第30話 旅の終わり

 険しい山を登ることになるため、ソフィーたちは馬を山の麓にある国境警備隊に所属している騎士団の人に預けた。事前に話が言っているおかげで、脱獄班として逮捕されずに済んだのはヨシュアの手腕のおかげだろう。


「私たちも団長が革命を起こそうとしていたとは思っていません。私たち警備隊一同は貴方たちの旅がうまくいくことを心より願っています!」


 ビシッと敬礼する彼らにソフィーらも敬礼し、その場を去っていく。


 マデカーイ山脈、その中腹にあるダーウィン聖堂教会への山道は信者たちの通り道となっているため、歩きやすいように整備されていた。といっても、多数の人間が往来する場所ではないため、道幅は狭く2名程度で並ぶのが精一杯だ。しかも、彼らの右横は崖となっており、転落すれば無事ではいられないだろう。


 多数の凶暴な魔獣が住むと言われるマデカーイ山脈だけあって、冬越しの準備のため、ソフィーたちに襲いかかってくる。今、ソフィーたちの目の前には凶暴な気性と鋭い爪、硬い毛皮に覆われたキリングベアーが6、7頭群れをなして、よだれを垂らしながら今にも襲いかかろうとしている。


 そのうちの1頭が抜け駆けしようと、走り出し、先頭にいたキースに襲いかかる。だが、キースは普通ならば危機的状況にもかかわらず微動だにしない。そして、斬り裂こうとした右手がリフレクションによってはじき返され、自慢の怪力が仇となってバランスを崩したキリングベアーは山道から転落していく。


「オークと同じC級の魔獣なら返せます!」


「こっちも武器が無限にあるわけじゃねぇからな。節約できるものはするぜ。まあ、これを見て襲うようなら、こっちも剣を抜くが、どうする?」


 魔獣に言葉は通じないはずだが、なすすべなく仲間が転落したことから、目の前の人間の力量差を理解したキリングベアーはしぶしぶといった様子で森の中へと戻っていく。


 魔獣に襲われながらも、昼過ぎには聖堂教会にたどりついた。山の中にある白亜の教会は、木漏れ日からの日の光に照らされていることもあり、幻想的な雰囲気を醸し出している。教会の中へとはいっていくと、きれいなステンドガラスが張り巡らされ、奥にいる神官の姿が豆粒に見えるほどの距離がある。


「外から見たとき、大きさは普通だと思ったのに……」


「おそらく魔法で空間内部の大きさを操作していると思いますわ。失われるはずだった古代魔法の一端の恐ろしいこと」


 一見すれば術者がいなさそうな教会でこれほどの魔法を維持できることにソフィーは感心していた。そして、来訪者に気付いた神官らがソフィーらを出迎える。


「お待ちしておりました、クレア様、ソフィー様。ようこそ、ダーウィン聖堂教会へ」


「あれ? 私たち、まだ自己紹介してないよね?」


「そうですわね。どうして私たちのことを知っているか教えていただけるかしら」


「ええ。巫女様からアトランティカの英雄が来るとお告げがあったのです」


「「英雄?」」


「ええ。あれは今年の夏ごろ、お告げがあった際に英雄の名があげられました。エディ・ガーボイック、クレア・アークライト、ローラ・ハミルトン、アルフォンス・クレバー、マリア、ソフィーの6人です」


(アトランティカにタイムスリップしたときのメンバーだ)


 タイムスリップしたソフィーたちがアトランティカの滅亡を一時とはいえ救ったことから、英雄として祭り上げられてもおかしくはなかった。だが、なぜ女神様がソフィーらの名をわざわざ挙げたのかはよく分からずにいた。


