第3話 陸軍の英雄

「私、ヒーローになりたいんです」


 フリルのついたエプロン姿に着替えたカノンは言った。基本の白いエプロンだが、大きなフリル部分がジグの髪と同じく赤い。ジグしか店員がいないにも関わらず、女性ものである。


 出番が来ることはないと思っていたが、着せてみると長い銀髪のカノンにも似合っている。本人も気に入ったようだ。


 カノンの弟子入りは認めなかったが、ケーキ屋のアルバイトとして居着いてしまった。


「ピンチの時に颯爽と現れて助けてくれる——そんな人になりたいです」


 ジグは正直に感想を述べた。


「子供っぽい」


「う〜……、ヒーローはいるんですよう。私、助けてもらったことあるんですから」


 人助けが趣味みたいな変わり者もいるのだろう、とジグは思った。


「みんな自分のことで精一杯だってのに、人のことまで助けるなんてずいぶんなお人好しだな」


「ししょーもさっき、助けてくれたじゃないですかー」


「あれは、成り行きだ。そして師匠と呼ぶな」


「でも、ししょーも実はアルバイト欲しかったんじゃないですかー?」


 自分のエプロンを見ながらカノンは言った。


「こんなフリフリの可愛いエプロン用意してるなんて」


「そりゃ前の店主のだ」


 ぴたり、とカノンが固まった。


「……亡くなったんですか?」


「なんでわかった?」


「んー、なんとなくです」


 そこへ客が入ってきた。


 およそ、ケーキ屋に似合わない軍服を来た黒髪の青年だった。階級章は曹長である。


「なんでこんな流行ってないのに、バイトなんて雇ってんだよ?」


「押しかけバイトだ」


「そんな単語、初めて聞いたぞ」


「いらっしゃいませー。常連さんですか?」


「ああ、学生の頃からの顔馴染みでな。うちの部下どもは舌が肥えてないからこいつのケーキで十分なんだ」


「そんなにイマイチなんですか?」


「まあ、食べてみればわかる」


「ししょー、私、味見してみたいですっ」


「接客もほとんどしないうちからつまみ食いかよ。別にいいけど……」


 ジグはショートケーキを一切れ、皿に盛ってテーブルに置いた。


「どうせ、売れ残るしな」


「あ、思ったより不味くないですよー」


「それ褒めてないから」


「いや、味的には美味しいと思います。……思いますけど、なんか足りない感じですね」


「こんなケーキ屋に弟子入りしても美味しいケーキは作れないぞ」


「いやあ、ししょーはケーキ作りじゃなくて、魔術のししょーなんですよ」


「だから弟子にした覚えはないっての」


「なんだ、押しかけバイトって押しかけ弟子だったのか」


「そういえば、陸軍でも下士官にすごく強い人がいるって噂ですよね」


 軍服の階級章を見て、カノンは言った。


「うーん、誰のことかな」


「この間の国境の小競り合いで、千人くらいを一人でやっつけちゃったって」


「あー……、あれか」


「たしか、ヴァーミリオン特務曹長という人です。その人も、ししょーと同じ身体強化を使った接近戦が得意だそうですね。目撃した軍人さんたちが興奮していろんなところで話してましたよ」


「あんまり軍のことを話しちゃいけないんだがな……」


「おい、バイト。ちょっと配達に行って来い。二ブロック先の緑の壁の家だ」


「はーい」


 渡したケーキの箱をもって、カノンは出て行った。


 それを声が届かない距離まで見送ってから、ジグはヴィンセント・ヴァーミリオン特務曹長に声を掛けた。


「大活躍だったんだって? 出世とかするのか?」


「いんや、ちょうどこの間、体験入隊してた大将の息子に怪我させたからプラマイゼロだろうな」


「お前、出世したくないから狙ってやったな?」


「ありゃ、自業自得だ。俺は止めたんだぜ。まあ、あんまり出世したくないってのは本当だが。俺は新人研修で新人鍛えるのが性に合ってるし」


「お前は、弟子がいっぱいいるもんな」


「別に弟子ってほどじゃない。戦闘訓練の触りだけ教えて、それだけで研修は終わるからな。——あの子、弟子にしてやったら?」


「そんな簡単に人に伝えていいもんなのか?」


「さあな。俺も全部伝えてるわけじゃないし。……ただ、俺らの師匠のトキもけっこう軽く教えてたろ? あれって、人類全体を強くするために、技術継承したんじゃないかって思うんだよ。俺は新人を最初に鍛えりゃ、もうちょっと死ぬ奴が減るんじゃないかって思ってやってるだけだけどな」


「でもなあ、どんなやつを弟子にすりゃいいのかもよくわからん。下手をするとクソみたいな悪党に取り返しのつかない強さを与えることになるかもしれないだろ?」


「その時は、師匠がちゃんと落とし前つけなきゃなー」


 嫌そうに、ヴィンセントは言った。


「まあ、あの子はそんな悪い子じゃないと思うぞ。……あくまで、カンだけど」


 ケーキの箱を8箱も抱えて、ヴィンセントは帰っていった。


 すいすいと人を避けながら歩くヴィンセントと、カノンが訝しげに見ながらすれ違った。


(あれじゃ、前が見えないはずなのに……?)


 帰ってきたカノンにジグは尋ねた。


「何で、強くなりたいんだ?」


「ししょーは〈アイパッチ〉を知ってますか?」


「時々騒ぎになっている殺人鬼だったか?」


「はい。Aランクの魔術師だろうと言われています。——私の家族の仇です」


 ……この子の家族も殺されたのか。


 ジグの知り合いのカロル家の夫婦も殺された。ただ、あれは〈アイパッチ〉が出てくる前の事件だった。殺人鬼なんかではなく強盗だった。カノンは知り合いにも似ていないし、同じ家名でも別の家の話だろう。


「別に、自分で捕まえなくてもいいだろう」


「たぶん、私が一番犯人に近いと思うので」


 カノンは探偵としての能力に自信があるらしい。


 ジグは弟子にする気にはなれなかったが、突き放すこともできなかった。


 だからしばらく、バイトをしてもらいながら様子見をすることにした。

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