第27話 放っておけるわけないじゃない!
「あー、もう苛つく!」
とある実習室、様々な実験道具が並べられている机の前に立つのはエラだ。閉め切られたカーテンによって薄暗くなった室内で何かを調合している。
ふっと頭を振って金の髪を靡かせると狐耳をぴくりと動かしながらエラは舌打ちをする。彼女が苛立っているのはノアのことだ。
彼の血を手に入れようと試みているのだが隙を見せてはくれない。それとなく誘惑をしてみるも、獣耳尻尾には反応するがそれ以外はまったく引っかからない。
もう日は経っているというのに血の一滴も採取できておらず、エラはかなり焦っていた。討伐訓練の時の失敗があるのでいつマシューに愛想を尽かされるのか考えるだけで震える。
「こうなれば、無理矢理にでもやってやるわ」
回りくどいことなどやっていられない、わたしはいつもこうやってきたじゃないか。エラは調合を終えたソレを手にしてにまりと微笑む。
事故に見せかけてこれを嗅がせれば、彼は幻覚に囚われる。その隙に血を採取すればいいのだ。
「嘘がつけないのが難点よねぇ」
彼は嘘見破りの魔法を使える存在だ。迂闊な嘘はつけない、それがエラにとっては厄介なものであった。
彼女は人を騙すのが得意で、それには嘘というのは必要不可欠なものだ。嘘を封じられては、騙すといのはなかなかに難しい。嘘をつかずとも人を騙すことは可能だがそれには話術が大事になってくる。
「もーう、嫌だわ! マシュー様以外は嫌! 子供になんて~わたしは興味ないの~」
王子であろうとも、顔がよかろうとも、子供には興味がない。エラは限界であった、ノアを相手にするのは。
「だいたい~、王子だから気を遣うのよ~。いくら、学園の生徒は皆、同じとかいうルールがあるからといっても~、気を遣うわけよぉ~」
少しでも不審な動きをすれば、嘘見破りの術を使われかねないのだ。神経を使うのでそれがさらに嫌だった。エラはむすっとした表情で調合し終えたソレを小瓶に詰め替える。
あとはどうやってこれを嗅がせるかな。ちょっと細工をして手伝ってもらっているところに零すかな。エラは考えながらその小瓶を大切にポケットに仕舞った。
「さぁて、媚びるのもこれで、お・し・ま・い」
エラはふふふと不敵に笑いながらワンドを振り証拠を隠すように実習室を片付け始めた。
***
ここ最近、カナリアと昼食をとれていないとノアは校舎の廊下を歩きながら溜息をついた。朝食はとれているけれど、昼休憩よりも時間は短い。会話というのが少なくて寂しいものだった。
というのも、ここ最近は教師のエラに手伝いを頼まれることが多かったのだ。彼女は新人なのでこの学園のことには詳しくはなかった。
他の教師は自身のことで忙しいということもあり、優等生でもあるノアに助けを求めるというのも分からなくはない。
これも仕方ないことかとノアは頼られて悪い気はしないので手伝い自体はそれほど苦ではなかった。
彼女は狐の半獣人のハーフだ。あの色気漂う人間に、狐耳尻尾はとてもよく似合っていて目の保養にはなっていた。
「あれはあれでなかなかに良いのだが……」
「ノアく~ん!」
ノアの呟きを遮るように声をかけられた。この声には聞き覚えがある、今まさに考えていた存在であるエラだ。
相も変わらず、白いローブに露出度の高い魔導士服を着ている彼女は重たい荷物を抱えていた。
「ごめんねぇ~。ちょっと手伝ってくれる~」
「またこれは重そうな……」
「次の授業に必要なものなのよぉ~」
箱の上には何冊もの魔導書が積み重なっていた。よくこんな重たいものを一人で持てたものだなとノアがそう思っていると、「風の魔法よ~」とエラに言われてしまった。
風属性の魔法で荷物を軽く浮かせているらしい。けれど、永続的に魔法を使用するため、かなり疲れるのだとか。
「もう疲れちゃって~」
「分かりました、箱のほうを持ちますね」
ノアはエラから箱を受け取ると結構な重量であった。エラは「ありがとう」と笑みをみせながら魔導書を抱えた。
エラが担当している実習室まで運んでほしいらしい。確か、此処から少し離れた場所だったはずだ。これは重労働だなとノアは思うも口には出さなかった。
「ノアくん、助かる~。他の子だどちょっと心配なのよねぇ~」
エラは「ほら、わたしの実験に使うのって結構危ない薬草とかあるから」は眉を下げる。何が起こるかわからないので落としたりしたら大変なのは想像できた。