「我々が内密に調べた結果、この内5名は学園の生徒であることがわかりました。だから、あなたたちの顔を見て分かったのです」


「内密に調査されたことに気付かなかった私たちの落ち度はともかく、そこまで話が通っているなら話は早いですわ」


「巫女様と話させてください」


「分かりました……と言いたいところですが、現在、巫女様は聖なる泉で身を清めている最中。もうしばらくすれば戻ってくると思いますので、お……」


 神官がソフィーたちに奥の部屋で待たせようとしたとき、左腕を抑え、頭から血を流し、水着のような鎧を身にまとった女性がソフィーたちの後ろから現れる。


「大変です!巫女様が未知の魔獣におそわ……」


 そう言い残すと、けが人の女性は意識を失う。あわてて、そばにいたソフィーが回復魔法を行い、一命を取り留める。だが、すぐさま意識を取り戻すような軽い怪我ではなかったため、彼女が目を開けるのはもう少し先だ。


 だが、彼女が命がけで伝えた情報に神官は青ざめる。


「巫女様が!? 早く助けを……」


「未知の魔獣の出現……国境沿いということもある。ここは俺たちが調べたほうがいいだろう」


「そうよね。でも万が一ってこともあるから、ここは女子チームが調べに行って、男子チームはお留守番ね」


「はぁ? 何言っているんだ。未知の魔獣がどれだけ強いか俺が確かめに……」


「あんた、巫女様は『身を清めている最中に襲われている』のよ。あんたらが行ったら巫女様を覗いた出歯亀連中って呼ぶわよ」


「うっ……そいつは困る。しかたねぇ、調査はお前らに任せるぜ」


 聖なる泉の場所を神官から教えてもらい、アリスを先頭にして森の中を突き進んでいた。身を清めるため、何度も往来していることもあり、その未知だけは雑草が生えておらず、道に迷うことはなかった。


 泉に着くと、アトランティカで巫女様が着ていた服によく似たデザインの服と護衛と思われる女性の遺体があたり一面に散らばっている。それらの遺体は鋭い刃で輪切りにされているものや、腹をえぐりだされているもの、胴体がミンチ状になっているものと目をそむけたくなる光景にソフィーらは手を合わせて、職務を全うした彼女たちに短いながらも黙とうをささげる。


 巫女様と思われる遺体はないため、おそらく魔獣が連れ去ったものだと考えたアリスらはすぐさま魔獣の足跡を追跡する。


(国境を越えられたら私たちは手出しができない……でも、足跡の形や大きさからオークやサイクロプスのような巨人系のはず。だったらまだ間に合う)


 アリスはさらにギアを上げていく。後ろの二人は彼女の姿を見失わないように走るのがやっとのことだ。そして、国境から1kmも離れていないところに人間を手に持ったオーガらしき魔獣の姿があった。


 オーガと断定していないのはその姿が明らかにオーガのそれとは異なるからだ。右手には義手と思われる機械が着いており、爪先は刃のようになっている。胸部や頭部自体も機械化されており、ほぼ全身が鋼鉄特有のメタリックなカラーになっている。そして、オーガの赤く灯されている目は敵対者を冷たくとらえている。


「なにあれ?」


「機械のオーガなんて聞いたことないわ!?」


「さしずめメタルオーガというところかしら。戦闘に巻き込まないよう人質を地べたにおいているあたり、理性はあるみたいね」


 メタルオーガが胸元の胸部のハッチを開けると機銃が回転し、ソフィーらに弾丸の雨を降らす。だが、それらはすべてソフィーのリフレクションによって跳ね返されてしまい、メタルオーガに襲いかかることになる。だが、生身部分からは血がわずかに出てくるだけで、機械の装甲に傷がついた程度のダメージにしかならなかった。


「生半可なダメージは駄目ってことね。こういうことになるなら、クラインでもキースでも連れてきたらよかった」


 アリスはそう嘆くも、敵のメタルオーガは待ってくれない。機銃による攻撃が効かないと見るや身を屈め、死角になっている背中のブースターから火が出ると、勢いよく突進してくる。


 あまりの速さにプロテクションを張るのが遅れ、メタルオーガは目と鼻の先までプロテクションの壁にぶつかる。だが、プロテクションを割ろうと義手の右手を突き刺し、ギギギと不気味な音を立てていく。


