世界が君に恋をする

霞月

第1話 頭の病気

人間というのは実に冷めた思想を持ち、常に新鮮さを求めて止まない欲深い生物だ。


つい数週間前に別れを惜しんだ友人も、隣の席になりドギマギしてしまった異性も新学期が始まりクラスを分かてば途端に過去の人に成り下がる。


1年という決して短くはない時間を共に過ごしたにも関わらずあまりに淡白なものだと、人間の冷たい性質に呆れと同時にそんなもんかと納得してしまう自分もいる。


今が苦しくて新天地に可能性を求める奴は当然かもしれないが、どれだけ充実した人生を送ってる奴だって新たな刺激を求めているのだ。


倦怠期という程のものではないにせよ、誰だって目新しさに魅力は感じる。


同時に、僕が人間を冷たいと感じる最たる理由なのだが、脳の作りが単調すぎるのだ。新しいものをインプットする度に古い事を忘れていく。


小学生の頃、毎日のようにグラウンドでドッヂボールをしていた奴の名前が1人も思い出せない僕は我ながら実に単調で冷酷な生き物だと思う。


個人差はあるにせよ、社会の構造や脳の作りからして僕のような人間は普通だと信じている。



そんな自称普通の脳を所有している僕こと和田晶にも忘れられない人がいる。正確には忘れたくても忘れられない衝撃を与えてくれた人なのだが。



「元5組の和井田光です!好きな生き物は美少女で、嫌いな生き物はイケメンです!1年間よろしく!特に女の子はどんどん話掛けてね!」



うわぁ…何このデリカシーやら協調性やら生きていく上で必要不可欠なモノを母胎に忘れてきたやつ…


たまにいるんだよな、出る杭は打たれ遠慮こそが美徳とされる日本で欲望のままに生きるこいつみたいな異端児が。


個人的にはこういう素直な性格の奴は嫌いじゃないし、なんなら好ましさを覚えるくらいだが。


自分に無いものを持ってる奴に惹かれてしまうのは人として当然の性なのかもしれない。僕みたいな三歩後ろを歩き自分より他人を優先してしまう、謙虚という言葉を辞書で引いたら和田晶という人物が書かれ、あまりの謙虚さにヤマトナデシコも僕の30歩先を歩いてしまうレベルの人間からすれば、こいつみたいな図々しい人間は羨ましいってもんだ。



「あ、あはは…素直な子ですね」



「ありがとうございます!自分嘘とか付けない性分ですので!」


十中八九褒めていない引き気味な担任の返答に間髪入れずお礼を言ってしまうあたり本当に素直な奴なのだろう。



「じゃあ気を取り直して次の方お願いします」



こいつはダメだと諦めたのか特に追求はせずに次の人物に自己紹介を促す。


何か色々と脳内で語ってしまったが、今は新学期でクラス替えを行った直後の自己紹介の場だ。


言わば人生における新たな門出のスタートを左右する重大なイベントであり、ここを失敗る訳にはいかないため誰しも当たり障りのない言葉を選び、なおかつ自分という人間をプロデュースしていくオーディションみたいなものである。


品定めという意味ならばオークションと言っても良いかも知れないな。学校という縛られた空間に並べられ会社の奴隷になるまでの時間という意味でもあながち的外れではあるまい。いやはや僕という人間はどうも物事の本質を捉えてしまいがちだ。


なんて捻くれたクソガキの考えに酔いしれていると…



「和田くん?次はあなたの番ですよ。ラストですからビシッと決めちゃって下さいね!」



「すみません。ちょっと人見知りなもんで緊張しちゃって」



「あはは。本当に人見知りな人は自分で言いませんからね」



担任の言葉を皮切りにクラスが笑いに包まれ和やかな空気が漂う。


自己紹介においてこれ以上やり易い条件はないだろう。あとで先生にお礼を言わないとな。



「元1組の和田晶です!趣味は旅行で好きなものはバイクですかね。と言っても見てるだけで免許すら持ってないんですけどね」



再度笑いが起こる教室。よし掴みはバッチリだ。



「バイクで旅行とか出来たらカッコいいですね〜」



「でしょう!いつか日本中を走り回りたいと思ってます」



「素敵な目標だと思います!では以上で…」



「あ、最後に一つだけ良いですか?」



「どうぞどうぞ!存分に自分を曝け出しちゃって下さい!」



ノリノリだなぁ。では遠慮なく



「ごほん…嫌いなものは女、いやもう雌?雌に分類された生物は例外なく嫌いです。特に女子高生とかアイドルとかチヤホヤされて、完全に勘違いしちゃってる自己中な奴が大嫌いです」


