第31話 私vs「私」

 帰りの道は魔獣にたびたび襲われる程度で、Aクラスのハンター3人を有するパーティにとってはそれらを迎撃するには戦力過多であった。何日かの野営を経て、ソフィーの生まれ故郷であるハーフレンにたどり着いたときには夕暮れになっていたということもあり、一晩滞在することになった。


 ハーフレンには木造建築の家屋と自前の畑が広がっており、そこで採れた野菜や薬草、果物をレーラントや近くの村に出荷することで家計が成り立っている。そのため、収穫時期を終えた今の季節では家で冬の間の内職をすることで外貨を稼いでいる。

 魔法とは無関係のこの村で魔法を使う術を教えてもらうのは到底不可能なのは幼いソフィーでもわかっていた。


(といっても、お母さんと別れるのは辛かったもん)


 少し物思いにふけながらも自宅のベルを鳴らすと、半年ぶりに母親のガーネットと対面する。ガーネットは驚いた様子で学園生活を送っているはずの我が子と騎士団の面々を見ていた。


「一体何があったんだい!?」


「ま、マリアお姉ちゃんが……」


 母親の前で姉の死を伝えようとするも、声が詰まって中々発することができない。その様子から、ガーネットはマリアの身に何かあったとわかり、ソフィーの身体をやさしく抱きしめる。姉に会うまでは泣くまいと思っていたソフィーは思わず、涙を流してしまう。


 ソフィーの自宅で事情を聴いたガーネットももう一人の娘をなくしたことに涙をこらえ、娘の前で泣き崩れるような真似はしなかった。それにまだ希望は残っていることも娘から聞いたのだから。ガーネットは少し古い地図を取り出し、一点を指さす。


「このあたりに古い教会があるんだよ」


 ガーネットが指さした場所は村からもさほど離れておらず、程近くの森には小川が流れており、山菜や川魚を採るのには良い場所でもあった。ガーネットから話を聞いたソフィーたちは明日の朝にここを出て、件の教会に向かうことにした。



「お母さん、今度はお姉ちゃんと一緒に帰るから」


「ああ。ソフィー、あんたならやれるよ」


 お互い抱きしめ、別れのあいさつを言う。娘を見送ったガーネットは娘がいつ戻ってきてもいいように祝いの準備を進めるのであった。


 鬱蒼とした森の中を突き進むと、ソフィーらの目の前に見えてきた朽ち果てた教会は時間に取り残されたかのようにあの当時と同じ状態で静かに来訪者を待っていた。古びたドアを開けると、蝶つがいがさびていることもあり、ギーッと音が鳴る。


 ソフィーらの目の前には居るはずのないシスター服の女性の後ろ姿が見え、破損の見える女神像に祈りをささげていた。そして、待ち望んでいた来訪者を見るため、金髪の女性は振り返り、紺碧の瞳でソフィーらを見つめる。その姿に心当たりのあるソフィーとクレアはハッとする。年は違えど、その面影は確かに残っていたからだ。


「やっぱり……どこかで思っていたんだと思う。私を助けてくれたのは……アイリスちゃんだよね」


 ソフィーとであった時よりも成長し、大人の女性になりながらもどこか幼げな雰囲気を残しているアイリスは笑顔で「はい」と答えた。そして、アイリスはソフィーと出会う前、そして出会った後のことについて話し出す。


 ウィリアムが提唱したタイムトラベルが起こるまでの基本世界では、リヴァイアサンが来る前日母を亡くしたアイリスは巫女の力を継承するも、翌朝にはリヴァイアサンとしもべのフィッシャービーストの物量差の前にアトランティカが滅んでしまった。


「母が愛したアトランティカを私は守ることができませんでした」


「でも、それは……」


「ええ。栄えた後は必ず滅び行くもの……でも、幼いまま死んで女神になった私にはそれが理解できませんでした。だから、女神の力を悪用し、同じような死に方をする後世の人間を自分がいた世界に呼び出しました」