「このままじゃ破れる!」


「私に策がありますわ……プロテクションを解除したら、すぐさま左右に散開!」


 クレアが言う通りにアリスがソフィーの体を手に持ち、左右に分かれる。突然、プロテクションを解除されたメタルオーガは勢いよく地面に義手を突き刺してしまう。深く突き刺さったのか、引き抜くのに手間取っているメタルオーガをしり目にクレアは呪文を唱える。


「全身機械なら、こういうのは苦手でしょう。アクアブレス!」


 クレアの呪文によって、全身水浸しになったメタルオーガは攻撃してきたクレアを先に倒そうと、アリスとソフィーに背を向ける。そして、メタルオーガの突進は再び張られたプロテクションによってわずかな時間だが阻まれる。


「耐水性はあるみたいだけど、濡れた状態での耐電性はどうかしら? ライトニングストーム!」


 雷電の嵐がメタルオーガに襲いかかり、体内に埋め込まれた機械ごと感電させていく。いくら耐水性のある機械でも濡れた状態で電気を流せばショートするのは必然だ。機械が動作しなくなったメタルオーガはその機能を完全に停止させ、ただの置物へとなり果てた。


 連れ去られた巫女様は年がアリスと同じくらいの10代後半から20代前半、金髪で天使のようなかわいらしい顔で気を失っているようだ。衣服を着ていないことからも身を清めている間にメタルオーガに奇襲を喰らったのだろうと思われる。そんな巫女様にアリスは自分のジャケットをかぶせて、教会へと引き返した。



 教会に戻ったソフィーたちは巫女様が目を覚ますまでの間、教会でメタルオーガのことについて話していた。


「結局、メタルオーガはどれくらいの強さなんだ? 手合わせしたお前らならわかるだろ」


「強さはソフィーちゃんのプロテクションを打ち破ったことからもB級相当ってところね。防御役と水と電気の魔法を使えるハンターがいれば対処は容易だし」


「偶然とはいえ、それらが扱える魔法使いが居てよかったというべきか」


「あとは腕の立つ剣士……まあ、Bクラスのハンターにそれを求めるのは酷かもしれないけど」


「それにしてもどこから湧いてきたんだろう、あのオーガ」


「明らかに人為的な手が入っていること、巫女様を連れて帝国領土に侵入しようとしたこと、機械化技術の観点からも明らかに帝国からだろうな」


「だな。魔法を使えるオーガなのに魔法を使ってこなかったところ辺り魔法嫌いの帝国らしいぜ」


 全員がうんうんと頷いていると、服を着替えた巫女様がソフィーらにお礼を述べ、ぺこりと頭を下げる。そして、ソフィーはこの旅の目的、マリアを復活させる方法について尋ねた。


 それを聞いた巫女様は目を閉じ、手を合わせて、女神様に祈りをささげる。すると、合掌した手がほんのりと金色に輝き、数秒後には収まってしまう。そして、ゆっくりと目を開けた巫女様はソフィーにお告げの内容を伝える。


「女神さまはこういいました。はじまりの教会に待つと」


「はじまりの教会ってなんですの!?」


「教会なんて小さな町にもあるし、手あたり次第に当たっていたらきりがないわよ!」


「ううん、大丈夫だよ」


 お告げのせいで動揺している中、ソフィーだけは冷静でいられた。もしかすると、心のどこかではゴール地点がわかっていたせいなのかもしれない。


「お姉ちゃんにとって、そして私にとって、はじまりの教会は1つしかないよ」


 ソフィーは母親から聞いたことのある奇跡の話を思い出す。


(幼い私が命を救ってもらったあの教会。そのときのシスターが多分……)


 ソフィーの短くも長かった旅は遂に終着点を迎える。彼女の旅のゴールはスタート地点にこそあったのだ。


 森の奥深く、誰も出入りすることなく、忘れ去られたさびれた教会。


 誰もいないはずの教会は静寂の中、ソフィーたちの訪れをただ待っていた。


 全てはここから始まった。

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