「これぐらいのことなら、僕で良ければ手伝いますよ」
「ありがとう~」
エラはにっこりと微笑む。他の男子が見ればきっと見惚れてしまうのだろうその笑みにノアは笑い返した。
(あ、ノア様だ)
そんな二人の様子を見かけたのはフィオナだった。教室へと戻る最中に見かけて思わず目で追ってしまう。
「あっちはエラ先生が担当している実習室だったかな」
ノア様も手伝い大変だなぁと二人が通っていくのをフィオナは見えなくなるまで眺める。二人の背を見送ると教室へ戻るために廊下を駆けていった。
*
昼休憩前の授業、戻ってきたフィオナはカナリアたちのほうへと駆け寄った。グループでの授業だったので一緒に固まって課題を片付けていたのだ。
「汚れてしまった手は大丈夫?」
「はい、問題ないです!」
そう言って、フィオナは手を見せた。授業中、インクの入った瓶を彼女は零してしまったのだ。そのせいで手は真っ黒になってしまい、教師に言われて手を洗いにいっていた。
机はカナリア達で拭いたので僅かにインクの匂いはするが綺麗になっていた。シャーロットは「全くアナタって」と息をついている。
「気を付けなさいよ~。カナリア様が汚れたらどうするの~」
「ご、ごめんなさいっ」
「汚れてはいないからいいのよ。ほら、ノートにまとめないと」
カナリアは特に気にしていなかったのでフィオナに座るように促す。彼女は申し訳なさげに椅子に腰を掛けた。クーロウが今ここをやっていると彼女に教えている。
それを眺めながらカナリアは本をめくった。
「あ、そういえばノア様を見ました」
「あら、今授業中よね?」
「エラ先生と一緒にいましたよ」
それを聞いてカナリアの手が止まる。それに気づいた様子もなくフィオナは続けるように「手伝いなのか荷物を運んでいました」と言う。
それだとただの手伝いだろうか、カナリアは攻略情報を頭から引っ張り出す。確か、エラが強引に血を採取しようとするのはどういう時だっただろうか。
「エラ先生担当の実習室に向かっているようでした」
ガタンと音を立ててカナリアは立ち上がって、その音に驚いた教室の生徒たちが一斉に振り返った。
「どうかしましたか、カナリアさ」
「先生。ワタクシ、ちょっと気分がすぐれないのです。医務室に行かせてくださらない?」
カナリアは顔色を悪くした様子を教師に見せる。それを見た教師は「すぐに行きなさい」と、医務室へと行くことを許可した。
シャーロットやフィオナの心配そうな様子にカナリアは笑みだけ残し教室を出る。廊下を歩いて角を曲がった瞬間、駆けだした。
(どうして、ワタクシなのかっ!)
カナリアは猫耳尻尾を生やして加速する。
エラが強硬手段に出るのは授業中、そして誰もいない自身が担当している実習室だ。今、フィオナから聞いた状況はそれだった。
これは本来ならば、フィオナが不審に思い着いていくことで発生するイベントだ。だが、彼女はそれをスルーしてしまったのでこのままではノアの血が奪われてしまう。
彼は確かに成績優秀ではあるがエラは香料などの調合に長けた人物だ。幻覚系のものを嗅がされれば隙というのが生まれるのだ。
これに気づいているのは誰か、カナリアしかいない。
「ワタクシは、主人公ではないのに!」
どうして、ストーリーを進めなくてはいけないのだ。
悪役令嬢としての役目を捨ててしまった報いなのか、これは。それとも、ノアに抱いているこのもやもやとした感情のせいか。
何故なのだ、どうしてだ。考えても考えても分からない。そもそも、どうして大した人気もない乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったのだ。
ワタクシが何をした、何もしていないじゃないか。こんなに必死になる必要なんてないはずなのだ。
「ワタクシはただ、自由に生きたいだけなのよ!」
生まれ変わったものは仕方ない。ならば、悪役令嬢の役目を捨てて自由に生きたい。ただの脇役として、優雅に過ごしたかっただけ。
「でも、放っておけるわけないじゃない!」
放っておくことなどできなかった。自身の無実を証明してくれて、好きだと言ってくれる存在を。無視など、放置するなどできるわけがなかった。
猫のように姿勢を低くし、狩りをするようにカナリアは走る。どうか、どうか間に合ってくれと願うように。
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