「それがα世界となったというわけですわね」


「はい。あの頃の私は貴方達が言うα世界を何度も何度も繰り返し続けました」



『悪人は駄目。無茶なことでも飛び込んでくれる人が必要』

 数ある選択肢の中からエディが選ばれた時、それに該当することを確認。失敗。リセット。


『住人と勇者をまとめ上げる人が必要』

 アルフォンスを含む複数の人を確認。選択肢、保留。失敗。リセット。


『私じゃあ駄目……お母さんを助けないと』

 ローラを含む植生に詳しい数名の人を確認。失敗。リセット。


『学園の生徒が複数の該当者……なら、該当者全員一緒に飛ばせば行ける!』失敗。リセット。

 何度も何度も試す。数名の生徒で駄目なら、その場にいた全員ならどうかと。だが失敗。リセット。



 失敗、リセット。繰り返す。失敗、リセット、繰り返す。失敗、リセット、繰り返す。最良の目が出るまで賽を振り続ける。

 何度も何度も何度もα世界を繰り返し続けたアイリスの精神は限界に達し、誰も居ない教会で疲れを癒していた。そんなときだった。ソフィーを連れてきたガーネットが来たのは。


 必死の形相で頼み込むガーネットを見て、アイリスは女神の力を久しぶりに世界逆行以外の目的で使用した。久しぶりということもあり、力の制御を誤って見た目が変わってしまったもののソフィーを癒すことはできた。


「そのあとは皆様のご存じのとおりだと思います」


「その6年後、私はマリアお姉ちゃんに出会った」


「はい。余剰の女神の力を送り込んだことで、制御しきれないはずの女神の力を制御するために生まれた人格、それがマリアさんです」


「だから、魔力光が金色というわけですわね。力の源は女神の物ですから」


「そういうわけです。そして、アトランティカを救ってくれた後、この姿になるまで成長し、地殻変動によってアトランティカは滅びました」


 滅ぶという結末は変わらなかったものの、エディが教えた外の世界に興味を持った住人たちがアトランティカを離れ、国は滅んでも文化と血筋は受け継がれていく様子を見てアイリスは悔いがなかった。


 そして、幼いソフィーを抱えたガーネットが予定調和のようにこの教会に訪れ、その後ろから顕現したアイリスは声をかけるのであった。


「その娘を救いたいですか」と。



「こうしてβ世界からγ世界に変わったというわけですわね」


「ええ。この話をした理由もお分かりですね」


「もう一度、アイリスさんの力を送ってくれればお姉ちゃんが帰ってくる」


「可能性は高いと。ですが気を付けてくださいね、うっかりすると死にますよ」


「それってどういう――」


 ソフィーの質問に答える暇もなくソフィーたちはアイリスが放った金色の光に包まれ、その姿を消した。



 ソフィーが目を開けると、壁や天井がない無限に広がる真っ白な空間に金色の髪を揺らし、紅い瞳でこちらを睨みつけている女性、マリアの姿があった。


「お姉ちゃん……?」


「誰だ? お前らは?」


「えっ?」


 マリアは冷たい目でソフィーたちを見て、普段と同じ所作で金色の剣を手に持ち、襲いかかる。あまりのことに茫然としていたソフィーを守るため、クラインがソフィーの前に回り込み、マリアの剣を受け止める。火花が飛び散る中、男女の力比べを嫌ったのかマリアはすぐさま後方に引き下がる。


「お姉ちゃん!私のこと、覚えていないの!」


「知らん!お前たちのことなど……私の目の前にいるのは全て敵だ」


 マリアが聞いたことのない呪文を唱え始める。その様子を見て、クラインは身内殺しをさせまいと、アリスとクレアに何度もマリアの名を呼ぶソフィーを引き下がらせる。そして、マリアは天に100はゆうにある金色の球体を浮かび上がらせる。


「あれは……ジャッジメントレイか。だが、あの数、俺たちだけでさばき切れるか?」


 かつて邪龍騒動の際に見たマリアの魔法に酷似していたため、それの派性技と考えた。あのときは2,30発程度を撃っていたがその3倍以上を今度は自分たちが受けないといけなかった。


「たった100発だろ。あれくらいならばなんとかなるだろうよ」


「なにを勘違いしている。これはジャッジメント・パーティカルレイだ」


「なに!?」


 一つの球体から数十発の光の矢を放つパーティカルレイ。それが100以上の球体から放たれれば、もはやそれは点での攻撃ではなく面での攻撃と化す。防御をすることも考え、後ろに下がりながらもクラインとキースは迎撃しているが、光の矢の数は一切変わらないように見える。


