美味しい!が聞きたくて
ソフィア
第1話我が家の定番!鶏のから揚げ
娘が生まれた夏の終わり、その年の1月1日に生まれたという男児を抱っこしたおばあちゃんが、夕方になると散歩をしていた。
「きぃちゃん、あついねぇ。女の子はおとなしねぇ。この子は快って言うんだよ。よろしくねぇ。」
「快くん。よろしくお願いします。」
きぃのママは、きぃをのせたベビーカーを揺らしながら、そう応えた。
それから毎日のように、夕方の涼しい時間に、快くんときぃちゃんは、夕涼みの散歩の間に、出会うようになった。そして、世代の違うおばあちゃんとママはおしゃべりを楽しんだ。
「快はねえ、ミルク育ちだから真ん丸なんだよ。きぃちゃんは母乳なのに、よく育ってるねぇ。」
おばあちゃんはいつも、快くんにもきぃちゃんにも、そしてきぃのママにも優しい口調で話しかけてくれた。きぃのママもなんとなく、その優しい口調に、初めての出産を終えて2ヶ月を過ぎた、育児と家事とに追われる目まぐるしい日々の癒しを感じていた。
快くんのおばあちゃんとは、色々な話をした。快くんのおじいちゃんはずっと病気であったこと、働けなくなったおじいちゃんに代わり、おばあちゃんがずっと働いていたこと。快くんのママはシングルマザーであること。自分が育てるからと、快くんを産ませたこと、などなど、きぃのママとは、全く違う境遇であったのに、快くんのおばあちゃんの快くんを大切にする愛情が、とても豊かで、その全身から、言葉からあふれ出ていて、自分やきぃにまで伝わってくるような気がしていた。
毎日会うようになって数週間が経ったある日、突然、おばあちゃんが尋ねてきた。
「きぃちゃんのお家、今日は夕飯に何を食べるの。」
きぃのママは、少し驚いたけれど、急な問いかけでもあったので、素直に、答えた。
「今日はお刺身と、冷しゃぶサラダにしようかな。と思ってます。毎日考えるのが大変で。」
「本当だよねぇ。お刺身はすぐ出せるから、うちの旦那さんもよく食べてた。お酒が好きだったから、食卓に着くとすぐお酒、つまみがないとね。」
「そうですね。食べながら飲んでもらわないと。」
「昔、田舎の方に住んでいた時は、近くの農家の人に頼んで、枝豆を分けてもらってたんだよ。穫れたての枝豆は、そのままでも食べられるように美味しくて、時期になると、毎日分けてもらってたんだよ。」
きぃのパパは枝豆が嫌いだったが、ママは大好きだったので、その話に飛びついた。
「えぇ、取れたての枝豆なんて、いいなあ。」
「そう、枝からはさみで切る。切り口は枝との付け根から割と話して、ざるに入れて、まず塩でもんで、産毛をとって洗う、もう一度塩をして少しおいて、ゆでると甘くなって美味しいんだよ。」
「美味しそう。今度やってみます。でも、穫れたてにはかなわないなあ。」
「やってごらん。売っているのでも、甘くておいしくなるよぅ。」
言われた通り、スーパーで青々とふっくらした枝豆を見つけて、作ってみると、本当に甘くておいしい枝豆に仕上がったのだった。
ある日のこと、めずらしくスーパーの買い物袋を片手に、快くんを抱えているおばあちゃんに逢った。
「お買い物ですか。」
「そうなんだよ。私のから揚げが食べたいってお客さんから言われたらしくて、今夜仕込んでおこうと思ってね。」
「から揚げって、どんなふうに仕込んだらいいですか。」
聞けば評判のいいから揚げということで、きぃのママはすかさず作り方を伝授してもらおうと思った。
「私のから揚げはね。」
そう言いながら、快くんのおばあちゃんは懇切丁寧に、作り方、保存の方法まで教えてくれた。
鶏のもも肉を一口大に切って、塩コショウでもむ。つけだれは、酒と生姜とにんにくと醤油。それに付け込んだら、1回に食べる分量をたれごと袋に分けて冷凍する。溶かすときは、ざるにあけて、自然解凍。余計なつけだれが落ちて、後は片栗粉を付けて揚げる。
「つけだれと一緒に冷凍するんですか。」
きぃのママはこの保存方法が初耳だったので、確認をした。
「そうだよ。鶏肉のままでもなく、粉をつけてからでもなく、漬け込んだ鶏肉を1回分に分けて冷凍する。それがコツなんだよ。」
その後、きぃのママはずっとこの作り方を実践し、きぃが幼稚園に行き始めてからは、お弁当用として1回分ずつ袋に分けて、冷凍した。解凍方法もおばあちゃんの言った通りにすると、片栗粉が付きやすく、カラッと揚がった。お弁当箱に入らなかった分を、つまみ食いをして、美味しさを確かめたのだった。
きぃとその弟が大きくなると、お弁当の分を余計に作って保存用にした、そうしないと、夕飯のおかずに作るから揚げは、どんなに大量に作っても、子どもたちは平らげてしまうのだった。
きぃが大学生になった時、何回かお弁当を持っていきたいと言ったことがあり、お別当用として冷凍しておいたから揚げを多めに持たせた。
「後輩が、から揚げ<カミ>って言って食べてくれた。」
と絶賛されたと、空になったお弁当箱を持って帰ってきた。
「これがいつもの家のから揚げだよ。って自慢してきた。そしたら、先輩これ売れますよ。って、絶賛された。カミですよ、カミ。って。」
私は照れもあったけど、考えたら快くんのおばあちゃんのメニューだった。
「お弁当で冷えても美味しいなら、本物かもね。」
「あ、そうだよね。いつもは揚げたてを食べていたのに、お弁当でも、そうだよね。なんか、いつものことだから、気が付かなかったけど、そうだよね。」
我が家の定番の、快くんのおばあちゃん伝授のから揚げは、あの日、きぃがまだベビーカーに乗りたての頃に教わってから20年が過ぎる中で、我が家の定番となり、さらにお弁当では売れるとまで絶賛されるほどのメニューになっていた。
快くんのおばあちゃんは快くんが中学校入る直前に、この世を去った。愛情たっぷりのおばあちゃんは、快くんの成長を誰よりも喜び、快くんを連れて歩かなくなった頃でも、必ず、その日の快くんの話をたっぷりと聞かせてくれていた。どんなにか中学の制服を着た快くんを見たかっただろうかと、楽しみにしていただろうかと、一年遅れできぃが中学生になった時、きぃのママは思った。
快くんと快くんのママは、おばあちゃん亡きあと引っ越して行ってしまって、今は会えないけれど、快くんのおばあちゃんのから揚げは、いつまでもきぃの家の定番メニューとして、そしていつか、きぃの家庭でも定番メニューになることだろう。
美味しい!が聞きたくて ソフィア @asakurasat
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