静まり返る空気を無視して続ける



「どれくらい嫌いかと言うとずっと可愛がってたペットの猫が家に帰ったら去勢されてた時、『拾ってください』と書いた段ボールに詰めてゴミ捨て場に置きに行ったレベルです」



「ちなみに普段は優しい両親に初めてぶん殴られました!あはは。さすがに反省したなぁ…去勢されたとはいえ雄である事に変わりないのにね!」



「そんな感じでみんなよろしく!人見知りだけどね!あ、雌共は嫌いだけど常識人だから最低限の会話は出来るつもりなんでよろしく!」


でもあんまし話かけないで欲しい、とまで言った所でようやく気づく。先程までの和やかな空気が春一番が過ぎ去ったのかと勘違いしてしまうほどに冷え切っていた。うーむ何か不味い事でも言ってしまったのだろうか。


呆気に取られている担任の雌…もとい如月先生に視線をやると、ハッとして我に返ったのか慌てて進行を続ける。



「は、はい!皆さんありがとうございました!1年間よろしくお願いします! うぅ…なんか面倒なのが多くて先が思いやられるよ…」



よよよ…とか言いながら泣き言交じりに挨拶を済ませる担任の雌、もとい如月先生。


あーなんか演技くさいのも含めてやっぱり女は好きになれないな。しかも面倒なのとかハッキリ言うなよ、そういうのは裏で言えって。具体的には大衆居酒屋で新任教師を歓迎する名目で誘って「ほんと最近のガキはませてて可愛げがなくて〜」とか「え〜○◯先生彼女いないんですか〜」とか言いながら、実は酒強いくせに可愛いカクテルで酔っちゃったみたい♡とか言って誘惑してんだろこのクソビッチが!だから女は嫌いなんだ。


裏で言えと言いつつ裏で言ってるのも気分が悪いな。あー結局何が言いたいって女はクソ。


フェミニストどもが台頭しているこの時代にここまで雌をdisれる僕はやっぱり常識人だな。間違ったものにNOを突きつけられるのは我ながら美徳だ。



「おーい、聞こえてますかー?和田くん?和田さん?アッコさんだ!」



かなりいい自己紹介が出来たと確かな手応えを感じ、自らのプロデュース能力に酔いしれていると、何やら早速話しかけられてるようだ。


こいつは確か僕の前に痴態を晒していたゴミ(女)が好きとかいう変わり者の和井田?だっけ。



「妙に納得した顔で僕を昔のアダ名で呼ぶな。僕はアキラだ、ワダアキラ。アキラにおまかせとか誰も見たかないだろう?」


ちなみに本家の和田アキ子さんもどちらかと言わずとも嫌いだ。紛うことなき女だからな!