「ふざけんな!こんなもん、どうしろって言うんだ!」


 数千の矢が地面に突き刺さり、土埃を巻きあげる。何もしなければ、ソフィーたちは消し炭となり何も残っていないはずだが、直前でプロテクションやアイスウォールを張っていたのだろう、大きく吹き飛ばされていたもののその姿は確認された。

 一番奥にいたことでダメージが少なかったソフィーがすぐさま回復魔法でみんなを回復させるが、息は絶え絶えでダメージを隠す余裕などなかった。


「……あれを耐えるか。ならば近接戦で一人ずつ確実に倒すとしよう」


「来るか!まだ接近戦ならば望みはある。アリス、キース、行くぞ!」


 一直線に突っ込んでくるマリアにクラインとアリスが左右から襲いかかる。だが、それらはかつてのように両手にもった剣で防がれる。そのときの光景が一瞬、マリアの脳裏にフラッシュバックする。


(なんだこの光景は? 私はこの攻撃を知っている?)


 2人を弾き飛ばすと、大きく迂回したキースがマリアの背後から、槍を突き刺そうとするもバク宙でその攻撃を回避すると同時に空中で剣を投げつけ、無防備なキースの背中に突き立てる。アリスがすぐさま剣を抜いて、治療を施すが痛手を負ったキースにこれ以上の戦闘の続行は不可能だった。


「まずは1つ。いや、治療に専念せざるを得ない女と護衛の男を入れて3つか。次はだれだ」


「わたしが行きますわ」


 ダガーを抜いたクレアがマリアに近づく。クレアの魔法攻撃ではシャイニングプロテクションを打ち抜くことはできないし、魔法の打ち合いでも不利だ。だとすれば、一瞬の隙を狙える接近戦しか勝てる見込みはない。


 クレアが手にした変哲もないダガーを見て、脅威度が低いと感じたマリアはクラインとアリスが余計なことをしないかと気をそらしていた。だが、それが仇となり、射程距離の変わるダガーを見て、あわてて回避行動に移るがかすり傷を負うことになってしまう。


「くっ、私に手傷を負わせるとは……」


「私も成長していますわ。それにこのダガーは貴方に選んでもらったもの。それに恥じない戦いをしないといけませんわ」


 クレアの言葉にどこかの店の中で同じ武器を選んでいる自分の姿がマリアの脳内にフラッシュバックする。それをきっかけに目の前の女の子と一緒に何かを食べている光景や一緒に戦っている光景もいくつか映し出される。


(知らない。私はこんなの……!?)


 ズキズキと痛む頭を押さえるマリアを見て、ソフィーたちはもしやと思い、もう一度マリアの名を呼び掛ける。だが、マリアは思い出したくない記憶に苦しむかのように横を振るだけだ。


「いったい、なんなんだお前たちは……これ以上私に近づくな!」


 マリアはこの場にいる全員が聞いたことのある呪文を唱え始める。ビーストキングを倒し、リヴァイアサンの被害を食い止め、デーモンすら打ち滅ぼしたマリアの文字通り必殺技が。


「セイクリッドテンペスト……」


 仮にキースを置いて逃げようとしても、追尾性能のあるあの攻撃では数秒の命が長らえる程度でしかない。つまり、自分らが生き延びるためには天災級ですら耐えきることができなかったセイクリッドテンペストを突破するしか方法はない。


 だが、こちらは先ほどのダメージが抜けておらず、気力だけで戦っているに近い状態だ。その状態でセイクリッドテンペストを止めるのは不可能だ。それが分かっているクレアたちはただその攻撃がくるのを待ち、受け入れるしかなかった。


(でも、それでも……)


