第29話 ヨシュアとの邂逅

 ソフィーたちは王都から少し離れた草陰からその様子をうかがっていた。くるりと囲んでいる城壁を数体のガーディアンが日夜問わずに徘徊している。悪魔騒動のせいで警戒が強くなっているのは騎士団に追われている身となってしまったソフィーたちにとっては好ましくなかった。


「さて、これからどうする?」


 クラインが確認のため、皆に聞く。ソフィーの目的はあくまでも聖堂教会に行くことだが、悪魔騒動後の王都の様子も気になるところではある。それは悪魔騒動で追われる身となった騎士団の面々も同じだ。


「どうするもこうするも忍び込むしかねぇだろ」


「だけど、この警戒網を突破して……ってのは無理よ。ガーディアン1体にでも見つかったら30体に追われるって考えないと」


 アリスの言葉にどこかの黒光りする生物を連想し、ソフィーは少し身震いした。


「……だったら正面突破しましょう」


「はあ? 何言ってんだ。そんなのできるわけ……」


「いいえ。ありかもしれませんわ。いろいろと問題となっているのはあの騒動で騎士団と戦闘を行った私たちだけ」


「でも、あのとき、私はマリアお姉ちゃんになっていたから、誰かにあの戦闘を見られていてもお姉ちゃん=私に結びつかないはずです」


 ソフィーはいつも厳しい戦闘の際に戦って守ってくれるマリアに感謝していた。ソフィーを大切にしてくれたマリアが居てくれたから、この策が打てるのだ。


「そういえばそうか。倒した時にはあの付近の避難を終わらせていたから戻るところは誰にも見られてねぇな」


 ソフィーの提案に一同がうんと頷き、ソフィー単独の正面からの隠密行動にすべてをかけた。


 ソフィーが緊張した様子で手配書を見比べている門番の横を通過する。通過する際にちらりと見た手配書にはクラインやキース、姉のマリアの顔が映っていた。どうやら、自分の読み通りあの会場で戦った人たちだけが対象のようだ。


 門を通り抜けるとそこには少し数日前まであった華やかさや喧騒はなりを潜め、散乱したがれきを片付けるゴーレムや家の屋根や壁を直している大工の男性らが働き、他の人間も彼らのために弁当の差し入れを行っている様子が見受けられた。


 ソフィーが通りを歩いていくと、マリアがクレアにダガーを選んだ店が目に付いた。数軒先まで火の手が上がったのか外壁に焼け焦げた様子が見えるが、武器屋までは届いていなかったようだ。マリアの中からとはいえ、見知った店が被害を受けていなくてほっとしたソフィーはその店へと足を運んだ。


 店の中は被害を受けていなかったこともあり、あのときのまま剣や盾が飾られている。ソフィーはかつてマリアが最後に手に取った箱の中からよさそうなダガーを1本取り出し、ぼんやりとしている店主のところに持っていく。値札に書かれていた金額を支払おうとしたとき、店主から声をかけられる。


「ん? お嬢ちゃん、変なことを聞くが姉さんはおらんか?」


「……いました。でも、あのときに……」


 涙ぐんだソフィーをみて、しまったと思う店主。あの騒ぎでは暴徒となった騎士団を含め一般市民も少なくない犠牲者が出ていた。そのことを失念していた店主はどう声を掛けたらいいのかわからなかった。

 しかし、ソフィーはすぐさま涙をぬぐって、悲壮感を漂わせないようにする。


「でも大丈夫です。いつまでも立ち止まっていたらお姉ちゃんに会えないから」


(会えない? ああ、死んだ姉に顔向けできないということか……)


 ソフィーの言葉からそう思った店主は「会えると良いな」と言って、彼女が店から出ていくのを見届けるのであった。



 激闘の爪痕が残る会場跡につくと、がれきは撤去されているものの綺麗だった石畳は無残にも破壊されたままだった。姉をなくした最後の場所ということもあり、ぎゅっと胸が締め付けられるような思いを抱いてしまう。

 だが、まだ立ち止まるわけにはいかないとソフィーは広場の中へと入っていくと資材を担いだガテン系の男性に呼び止められる。


「おっとここは工事中だから立ち入り禁止だぜ」


「ごめんなさい」


「謝らなくてもいいってことよ。見張りの奴サボっていたみたいだからな。しかし、王都の中心部で処刑なんて気乗りするもんじゃねえのわかるが……」


「しょ、処刑!? 一体誰の!?」


「そりゃあ、首謀者のレオン元騎士団長様だろ。悪魔騒動にかぎつけて国家転覆を狙っていたらしいからな」


「ち、違います!!あれは操られていただけで……」


 ソフィーはその時になって、初めてあのときの自分らの行動を振り返った。亡き姉があの悪魔の特性を知っていたからこそ、近くにいたクラインらは操られることなく最後まで戦うことができた。

 しかし、何も知らない人間があの戦闘を見れば反旗を翻し、守るべき民衆を虐殺した騎士団と身内を殺しまわっている騎士団にしか見えないのではないかと。


 無論、それはすべて誤解であることは自分らがよく知っている。でも、それを詳細に伝えることができる唯一の人間はもう居ない。


(だけど、こんなの間違っている。だったら……)


「その処刑をしようとしている人を教えてください」


「えっ……今の最高責任者は確かヨシュアだったと思うが。今なら視察で……おっ、ちょうど良いところに来たみたいだぜ」


 中央を歩くメガネをかけた生真面目そうな男性がヨシュアだろうと思ったソフィーは彼のそばに駆け寄る。悪魔騒動の後ということもあり、彼の部下と思われる男性数名が彼の前に立ちふさがる。彼らと争うために来たわけではないソフィーは彼ら超しにヨシュアに話しかける。


