第31話 そう都合よくはいかないものだ


 それは別棟の校舎近くにある魔馬の厩舎裏に罠は仕掛けられていた。そこは滅多に人が訪れることはないそこは木々に囲まれており、ぼうぼうと雑草が生い茂っている。


 そんな雑草の影に隠れて木の根付近に魔法陣が一つぼんやりと浮かんでいた。カナリアとノアは少し離れた位置からそれを観察する。



「これは音と破裂の魔法が軸となっております」



 ベルフェットは慎重に魔法陣を観察して言った。この魔法は簡単に言えば、爆音を鳴らして爆発するだけのものだ。


 だが、爆発の威力は厩舎を簡単に破壊できる。魔馬は無事では済まず、無事だったとはいえ爆音と爆発だ。彼らは音に敏感なので混乱して暴れまわるのは想像できた。



「この混乱に乗じて何かするつもりだったのかな?」

「どうでしょう。まだ罠はあると思いますわ」


「でしょうな。これは手慣れた者の仕業にございます。久方振りに拝見いたしました」



 ベルフェットは「この手の者は他にもやっていることでしょう」と冷静にそう言って、仕掛けられている罠の解除を始める。


 彼は王族護衛として仕えるだけあって熟練された腕前見せくれた。簡単にとは言わないものの、手際よく構築されている魔法を解いていく。


 魔法陣がふっと消えて、ベルフェットは「済みました」と言うと一礼する。思っていた以上に早いことにカナリアは驚いていた。



「すごいですわね……」

「これでも幾多の罠をかいくぐり、諜報活動をしていましたので」



 ベルフェットは「この罠を仕掛けた存在は熟練された魔導士かそれに準ずるものでしょう」と言う。魔法の構築から見てそう感じたらしい。



「これは迂闊に触れると発動するようになっておりました」

「よかった、カナリアだけにさせなくて」

「その言い方、なんですの」



 不機嫌そうに尻尾を振ってノアを見遣れば、彼はてへっとウィンクをするだけである。確かに自身がやらなくて正解ではあるのだが、他人に言われると少しだけ苛立つ。


 周囲を再度、他に罠がないのを確認して三人は次の場所へと目指す。



「カナリア、次は何処なんだい?」

「三学年棟の裏ですわ」

「また厄介なところに……」



 三学年棟の裏は実習棟のすぐ近くだ。その傍には倉庫が近くにあって次の罠はそこに仕掛けられていた。此処から少し離れた場所だ、走ればそう時間はかからない。



「走れば時間はかからないけど、三人でそれをすると目立つね」

「そうですわね……」

「まぁ、のんびりとは言わないけど、怪しまれないように歩いて行こうか」



 人目のつかないうようにと気を付けて道を選んでも、今は学園創立祭の準備中だ。生徒はあちこちに散らばっているので姿を見られることは避けられない。


 急ぎつつも焦らずにと言ってノアは歩き出した。


         *


  カナリアたちは罠を解くために学園内を駆け巡った。三年学年棟の裏の罠を手早く解除し、次の罠がある場所である半棟の裏に向かった。


 そこにはサボっている生徒が何人かいた。これはどうしたものかと考えていると、ノアが動いた。サボっている生徒たちのほうへ行き、こう言ったのだ。



「先生が見回りに来ている。此処にもうすぐ来るだろうから、面倒になる前に移動するといい」



 ノアの忠告というのは凄かった。王子というのもあるが彼の評判は良いだからだろう、サボっていた生徒は仕方ないといったふうに何処かへ行っていしまった。


 他にも何か言っていた様子ではあるのだが小声だったのでよく聞き取れなかった。それが決め手になったようにも見えるが、ノアは笑みをみせるだけで教えてはくれない。



「さて、いなくなったことだし、探そうか」



 そう言ってノアは探し始めてしまった。少し気にはなるが今は罠の解除のほうが優先なのでカナリアも周囲を見渡す。


 半棟の裏は木々が生い茂っており、視界が悪い。この学園が森に囲まれているというのもあってかこういう場所はよくある。


 茂みのほうを探してみればぼんやりと魔法陣が浮かんでいた。ベルフェットはほうと小さく声を漏らしながら慎重に罠を解いていく。



「これはあれですな。三つの罠が連動して発動するように仕組まれていたようでございます」



 ベルフェットが言うには一つの罠が発動すれば連鎖し、残りの罠が発動するようになっている。


 今はもう解除しているので発動することはないが、少しでもミスをすれば他の罠が発動するようになっていたという。



「これはほんとにカナリアだけじゃなくてよかったね」

「ワタクシが何かするみたいな言い方ですわね、それ」