 みんなに回復させたことで、人一倍消耗しているはずのソフィーが倒れているみんなの前に立ち上がる。まだ心が折れていないソフィーは手を目の前に出す。


「この一撃で引導を渡してやる。セイクリッドテンペスト!」

 自分たちの死を告げる金色の暴風がソフィーたちに向かってくる。そして、ソフィーは姉から教えてもらったアドバイスを思い出す。


『何があっても前を見るんだ』


 私の前には苦しんでいるお姉ちゃんがいる。


『後ろにだれがいるのかを考えるんだ』


 私の後ろにはレーラントでできた初めての友達。一緒に戦ってくれた仲間がいる。


『常に考えるんだ。自分のなすべきことを』


 今の私ができるのはたった1つの防御魔法。


「プロテクション!」


 ソフィーたちの前に特大サイズのプロテクションが現れるが、セイクリッドテンペストをたった1枚のプロテクションで防げるわけもなく、あっさりと割られてしまう。


「アイリスさんは何度も繰り返してあきらめずに希望をつないでいた。それなら私も何度もプロテクションを張るまで!マルチプル・プロテクション!」


 幾重にも折り重なった青白い壁がセイクリッドテンペストを押しとどめる。その様子にマリアは驚愕する。誰にも止められなかった自身の必殺技が止められたのだから。


「お姉ちゃん、正気に戻って!リフレクション!」


 セイクリッドテンペストの一部がマリアのもとに跳ね返ってくる。しかし、マリアにそれをどうこうすることはできない。セイクリッドテンペストの唯一にして最大の弱点、それは使用する際に膨大な魔力を使い、その後は反撃する魔力がなくなることだ。それゆえにマリアは自身の敗北を受け入れるしかなかった。



 倒れているマリアに魔力も体力も使い果たしたソフィーはゆっくりと近づいていく。そして、マリアの顔にそっと自分の顔を近づける。


「マリアお姉ちゃん……」


 マリアは目の前の今にも泣き出しそうなソフィーを見つめる。最も身近に、だが最も遠かったソフィーの頬をその手で触る。初めて触った頬はプニプニと柔らかった。


「すまなかった……ソフィー」


「お姉ちゃん!」


 マリアの胸元でワンワンと泣きじゃぐるソフィー。しばらくすると戦いが終わったせいなのか白い空間が消え去り、元の教会へと戻った。現実空間ではマリアが存在できないせいか金色の球体へと姿を変え、アイリスのもとに行く。


「マリアさんとは話したいことがあるので、まだ返せませんが、まず貴方達の体を治しましょう」


 アイリスの背中から白銀の翼が生えると、金色の光の粒子が雨のように降り注ぎ、傷だらけだった自分らの体が癒えていき、魔力もほぼ全快したかのように感じる。一番重症だったキースもまだ痛みが残るのか「いててて」というが、立ち上がれるだけの体力は得たようだ。


「ところで、お姉ちゃんとの話って?」


「それはまだ秘密です。でも、ちゃんと返すことは保証しますよ」


「それなら私たちは外で待つわ。いいでしょう、ソフィー?」


「う、うん。お姉ちゃん、早く来てね」


 ソフィーらは教会の外で待つことにした。まだ日は高いが、もう冬なのだと実感できる寒さにソフィーはちょっと体が震えた。そんなとき、上空から1匹のドラゴンが舞い降りた。その背中には邪龍騒動の際に出会ったグレンが乗っていた。


「ここに居たか」


「グレンさん!? いったいどうして、ここに?」


「積もる話はあるが、落ち着いて聞いてほしい。レーラントが帝国と魔獣の群れに襲われている」


「ちょっと待て!レーラントは王国の内陸部だ。国境を越えてそこまで侵攻するなんていくらなんでも早すぎる」


「だが、事実だ。連中は王都には目をくれず、まっすぐレーラントに向かったらしい。詳しい話は移動しながらにしよう。ドラゴンならレーラントは目と鼻の先さ」


 上空で待機していたのか3匹のドラゴンがソフィーの前に現れる。とにかく緊急を要する事態にソフィーは別れのあいさつができぬまま、ドラゴンに乗ってしまう。


「お姉ちゃん、待ってて。必ず迎えに行くから」


 向かうは学園都市レーラント。クレアの生まれ故郷で、ソフィーの第2の故郷とも言える場所。これまでの旅の元凶である帝国とケリをつけるため、彼女らは決戦の地へと向かうのであった。

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私と女神の二重生活~最強の姉は自分自身!? @zechs669

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