第六章……やるからには全力で倒させてもらう
第30話 こうなったらやるしかない!
青々と茂る木々は風に揺られて、暑く照り返してくる太陽を生徒たちは浴びる。この世界に蝉がいれば今頃、ミンミンと五月蠅く鳴いているだろう。そんな夏本番、ノアが襲われてから七日経った。
エラの尋問がどうなったのかは分からないが学園側の警備が厳重になったのは見てとれた。王子の監視も厳しくなっており、一人での行動を禁止されている。
今は学園創立祭の準備が行われていて、これはゲームでいうならば終盤だ。生徒たちが作業をしているだろう頃にカナリアは外廊下を走っていた。
猫耳尻尾を出して全力で走る。彼女とすれ違うたびに学園創立祭の準備をしている生徒たちが目を丸くさせていた。
(こうなったらやってやろうじゃないのっ)
この七日間、カナリアは考えて決めた。ストーリーを進めるフラグを回収してきたのは自身だ。フィオナが攻略する様子は微塵もなく、このままでは邪竜の封印は解かれてしまう。
攻略情報が自身の頭にはあるのならば復活を回避できるのではないか。できなくとも、被害を最小限にできるのではないかとそう考えたのだ。
敵対キャラクター、ボスである魔導士はこの学園内に潜んでいる。彼は変装の達人なのだがゲームとは違った変装をしている。
これはカナリアが本来のゲームと違った行動をしたために物語が変わってしまったのではないか。それぐらいしか原因が思い当たらない。
カナリアがストーリーを進めれば進めるほどに内容が変わっていく、なんと面倒なことだろうか。それでも諦めるわけにはいかない。
(確か、何か所か罠があったはず……)
学園側の注意を引き付けるための罠が仕掛けられているはずだ。発動する前にそれを解除しなければならない。
ただ、それには問題があった。カナリアは補助魔法の類は苦手ので上手く解除できる自信はなかった。
見てみないと分からないので何とも言えないのだが最悪、無理矢理にでも壊すかとそんな強引な手を考える。
「カナリアっ!」
「ノア様どいてくださる!」
「断るっ!」
そうやって走っていれば、学園創立祭の準備をしていたであろうノアが廊下の角から現れた。なんでこの王子とはよく会うのだろうか、偶然にしても出来すぎている。
どいてくれと言っても彼は避けることなく、むしろ両手を広げて仁王立ちしている。なんだ、本当に。カナリアがノアを避けようとすれば飛びついてきた。
「離してくださるかしらっ?」
「嫌だぁああ、猫耳尻尾は逃がさないぃぃ」
ノアは抱きしめながら叫ぶ。ここで叫ぶのはやめてくれ、周囲の目を集めるだろうとカナリアは思わず眉を寄せる。
そんなカナリアに気づいたのか、ノアは不思議そうに見つめていた。
「どうしたんだい、カナリア」
「ノア様には別に関係ないことですわ」
「そうかい? なんだか困っているように見えるのだけれど?」
ノアにそう指摘されてカナリアは黙る。確かに罠をどうやって解こうか考えていた。正直なことを言えば、無理矢理に壊すのは怖い。
そこでふと、思い出す。確か、ノアは魔法全般が得意だったはずだ。彼ならば、解くこともできるのではないだろうか。
(でも、巻き込むのは……)
彼は王子だ。彼の身にこれ以上、何かあれば問題になるのは避けられない。ただでさえ、一度狙われた身なのだ。今は彼の父も捜査の協力という名目で黙認しているとはいえ二度目はないだろう。
カナリアが迷っている様子にノアはそっと抱きしめる手を放す。
「カナリア。僕は君の力になりたいんだ」
「……また危険な目に合うかもしれませんわよ」
カナリアから出た言葉にノアは目を丸くする。そして、「尚更のこと君一人でやらせられないよ!」と彼は言った。
「君が危険な目に合うほうが嫌だよ、僕は!」
カナリアはノアの発言を聞きながらどうしたものかと考える。彼に手伝ってもらうのが一番ではあるのだが、なんと説明すればいいのだろうか。
罠が仕掛けられているのを解除しようとしている。そんなこと、どうして知っているのだと問われてしまっては答えられない。
ノアを見れば彼は真っ直ぐな瞳を向けていた。真剣なその眼に適当な嘘は通用しないだろうというのを理解する。
「……ここではお話できないことなのだけれど」
ちらりと周囲を見遣る。学園創立祭の準備をしている生徒がちらちらと見ているのでこんな場所では話すことはできない。
「なら、場所を変えよう」
ノアが「王族のみが使用できる庭園ならば問題ないだろう」と言えば、カナリアはそこならばと頷いた。
