第五章……アナタの想いをどう受け止めればいいの?

第25話 忍び寄る影、気づかぬ想い


 薄暗い室内は湿気が帯びている。広くはなく、けれど狭くもない儀式場のような空間に二人はいた。


 一人は柱の影に隠れて姿が見えないけれど、男性であろう背格好をしている。もう一人はミディアムヘアーに切り揃えられた白金の髪を靡かせ、頭に生やした狐耳をひくりと動かす女性。


 狐の獣人のエラ・イザラクだ。いつものように白いローブに露出度の高い魔導士服を着ている彼女は、ぱっちりとした目を男に向けていた。



「さて、竜の神子の奪取には成功していないわけだが……」


「マシューさまぁ~それはですねぇ~。邪魔が何故か入るんですよぉ~」

「狙ったかのように入るな」



 エラは「そうなんですよ~」と頬を膨らませる。フィオナを攫おうにも邪魔が入るだけでなく、彼女はいつもカナリアといる。いない時もあるが、決まってルーカスたちといるので隙というのがない。


 深夜に寮へ忍び込むことも考えたが、フィオナは部屋を荒らされた事例があり特別寮へと移動されている。


 特別寮は警備がほかの寮よりも強化されているため、迂闊なことはできない。



「王族の血を手に入れようともしているのだが、なかなかに隙が無い」


「封印を解くのに必要なんですっけ?」

「あぁ、邪竜の封印には竜の神子と王族の血が必要だ」



 邪竜の封印を解く術式はすでにできている。だが、その鍵となるものがそろっていなかった。それが竜の神子と王族の血だ。鍵となるその二つがあれば、封印を解くことは今すぐにでも行える。


 竜の神子もそうだが、王族の血を手に入れることも考えなくてはならない。それを聞き、エラはぴんっと狐耳を立たせた。



「王族ってことわぁ~、ルーカスか……。あ、ノアは隣国の王子ですけどいいんですかね〜?」


「王族ならば誰でもいい。ノアでも問題はない」

「ノアならなんとかなりそうかも~」



 だってワタシ、ハーフだもん。きらっと音を鳴らしそうなウィンクをエラはする様子にマシューは溜息をついた。


 そんな彼に「大丈夫ですよぉ~」とエラは笑みをみせる。何処が大丈夫なのだろうかと思わなくもないのだが、マシューは仕方ないといったふうにエラに任せることにした。



「やってみせますぅ~」

「まぁ、期待しておこう」



 エラは嬉しそうに頬を緩めて作戦を実行するべく儀式場を後にした。その背を眺めながらマシューは小さく呟く。



「彼女もそろそろ用済みか……」


          *


 夏も近づく時期、気温も僅かに高くなるそんな日にカナリアは中庭でシャーロットたちとともに昼食をとっていた。シャーロットとフィオナに挟まれながら食事をするのにももう慣れてしまっている。


 シャーロットがフィオナに威嚇しているのを止めるのも、フィオナがルーカスに言い寄られているのを眺めるのも、もう日常だ。


 目の前に座るリオはルーカスを止めたりしているものの二人の間には入れてはいなかった。どうやら、フィオナはルーカスルートを進んでいるらしい。



「カナリア様~、今日はいいのですか~?」

「ノア様のこと? 今日は特に予定ははいっていないわ、シャーロット」


「おや、最近ないですねぇ~」



 シャーロットは「いつもなら昼食も一緒に!って言っているのに」と不思議そうに果実水を口に含む。


 朝食はいつもと変わらず共にとっているので会っていないわけではない。彼はいつもと変わらぬ様子で接してくる。特に変わった様子はないのできっと何かあったのだろう。


 三学年なのだから課題などもあるだろうからとカナリアは特に気にしていなかった。



「カナリアはノア王子とどうなんだ?」



 リオは探るように問う。彼からそんなことを聞かれるとは思っていなかったのでカナリアは目を瞬かせた。



「いや、交際までいっているのかと」

「それはまだですわね」



 交際、そこまではいっていない。そもそも、自身はまだ彼に対する想いというのがどうなのか分かってはいなかった。好きではある、嫌いではない。


 友愛なのか、恋情なのか。最近は彼のことを考えてはいた、彼から貰う愛情に応えるべきなのではないかと。



「何かありましたの、リオ様?」

「いや、父にカナリアとどうだと言われて……」



 リオは頭を掻きながら答える、父から手紙がきたのだという。それは近況の内容ではあったのだが、許嫁についても書かれていた。その候補にカナリアは上がっているのでどうだと聞いてきたらしい。


