お前も弟子ができたのか?」


 まだカノンを弟子にするつもりはなかった。


 だが、感知能力は末恐ろしいものを感じた。


 魔力が小さいところもいい。世の中は魔力至上主義で、世間では魔術師の力を魔力だけで判断されることが多いが、トキの門下は優等生お断りだ。


「まだ検討中……かな」


 ジグは少しだけ前向きになっていた。

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