第26話 彼のことをどう想っているのか



 あくる日の放課後、カナリアは校舎の廊下を歩いていた。夕日に焼ける空は茜に染まっていて鳥たちが巣へと帰っていくのが見える。


 カナリアは大図書館から寮へと戻る途中であった、一人で授業の予習用の本を借りに行っていたのだ。


 生徒はもうほとんど残っておらずし静かで音も無い。そんな物静かな中でカナリアはぼんやりと歩きながら考える。


 ここ数日、ノアは昼食に誘ってくることはなかった。引っ付かれるよりはいいとそんなことを思っていたけれど、それが今は分からぬ感情に悩まされる種となっていた。


 ノアはどうやら教師の手伝いをしているようであった。優しい彼ならば断ることはしないだろうが、その相手があのエラ・イザラクなのである。


 カナリアは忘れそうになったことを思い出した。彼女は敵対キャラクターだ、何かを企んでいる。そう思い、必死にゲームの記憶を辿る。


 エラが狙う理由、それに心当たりがあった。それは邪竜の封印を解く鍵となる一つ、王族の血だ。ノアは隣国ではあるが王子であり、王族の血を継ぐものだ。


(ルーカスよりは狙いやすいわよねぇ……)


 ノアの性癖である獣耳尻尾フェチ、エラはまさにその姿をしている。彼を引っかけ、隙を見て血を採取するだけでいい。


 彼の血が狙われているのかもしれないと気づいているのだがカナリアは迷っていた。本来ならば、主人公であるフィオナが解決することなのだ。


 自身が手を出せばまたシナリオが変わってしまうのではないか、そんな不安があるのだ。


(ゲームだと、確かエラが強引に血を採取しようとするはず)


 隙を見せないノアに苛立ったエラが強引な手を使って血液を採取しようとする。これはノアルートに入っていなくとも起こるイベントだ。


 ここで事件を解決するとノアの親密度がさらに上がるようになっている。親密度が上がる、カナリアは複雑であった。


 これは主人公であるフィオナが解決することだ。カナリアはただの悪役令嬢役でストーリーを進める立場ではない。それと同時にフィオナにノアの親密度を上げてほしくないとも思っている。


 この気持ちはなんだろうか、不思議な感覚だ。もやもやとした感情はまだ心を支配している。


 考えても纏まらないことに苛立ちながらカナリアは外に目を向けた。丁度、外の通路に出たのでなんとなしに眺める。



「リオ様?」



 目に留まったのはリオの姿だった。彼は芝生の上に座りながら空を眺めている様子にどうやら一人のようだ。


 彼の背が何とも寂しげだったので声をかけてしまった。リオは振り向いて呼んだのがカナリアだと気づくと立ち上がった。



「どうしたんだ、カナリア」

「どうしたのかはこちらのセリフなんですけれど」



 カナリアが「こんなところで何を」と問えば、リオは少し恥ずかし気に頭を掻く。「いや、ちょっと」などと口ごもっていた。


 何か考え事でもしていたのだろうか、そう察したカナリアは特に深く聞くことなく彼の反応を待つ。そうやっていれば、リオは実はと話し始めた。



「フィオナに振られてしまってな……」



 リオはフィオナに告白したようだ。けれど、はっきりと断られてしまったらしく、それで黄昏ていたのだと。


 リオの告白を断ったということはフィオナはルーカスルートを進んでいるのだろうか。カナリアはリオの話を聞きながら考える。


 様子を見るに幼馴染ルートであるクーロウのほうにも進んでいない。ノアに至っては「カナリア様一筋ですもんね!」と全く自身のフラグを回収した形跡もなかった。



(親密度が上がったからリオが告白したけれど、フィオナはルーカスルートをかなり進めていたから断ることになったのかしら)


 それならば納得もできる、フィオナは王道ルートに決めたようだ。あとは彼女の気持ち次第といったところだろうか、かなり進めていることに少しだが驚いた。


 フィオナが主人公なのだからストーリーを進めてもらわないと困るのだがそれは言わないでおこう。



「リオ様はそれで落ち込んでらしたの?」

「まぁ、そうなるかな……」



 振られたのだから落ち込むのも無理はない。リオは僅かに表情を暗くさせて黒い髪に映える金色の瞳は寂しげだ。


 イケメンでも落ち込むものなのだなとかそんなことを思っていれば、リオから見つめられていることに気づいた。



「どうかしまして?」

「いや……オレはどうしたらいいんだろうなと」

「それはワタクシに問われても、困りますわ」



 どうするも、こうするもそれは本人が決めるべきことだ。他人がとやかく言うものではない。アドバイスがほしいのかもしれないが、カナリアにはそんな経験はないので良い言葉などかけられない。