「ヨシュアさんですよね」


「いかにも。君は……報告書で読んだことあるな。ソフィーちゃんだったかな」


「はい、そうです」


「邪龍騒動の際はこちらの団員との協力感謝する。そのお礼としてはなんだが話くらいは聞いておこう」


「ええ、実は……」


 ソフィーは悪魔騒動のことを事細かに話す。これで誤解が解けるのであれば、きっと団長の処刑も解除されると信じて、彼らに真実を訴えかける。それらを聞いたヨシュアは彼に似合わない暗い目をしてソフィーに話す。それはできないと。


「なんでですか!?」


「仮にそれが真実だとしても私たちにそれを証明する術がないからです。情報提供先が何の実績もない年端もいかない少女ならばなおのこと」


「うっ……それは……」


 ソフィーはヨシュアの正論に反論できない。逆の立場なら自分でもそうする。誰だってそうする。


(もし、お姉ちゃんが居たら違っていたんだろうなぁ……)


 魔獣騒動を解決し、邪龍騒動にも参加、悪魔騒動ではデーモンに引導を渡し、女神と呼ばれているほどの知名度も実績もあるマリアがこの場にいれば、ヨシュアの反応は大きく違っていたに違ない。


(だったら、もし、お姉ちゃんを連れてくることができたらすべて解決する?)


 そう思ったソフィーはヨシュアに取引を持ちかけることにする。彼もまた騎士団長が反旗を翻したと本気で思っていないのはヨシュアの反応から見て取れたからだ。ならば、取引できる確率は十分に高い。


「あの、デーモンのことはお姉ちゃんから聞いたんですけど、もしお姉ちゃんを連れてきたら証明になりませんか?」


「貴方の姉がいくつか知りませんが、一般市民である以上証明にはなりませんね」


「それが……コダインで女神扱いされている人でもですか!」


「な、なんですって――!?」


 ヨシュアは今世紀最大の衝撃を受け、メガネが割れてもおかしくないような大げさなリアクションをとった。目の前の少女が世間で噂されている正体不明の女神(ヒーロー)、その妹というのだから。ヨシュアは目の前の少女をマジマジとみる。


(髪の色、目の色はまるで違います。嘘だと一蹴すればそれまでですが、生徒らを調べさせた部下の報告書に書いている母親もそれらは異なると書いてありましたね……連れ子か特異的なものか……いずれにしようこの子と話す必要がありそうです)


「いいでしょう。貴方とは詳しく話す必要があります。貴方たち、視察を任せますがよろしいですね」


 ヨシュアの無茶ぶりに慣れているのか「もちろんです!」と威勢よく部下たちは返事をする。ソフィーを連れて王都から離れたかつてマリアとキースが共闘した岩場へと向かった。

 ここなら誰かに聞かれる心配はないと思ったソフィーだったが、ヨシュアは急に岩場の陰に話しかける。


「ここまで離れれば私たち以外居ないでしょう。隠れていないで出てきたらどうです?」


「二人だけで尾行しやすい速度で歩いていたから、まあ、バレているだろうなと思っていたけどよ。もう少し間をおいてもよかったんじゃねぇのか?」


 岩場の陰に隠れていたキースを皮切りに気配を殺していたクライン、アリス、クレアが順に出てくる。


「私は忙しい身なので、貴方たちとは違ってね」


「けっ、口は相変わらずだな」


「どうも。貴方たちに問いますが、彼女の言っていた天災級悪魔デーモンの特性は本当なのですか?」


「だから何度も言っているじゃない!あれは正当防衛だって」


「ああ、本当だ。無防備な自分に攻撃を仕掛けた人間の魂を奪い、抜け殻を操る。操っている最中は攻撃できず、攻撃すれば魂はその身に戻る。だからと言って攻撃を仕掛けなければ、悪魔自身の圧倒的な力で制圧されていたことは想像に難くはない。団長の突撃は悪手ではあったが、最小限の被害に抑えられたとも言い換えることができる」


 自称女神の妹と名乗る少女に悪魔騒動が起こるまでは信用を置いていた騎士団の面々、彼らが一緒にパーティを組み、しかも親しげにしているとなれば、その接点は限られてくる。つまり、ソフィーという少女は本当に女神の関係者である可能性が高い。


 それを感じたヨシュアは憑き物が落ち、先ほどまでの張り詰めた様子もなく、温和な口調で話す。


「……そうですか。貴方たちが言うのであれば本当なのでしょうね。ですが、貴方たちは今や逃亡者。庇うことはできても、情報提供先として話すことはできません」


「だったら答えは一つしかありません。聖堂教会に行ってお姉ちゃんの手がかりを見つけ出して、お姉ちゃんに真相を話してもらうことです」


「最初、俺はそれを求めてレーラントに向かっていたんだがな……何の因果か出戻りしちまったが」


「貴方たちが言うように彼女の姉をよみがえらすことができれば、団長の処刑や貴方たちの冤罪も取り消すことも夢ではありません」


「ほんとうか!」


「ええ。こちらも色々とやることがあるので、直接手助けすることはできませんが、処刑日についてはこちらも裏工作をはじめできるだけ延ばすのと、貴方たちに追手が来ないように取り計らいましょう」


「それだけでも大助かりよ!」


「ええ。敵でない身内同士の戦いなんて不毛でしかないですわ」


「みんな行こう、聖堂教会へ!」


 目的が一つとなったソフィーら5人は聖堂教会へ向かうため、歩を進めた。それをヨシュアは彼らの姿が見えなくなるまで、見送っていた。


(頼みましたよ、キース、クライン、アリス、クレア、そしてソフィー。貴方たち5人に騎士団の命運がかかっています)


 彼らを見送ったヨシュアは踵を返し、自分を待つ別の戦場へと向かうのであった。

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