「壊そうとしていただろう?」



 何故、分かるのだ。カナリア最終手段として壊すという考えもあった。それは口には出していないはずなのだがそれをノアは見抜いたのだ。


 彼には嘘がつけないので黙るも猫耳をピクリと動かしていた。そうしていれば、ノアは笑って「大丈夫だよ」と言った。



「毎回、嘘見破りの魔法を使っているわけじゃないからね。あれも地味に魔力使うから、真偽を見抜く時だけしかやらないよ。あと、僕はカナリアを信じているからね」



 ノアに「君には使わないさ」と言われてカナリアは何とも言えない表情をみせる。どうしてそこまで信頼できるのだろうか。嘘の無い瞳で言ってくるものだから余計に不思議であった。



「罠の解除、終わりました」

「ありがとう、ベルフェット。カナリア、次はあるのかい?」

「ワタクシが知っているのはこれで最後ですわ」



 ゲームの攻略情報が正しいのならば、罠はこれで最後のはずだ。いくら、自身が動けばシナリオも変化していくとはいえ、流石にここは変わってほしくはない。


 カナリアの返事にノアは頷いて少し考える素振りをみせた。何か思うところがあるのだろうか。その様子を観察していればノアと視線が合う。



「どうしたんだい、カナリア?」

「いえ、何を考えてらっしゃるのかなと」

「あぁ、犯人の目的はなんだろうかと思ってね」



 犯人の目的、それを知っているのはカナリアだけである。彼は復讐のために邪竜を復活させようとしているのだ。けれど、ノアはそれを知らない。


 カナリアは教えることはできなかった。何故、知っているのかと問われれば、答えられないからだ。だから、知らぬふりをして口を開かなかった。


 罠を解いたのはいいが次が問題だ、敵は必ずフィオナを狙ってくるだろう。王族の血も必要なのでノアかルーカスも標的だ。


(相手がどう動くのか……確か攻略情報では……)


 攻略情報が正しいのであれば、学園創立祭の準備途中で事件は起きる。その前に罠を解除できたのは良かったが事件のタイミングがまだ掴めていなかった。


 フィオナのことはシャーロットに任せている。彼女が一人にならぬように、何処かに行かぬように見張るように頼んでおいたのだ。もちろん、クーロウにも気を付けるように言ってはいる。


 彼らはカナリアの指示に少し不思議そうであったが、最近は何かと危険だからとそれらしいことを言って納得してもらった。


 ルーカスはフィオナの傍にいるのは分かっている。それに、今は警備が厳重になっているので傍に護衛がついているのだ。何かあれば騒ぎになるのは間違いない。


 ただ、不安でもあった。ルーカスが大人しく従ってくれているのかと。



「じゃあ、そろそろまたサボりにくる生徒も来るだろうし、引き上げようか」



 ノアはそう言って半棟の裏から出ていったのでカナリアもそれに着いていく。


          *


 本棟の寮のほうへと戻っている途中だった。学園創立祭の準備で忙しなく動いている生徒を縫って、駆け走ってくる者がいた。



「カナリア様っ!」



 シャーロットは息を切らしながらも、叫ぶ。カナリアと目が合うと申し訳なさを顔に滲ませて駆け寄ってきた。



「カナリア様~、申し訳ありません~」

「どうしたの?」

「フィオナさんとルーカス様がいなくなりましたっ!」



 シャーロットは涙を溜めた瞳を向けていた。どうやら、ルーカスは監視されているのが嫌になったようだ。フィオナを連れて護衛の目を盗み、何処かに行ってしまったのだという。


 カナリアは頭を抱えてしまった。あの王子が大人しくしているとは思っていなかったが、まさか学園創立祭の準備を放り出して何処かに行くとは思わなかった。


 いや、カナリアも学園創立祭の準備を手伝わずにやっているので人のことは言えない。



「カナリア、どうしたんだい?」

「ノア様、申し訳ありませんわ。シャーロット、クーロウさんは探しているのね?」


「は、はい。あたしはカナリア様にご報告するために別れました」



 事件のタイミングは時間的にもうすぐのはずだ。カナリアはシャーロットに貴方は校舎から離れた場所にいなさいと指示を出して駆けだした。



「カナリアっ!」

「フィオナさんとルーカス様を探しますので!」



 ノアにそう返事をしてカナリアは走り出す。本来の姿である猫耳尻尾姿のため、速度が上がっている。そんな様子にノアは小さく息をつくとその背を追いかけた。



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