巻き込みたくはなかったがこうなった彼から逃げることは難しい。どこまででも追いかけてくる気がするのだ。
***
庭園を訪れたカナリアとノアは周囲に誰もいないことを確認する。しんと静まりかえるその場所には二人以外誰もいない。
テラスへと案内しようとするノアにカナリアは時間がないのと告げる。
「時間がない?」
「信じてくれるか分からないし、訳は話せない。でも、今から言うことは本当のこと」
カナリアは学園に罠が仕掛けられていることをノアに話した。彼は驚いた様子をみせてはいたが冷静であった。
何かを考えるように腕を組んでカナリアの話に耳を傾けている。
「先生には?」
「言えないわ。教師の中に犯人が紛れ込んでいるかもしれないもの」
カナリアが「エラがそうだったように」t言うとノアは納得したようだ。もし、話した教師が犯人であれば別の行動をしかねない。下手すれば、危害を加えてくる可能性もあるのだ。
ムハンマドに言うといことも考えたのだが、彼が動けば相手も気づくことになる。犯人がムハンマドの動きに警戒していないわけがない。
「気づいているワタクシにしかできないの。他の教師は信用できないから」
「なるほど」
どうして知っているのか、それに関してはノアは聞かなかった。言えないと口にしたからだろう。
ノアに「場所は分かっているのかい?」と問われて、カナリアは「だいたいは」と答える。攻略情報が正しければ、あるいは内容が変わっていなければの話だが。
「カナリアは補助魔法は得意かい?」
「苦手なの」
「それでよく、罠を解除しようとしたね」
「見てみないことには分からないもの」
そうだけれどとノアは呆れたようにカナリアを見る。最終手段である壊すという考えを見抜いたようだ。
まだ壊すとは言っていないのだがとカナリア思うも表情に出さずに見遣れば、ノアは何か考えている様子であった。
「うーん。罠を見てみないことには分からないね。どの魔法を軸に構築されているのかとか、それによっては解除方法も変わってくるし」
罠なのだから、上級魔法であることは間違いないだろう。問題はその軸となった魔法と構築で、それさえ分かれば多少時間はかかるかもしれないが解けなくはない。
自信があるわけではないがやってみる価値はある。
「とりあえず、一つ目のを見てみるかな」
「本当に手伝う気ですの?」
その言葉にカナリアは問う。それに対してノアは「どうして手伝わないってなるんだい?」と不思議そうに首を傾げた。
「言っただろう。君が危険な目に合うほうが僕は嫌だよ」
「でも……」
「心配ないさ」
ノアはぱちりと指を鳴らすとすっと何かが現れた。白髪の老紳士、ベルフェットだ。彼は膝をついて頭を下げている。
「彼。僕が襲われてから、ずっと傍を離れなくてね」
「わたくしめの失態でございますゆえに」
「気にしなくていいのに」
ノアはふっと息を吐く。ベルフェットはほんの少し、目を離してしまったことを後悔しているようだった。そのせいでノアに被害がいってしまったと思っているのだ。
ノアは気にしなくていいと言っているがベルフェットはそうはいかない。彼を守るために仕えているのだ、守り切れなければ意味はない。
話も全て聞いていたようで罠の解除の手伝いもしてくれるようだ。
「ベルフェットはその手の罠を解除するのに長けている。曲がりなりにも僕に仕える護衛兼召使いだからね」
「ある程度のものでしたら問題ありません」
ベルフェットは下げていた頭を上げて目を光らせる。その瞳は君主の期待を裏切らない、そう言っているかのようだった。
彼が敵対キャラクターである可能性は低い。それを断言できるのは攻略情報があるからなのだが、キャラクター設定でベルフェットはノアに忠義を誓っていると記されていたからだ。
ベルフェットは任務に失敗した諜報員だった。処罰をされる、そう思った時にノアが自身の召使いにしたいと申し出た。彼はそれを恩義に思っている、そんな設定だ。
彼が裏切るということはほとんどないだろう。それにもう話を聞かれてしまったのだ、取り返しはつかない。
「よし、急いだほうがいいんだろう? なら、行こう!」
ノアはやる気満々といったふうにカナリアを見る。確かに急いだほうがいいのだが、そう思いつつ返事する。
カナリアは二人を連れて一番近いであろう罠の元へと向かった。
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