「おお、見事なお返しありがとう。いやはや、てっきり意思の疎通が不可能な新人類かと思ってたよ」



「は?さっきの自己紹介で分かんなかったの?人見知りは名目で会話を円滑に進めるために出しただけで、僕は基本コミュ力高いんだよ」



「いや、人見知りうんぬんよりあの自己紹介でお前をコミュ力高いと思ったやついないと思うぞ…」



え、なんで僕は可哀想な目で見られてるの?こいつの方がよっぽどヤバいだろ…



「いやいやいや、第三者目線で考えたら初対面の奴に美少女が好きでイケメン死ねとか言ういかにも人間性が欠如した童貞っぽい事言う奴よりマシだろ!」



「ど、童貞ちゃうわ!」



テンプレ乙です。



「それ言ったら、開口一番で僕はちん◯の無いやつは全員死ねとか言ってるホモ野郎よりマシだろ!」



「誰がホモじゃこの野郎!んなこと一言も言ってねーだろうが!」



「だったら聞くが、美少女とおっさんどちらかに抱かれないと死ぬって言われたらどうすんだよ」



「馬鹿にしてんのか?どう考えてもおっさん一択だろうが!」



「やっぱりホモ野郎じゃないか!」



「お、お前卑怯だぞ!カレー味のう○ことう○こ味のカレーで後者を選んだだけの話だろうが!」



「は?その例えはおかしい。美少女のう○こだったら土下座してでも美味しくいただけよ!」




うわぁ…今確信したがこいつはガチだ。


紛うことなき新人類、俗に言う変態ってやつだ。




「うん単純にキモいなお前」



「ごめん…流石にこれは言い過ぎたと思う…だからそんなに距離を取らないでくれ!新学期早々イメージ悪くなるだろ」



どう考えても手遅れなんだよな…っと



「ひぃん!」


和井田の発言に物理的な距離を取った拍子に誰かにぶつかってしまったようだ。


声的に雌か?疫病神かよあいつ。まあぶつかったのは僕だし一応謝っておくか。


やれやれ、新学期早々2度も雌との会話を余儀なくされるとはな(担任含む)



「あー悪いな、こいつのキモさに耐えきれなくて周りが見えてなかったわ」



「せめて謝る時くらい罵倒はやめてくれ」



頭の沸いた和井田くんの言う事を無視しぶつかってしまった雌の様子を伺うと、何やら震えている。


それはもうバイブでも当てられてんじゃないかと疑うほどプルプル震えている。


もしかしたらめちゃくちゃ怒っているのかもしれない。まあ確かに知らん奴にいきなりぶつかったらイラっとくるよね。


いや、待って欲しい。確かに今回の件は裁判を行えば10-0で僕が悪いという判決が下るだろう。


だがしかし、これで立場が逆でぶつかったのが向こうで僕が怒ったとしたら果たして同じ判決になるのだろうか?


男女平等を謳いながら、その実ただ単に雌が優遇されたいがためにデカイ声を上げてるやつしかいないこの日本において、不利なのは圧倒的に男であるこの僕だ。


平等に裁くべき場は始まる前から一方的に不利な状況で、とてもではないが平等とは掛け離れた世界で雌雄を決しなければならないのだ。



しかもだ、事故とはいえこの広い世界において僕が最も嫌悪する汚物にぶつかったのだ。むしろ被害者は僕の方だという可能性はないか?


ほら満員電車でくたびれたおっさんが少し当たっただけで痴漢だ!とか喚いてるゴミクズも存在し、それがまかり通ってしまう事が割とある世界だ。


一見暴論に見えるこの考えだが、真の男女平等を考慮すれば一考の余地があるのではないか?


目には目を冤罪には冤罪をだ!


ありがとうハンムラビ法典、危うく僕が本当に悪い事をしていると思う所だった。


やっぱり向こうにも謝罪が必要だ。


むしろ僕が謝った事がそもそもの誤りだ!


そうと決まれば話は早い。向こうにも誠心誠意真心込めた謝罪を要求せねば!



「おい、こっちが下げたくもない頭下げてやった…」



「大変申し訳ございません!!」



「は?」



「ひぃん!わ、私のようなゴミムシ風情がぶつかってしまい本当に申し訳ございません!本当に愚図で愚かな私は軒並みな謝罪しか出来なくて…あの、慰謝料とか払った方が良いですよね?あぁ!財布に小銭しか入ってない!すみませんすぐに闇金に土下座してお金を工面しますので!だから売り飛ばさないでください…あともう手遅れかもしれませんけど出来ればぶたないで…痛いのイヤ…怖い怖い怖い!だれか助けてぇ…」




それからしばらくの間僕と和井田の2人はクラスメイト(特に雌)から"当たり屋"と呼ばれ、友達はおろか誰からも近付かれなくなりました。


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世界が君に恋をする 霞月 @kasumizuki

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