第5話 犯人は誰

 カノンは陸軍士官殺害の現場に来ていた。住宅街でまだ人通りは少ないが、警官が多く集まってきており、せわしなく走り回っている者もいた。


 場所は聞き込みからすぐにわかった。


 カノンがここに来たのはジグの疑惑を晴らすためだ。


「ししょーは私のヒーローですからねー」


 危ないところを助けてもらった。


 本人は覚えていないようだが、ジグとは以前にも会ったことはある。


 言葉もほとんど交わしていないが、それでもカノンは忘れたことはない。


 相手が魔術師で魔術を犯行現場で使っているのなら、自分の出番だ。


 痕跡から犯人の魔力を覚えてしまえば、本人がカノンの感知範囲で術を使うだけで、追跡できる。


 時間が経ってなければ、人物にも痕跡は残る。その場合は、犯人は見ればわかる。


 探偵としてこれ以上ない能力ではあるが、唯一の問題は、証拠がないことだろう。


 カノン以外には犯人だという証明にはならない。


 ここラエンダムは法治国家なので、罪を償わせようとすれば、それなりの証拠は必要だった。


 まだ警官らしき者が数名残って、紙に記録を書いている。


 立入禁止のロープの外からカノンは現場を眺めた。


「これで三人目だって」


「陸軍士官に何か恨みがあるのかね」


 どうやら狙って殺しているらしい。


(壁に焦げ目。範囲は小さい。ということは至近距離からの炎の術。声を掛けて、相手を確認して殺したのかも。士官といえば魔力はBランク以上のはず。魔術一発で仕留めてるということは、油断させての不意打ちの線が濃厚……、でもこの魔力は……)


「不意打ちだろうが、少佐相手に反撃もさせずに仕留めるか……」


 Aランク相当の力を持っていてもおかしくはない。


(でも今の私なら……!)


 カノンは、身体強化の出力を上げて、駆け出した。


 速い。


 体が軽い。


 相手が魔術師だろうと、術の発動前に間合いを詰められるだろう。


(こんな技術があったなんて……!)


 以前のカノンなら、Aランク魔術師の案件には手を出さなかっただろう。Bランクを相手にしなければならない時も、周到に罠を用意して、上手く戦うように努めていた。


 今、カノンは自身にしかわからない魔力の痕跡を追って、真っ直ぐに犯人に向かっていた。


 新しい玩具をもらった子供のようにはしゃいでいた。


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 ジグの連行中に、豪華な魔術駆動車が通った。蒸気自動車も増えてきたが、魔術都市ラエンダムでは一部特別な自動車が存在する。


 車には金の三日月のレリーフがついている。ラエンダム魔術学園の学園章である。


 それは学園長の専用車であった。


 ここラエンダムは歴史の浅い都市国家で人手不足のため、学園長は外務大臣も兼任している多忙な人物である。


 彼女は、学生時代から実技と座学ともに成績はダントツだった。


 車はゆっくりとジグたちの前を通り過ぎていく。


『ミルム』


 ジグは風の術で車の中だけに声を届けた。


『珍しいじゃない。何の用?』


 急に声をかけられたにも関わらず、驚いた風でもなく、返事が帰ってきた。


 同じように、ジグにだけ聞こえるように。


 若い女の声だった。


『弟子の決め方をどうやったらいいか、ちょっと聞きたいことがある』


『あなたも弟子をとることにしたの?

昼間は予定が詰まってるけど、夜なら空いてるわ』


『今日は俺も動けないだろうし、ちょうどいい』


『同門のよしみで相談に乗ってあげるわ』


『破門されたくせに』


『そうね』


 少し嬉しそうにミルム・メクデフ学園長は同意した。


 決してミルムに非があったわけではないからだ。


 師であるトキは確かに破門と言ったが、正しく述べるなら強制卒業といったところか。


『うちの一門は優等生お断りなんだよ』


『ふふ、トキがよく言ってたわね』


『それじゃ、夜に』


『ええ、お茶くらい出してあげる』


 車が通り過ぎると、何事もなかったようにまた刑事についていった。


 警察署での取り調べは、小さな個室で行われた。


 連れてきた刑事と軍人に記録係の警官と、軍人がさらに一人ついた。


 名前や職業にいろいろ聞かれた。そのあたりは普通に答えたが、事件に関することは何も知らないのでジグは「知らん」としか答えることはできない。


 刑事が大声を出すこともあったが、風の術で耳を守っていたので、涼しい顔をして対応ができた。


 その態度に刑事が激昂したりもしたが、特に殴られたりはしなかった。


 刑事の話から、陸軍士官が二日続けて殺されているということがわかった。犯人はどうもAランク相当の魔術師と目されているらしい。


 夕方近くなって、取調室にもう一人警官が入ってきた。


「ベン刑事、この男の身元は確かに間違ってなさそうです。また、魔術師証明証は本物で、本人のものと確認されました」


「どういうことだ?」


 連行してきたベン刑事と言われた男は、振り返ってジグに対して訊いた。


「なんで正直に答えたことを非難されなきゃいけないんだ」


「うるせえ。お前はこれだけの軍人に囲まれて涼しい顔してるんだぜ?

ただのEランク魔術師だなんて誰が信じるってんだよ」


「ベン刑事、もう一つ報告が……」


 新しく来た警官が付け加える。


「その男、〈裏通りのケーキ屋〉です」


「……なるほどな。公安がマークしてる大物じゃねえか。ついにシッポを出したってわけか」


「盛り上がってるところ悪いが、この件については俺は無関係だぞ」


「言ってろ!

……おい、拘置所に受け入れの要請しろ。今日はここまでにして公安と渡りをつける。何か知ってやがるかもしれねえ」


「はい」


「お前さんはこのまま拘置所にお泊まりだ。帰さねえって言っただろう?」


 獲物を見つけた肉食獣みたいに獰猛な顔でベン刑事は言った。


「やっとか、早く連れて行けよ。拘置所とやらに」


「喜べ、魔術師用の特別製の拘置所だぞ。取調室もあるから明日からそこでやってやるよ」


「民間の刑務所と拘置所が併設されてるところだろう?」


「よく知ってるじゃないか」


「知り合いがいるからな」


「犯罪者の知り合いか。ついでにそっちにも聞いておくかな」


 ベン刑事は上機嫌だった。

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