 素直にそう言えば、リオは「相変わらずだな」と苦笑していた。



「カナリアは冷静だな。励ましたりも、罵倒したりもせず。そのままの意見を言う」


「ワタクシ、励ますのは得意じゃないので」

「知っているさ。幼い頃から知っているのだから」



 リオは「でも、そういうところがいいんだろうな」と柔らかな笑みをみせる。カナリアのいつもと変わらない態度を見て少しは元気が出たようだ。



「……なんだろうな。カナリアのような存在がいいのかもしれないな」

「やめといたほうがいいですわよ」



 ぽつりとリ呟くリオにカナリアは素早く反応する。そのあまりの速さに彼は驚いたふうに目を瞬かせていた。


 いや、何を言っているのだこの男はというのが素直な感想だ。なんだ、フィオナがダメならってかと、毒づきそうになるのをカナリアは堪えた。



「新しい恋というのを探すのはいいことだと思いますわ。でも、ワタクシのような女はやめておくといいでしょう。面倒な性格の悪い女だから」


「自分で言うのか、それを」


「えぇ、というかですね。新しい恋を振られた女性の友達に似ている存在にするというのもどうかと思いますわ」



 カナリアに指摘されてリオは黙った。


 気持ちを切り替えて新しい恋を探す、いいことだと思う。だが、振られた女の友達にまたはそれに似ている存在を恋人にするというのはどうだろうか。


 相手からすれば当てつけのように思われても仕方ないことだ、カナリアだっていい気はしなかった。



「すまない」

「いえ、別にいいのですけれど。気を付けるべきかと」



 素直に謝罪したのでそこはもう突っ込むのをやめることにする。彼もちゃんと気づいたのならばそれでいい。


(と、いうか。ワタクシの悩みをこれ以上、増やされても困るのよ)


 今はストーリーを進めてしまっている自身のことで精一杯だ。それにノアのことも合わさっているのだから、これ以上のことは勘弁ねがいたい。



「そうだな、カナリアにもフィオナにも失礼だった」

「まぁ、新しい恋を探すのもいいと思いますわ」

「……実は、許嫁の話があったんだ」



 リオは目を伏せる、この娘はどうだと父親に紹介されているのだとか。カナリアの名も上がりはしたが、ノアのことを話したのでなくなったと話した。



「正直、フィオナと出会う前はカナリアが許嫁になるのだと思っていた」



 それでもいいかとも思っていた。彼女は知らない仲でもない、全く分からない相手よりもいいと。どうせ、自身は父親の決めた存在と結婚するのだとそう思っていた。


 けれど、フィオナと出会い考えを改めた。自分で相手を決めたい、強く思うようになったのだ。



「なら、その想いをお父様にぶつけるべきでしょう」



 カナリアの言葉にリオは目を丸くする。何を言っているのだという様子にカナリアは「嫌なのでしょう?」と言った。



「勝手に結婚相手を決めるのが。なら、素直にそうぶつけるべきですわ」


「しかし……」

「言わないと気づかないものですわよ」



 口に出さねば想いというのは伝わらない。黙っていては相手は気づくことなく話を勝手に進めてしまう。嫌なことは嫌だとはっきりと言わねば、人間というのは分からないものなのだから。


 リオはそれを聞いて考える素振りを見せる。少し考えて彼は小さく笑うと「何も言ってなかったな」と呟いた。



「何も言い返してなかった。そうだな、言わなきゃ伝わらない。父に言ってみるよ」


「きっと分かっていただけると思いますわ」



 カナリアは知っている、リオの父は心配症であることを。この年まで息子に色恋沙汰がないことに不安を感じていることを。


 全てゲームの設定であるから知っていることで素直に打ち明ければ分かってもらえることなのだ。



「なんだか、カナリアにそう言われると大丈夫な気がするな」

「あら、ワタクシはそう思っただけですわ」

「あぁ、そうだ。カナリアはノア様をどう思っているんだ?」



 リオは思い出したように問う。どうやらカナリアの父の耳にも入ったらしく、探りを入れてくれと言われたのだとか。


 それを本人に言うのか。カナリアが何とも言えない表情を見せていれば、「自分には上手く聞き出せない」と笑い返された。


 どう思っているか、どうなのだろうか。それを先ほど考えていたのだが心は答えてはくれない。なんと、頑丈な心だろうか。



「……どうなのかしら、分からないわ。でも」

「でも?」

「嫌いじゃないわ」



 そう言って空を見上げるカナリアは儚げで、誰かを想っているかのようであった。


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