 そういえば、そんな設定あったなとカナリアは思い出す。父同士で仲が良かったんだっけかと記憶から引っ張りだした。



「一応、ノア王子に気に入られているようだったから、返事を書く前に聞いておこうと思ったんだ」


「なるほど」



 本人の許可なく書くのはどうかと思ったようだ、これは聞いてくれて有難い。何せ、両親の耳にまで話が入ってしまうかもしれないことだからだ。


 父親同士が仲がいいのだ、話す可能性は十分にある。


 カナリアはどうしたものかと思案する。正直、リオと許嫁という名の婚約者にはなりたくはない。リオのことは嫌いではないがただの先輩としか今は思っていないのだ。


(これはノア様のことを言っておくのはありかもしれない)


 ノアについては自身でも考えている途中だ。彼の想いに応えないままで勝手に話が進むのは嫌である。



「一応、ノア様から求婚されていることは知らせておいたほうがいいのではないからしら?」


「やはり、そうだよな」


「国際問題というほどではないですけれど、騒ぎになるのは嫌ですもの」



 ノアなら何かしら手を打ってくる気がしたのでそれは避けたい。というか、そもそも彼は攻略キャラクターの一人なのだ。本来ならば、主人公であるフィオナに惚れるはずだった、


 だが、彼が選んだのはカナリアだ。きっかけはもちろんノアの性癖である獣耳尻尾フェチだ。あの姿を見られたからこうしてカナリアは求婚を受けている。


 あれさえなければ、きっと。そう思うとなんだかもやもやした気持ちが湧く。これはなんだろうかと首を傾げればリオがどうしたと問うてきた。



「いえ、なんでも。勝手に許嫁に決められるのは困るなと」

「あぁ、それはそうだ。その、父がすまない」

「仕方ないことですわ。父親同士が仲いいのですもの」



 リオは何とも言い難い表情をみせている。勝手に決めようとしている父に何か言えたらと思っているのかもしれない。


 リオも気に入った人ができればいいのだがフィオナはもうルーカスルートを進んでいる。彼はすっかり目立たず、脇に追いやられていた。


「なんだ、カナリア嬢を許嫁にはしないのか」

「ちょ、ルーカス様!」



 どうやら話を聞いていたらしいルーカスは頬杖をついてこちらを向いていた。それをフィオナが止めに入ってきている。


 彼からしたらフィオナを狙う男が減るのはいいことなのだろう。



「幼き頃から親しいのならいいではないか」

「それは……」

「親しくとも、夫婦になりたいと思うかは別なのですよ」



 その言葉にカナリアはきっぱりと答える。自身はリオのことをただの先輩のようにしか思っていないことを。それはもうはっきりと言うものだがらルーカスは言い返せない。



「そもそも、親しいからといって恋に落ちるとは限りませんもの。そう思わない、フィオナさん、シャーロット、クーロウさん」


「うーん、確かに」

「親しいだけってこともありますねぇ~」

「まぁ、そうですね」



 うんうんと三人は頷いている。そんなフィオナの反応にルーカスは渋い表情をみせていた。


 カナリアが「想いというのはちゃんと伝えるべきですわよ」と言えば、彼はむっとしていたが何か考えている様子である。


(まぁ、変な事しなければいいのだけれども)


 余計な事をして巻き込まれるのは御免である。


 そんなことを思っていたら午後の授業を知らせる鐘が鳴った。もうそんな時間かとカナリアは紅茶を飲み干して立ち上がる。



「授業に遅れたら大変だわ、行きましょう」



 カナリアがそう言えばつられるように皆が立ち上がる。食器を直し、食堂を出てふと廊下の先にノアの姿が目に入った。その隣には新任教師のエラ・イザラクがいる。



「あ、エラ先生とノア様だ」



 フィオナも気づいたのか、ひょっこりと顔をのぞかせた。



「なんだ、あの教師は。いつも露出度の高い魔導士服で。まさか生徒に……」


「手伝いでもしているのではなくて?」



 ルーカスが小言を口に出そうとするのを遮るようにカナリアは少し大きな声で言った。自分でも驚くほどに早く。


 彼は教師の手伝いというのを断ることはない。そもそも、この学園には生徒は皆、同じというルールがあり、例え王子であっても特別扱いなどしない。


 だから、教師は王子であろうと手伝いを頼んだり、名前で呼んだりするのだ。我儘をやれば一般生徒と同じように叱る。


 唯一、特別扱いがあるとすれば、彼らの寮室や王族専用の庭園ぐらいだろう。



「そうか?」

「それ以外に何かあるというのですか?」

「いや、それはだな……」

「ルーカス様! ノア様はカナリア様一筋です!」



 フィオナはむっと頬を膨らませてルーカスを叱るように言う。彼はそれでもあいつの性癖がとかなんとか、ぐちぐちと呟いていた。


(まぁ、確かにエラはハーフだものねぇ……)


 狐耳尻尾の彼女に獣耳尻尾フェチが反応しないとは限らない。そう考えて、何故だかもやもやした気持ちがまた湧いて出た。なんだろうか、これは。


 分からぬ気持に眉を寄せながらカナリアは二人の背を眺めていた。



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