第24話 何故、ストーリーを進めているのか


 今日は魔術実技訓練の日でよく晴れており、外での訓練にはもってこいだろう。


 カナリアたち一学年は実技場である運動場の隅で訓練をしていた。魔法を扱う場所なだけあり、場内はしっかりとした造りだ。そんな運動場の中央では二学年と三学年が共同授業をしている。


(ノア様がいますわね)


 三学年との共同授業なのだからノアがいるのは当然である。カナリアは実技の課題を終わらせてしまい暇だったので、遠目から共同授業の様子を眺めていた。


 どうやら組手を行っているらしい。相手の魔法を跳ね返したりとなかなかに迫力がある。課題を終えた一学年の一部生徒たちは、共同授業を見ながらキャーキャーと騒いでいる。


 丁度、ルーカスとノアが組手をしているところだった。女子に人気あるものねとそう思いながらカナリアは眺める。


 ルーカスは組手といいながらも、ノアを倒す気でやっているのではないかと思えるような魔法を放っていた。それを軽々と跳ね返しているノアにカナリアは成績優秀と言われているだけあるなと感心する。



「ルーカス様、あれはやりすぎでは?」

「あら、クーロウさんもそう思う?」



 課題を終えたクーロウがカナリアの隣に立ち、王子二人の組手を見て彼は眉を寄せていた。周囲は盛り上がっているが、見る人によってはやりすぎだろうと思う状況である。


 担当している教師は何とも言えない表情をみせていた。



「あれ、ルーカス様がノア様を一方的にライバル視してますわよねぇ」

「まぁ、ルーカス様的にはいろいろありましたから……」



 あのカナリア公開処刑からルーカスの評判が落ちて株が上がったのはノアだ。学年は違えど、成績というのは比べられるものでノアのほうが魔法の才はあった。


 それがまた彼のプライドを傷つけたようなのだがそれにしたってやりすぎである。近寄れないほどの魔術の放ち合いなのだ、周囲にいた生徒たちからしたらたまったものではない。


 傍にいるリオも呆れている様子だ。これは先生に止められるだろうな、そう思った時だった。



「ぎゃおおおおおおおおっ!」



 響く咆哮に思わず耳を塞ぐ。なんだなんだと声がしたほうをみやれば、ドラゴンの頭に蝙蝠の翼、一対のワシの脚、蛇の尾をもつ存在。一頭の小型ワイバーン、それは翼をはためかせながら鳴いている。


 どうして、ワイバーンがとカナリアが周囲を見渡せば、一人の生徒に目が行く。彼が発動させた魔法は転移魔法の一種。別の場所にあったものを交換する魔法だった。


 まさかとは思うがとカナリアが凝視すれば、術を発動させていた生徒は涙目だ。たまたま、発動させた場所にワイバーンがおり、それを移動させてしまったということなのだろう。


 なんだ、その偶然。そもそも何処のモノを転移させようとしたんだ。いろいろとツッコミたいことはあるのだが、黙っておく。


 教師が退散させようと試みているが、突然のことでワイバーンも混乱したようで暴れ始めてしまった。



「転移魔法を発動させた生徒! 急いで解除しろ!」



 一学年を見ていたアルフィーが加勢しにいく。生徒は一生懸命に解除させるのだが、ワイバーンが戻る気配はない。


 そこではたりと思い出す、これはイベントではなかっただろうかと。あぁ、そうだこれは敵対キャラクターによる妨害だったはず。


(と、いうか。フィオナさんの覚醒イベントじゃないの)


 そう、このイベントはフィオナが覚醒するためのイベントだ。確か、この後にワイバーンが一学年を襲って。そこまで思い出して、カナリアはシャーロットの名を叫んだ。



 呼ばれたシャーロットはえっと首を傾げながらも、カナリアの元へと駆け寄る――瞬間。



「ぎゅああああああああ!」



 シャーロットが立っていたであろう場所をワイバーンが駆け抜けていった。それを見た彼女は驚き、急いでカナリアのほうへと走る。



「一学年の生徒は避難を!」



 教師の叫びに生徒たちは逃げていく。カナリアはフィオナを人混みから探す。彼女は逃げる生徒に押されてしま動けなくなっていた。そこにワイバーンが飛んでくる。



「クーロウさん、シャーロットをお願い!」



 抱き着くシャーロットをクーロウに任せ、カナリアは走った。猫のように姿勢を低くし、尻尾をうねらせる。


 カナリアはたっと飛ぶとフィオナを抱きかかえて滑り込んだ。転がる二人にワイバーンの爪が掠る、間一髪のところであった。



「か、カナリア様……」

「フィオナさん、アナタ竜の神子でしょう。ワイバーンも確か鎮められたはずでは?」



 竜の神子はワイバーン種であっても鎮めることができたはずだ。カナリアはそう言ってフィオナを見るも、彼女は首を左右に振っている。


 どうやら、彼女も鎮めようと試みたらしい。けれど、相手が何を言っているのかも分からず、声も聞き入れてはくれなかったのだと。


 自分では駄目なのだと、フィオナは泣きそうになりながら俯いていた。そうは言ってもこれは彼女の覚醒イベントの一つだ、どうにかしてもらわなければならない。


 教師たちがワイバーンを捕獲するために術を発動させるも、それをワイバーンはかいくぐっていく。どうやら敵対キャラクターからのサポートを受けているようだ。


 ワイバーンはフィオナを狙うように飛んできた。カナリアは彼女を守るように突き飛ばし、籠手でその爪を受ける。がじんと爪を弾く音が響き、その勢いにカナリアは吹き飛ばされる。


 態勢を立て直そうと空中で回転するも、ワイバーンの突風にやられ上手くいかず。思いっきり地面に叩きつけられる――そのはずだった。


 何かが滑りこんでくるようにカナリアの身体を抱き留めた。ふわりと持ち上げられる感覚に目を見開く。



「カナリア、大丈夫かい?」



 カナリアを受け止めたのはノアだった。彼は横抱きにしながら、間に合ったと安堵している様子だ。



「ノア様、どうも……」

「君が無事ならいいんだ」



 ノアはそう言って微笑み、ワイバーンのほうへと目を向ける。ワイバーンは教師陣の拘束を回避しながら暴れまわっている。どうにか落ち着かせなくてはならない。


 カナリアはワイバーンを観察しながら思案する。ふと、ワイバーンの頭上ががら空きなのに気づいた。



「ノア様」

「なんだい?」

「ワタクシを思いっきり飛ばしてくれます?」



 はあっとノアは声を上げる。カナリアは上に思いっきり飛ばしてほしいと言うのだ。突然のことに何を言っているんだいと突っ込まれる、その反応は正しい。それでも上にと頼むカナリアにノアは眉を寄せた。



「ノア様、ワタクシを信じてください」

「しかし……」

「大丈夫ですわ。ワタクシもノア様を信じていますから」



 カナリアはふっと微笑む。それは柔らかく、そして安心させるかのように。そんな表情にノアは困ったふうに眉を下げるもカナリアを抱く力を強めた。


 一気に持ち上げられて空中へと投げられる。ノアはワンドを手に二度振る、すると風が巻き起こりカナリアを吹き上げた。


 その風に乗りながら思いっきり飛び、そのままワイバーンの額を狙って籠手に力を籠める。



「はぁぁあぁぁあっ!」



 勢いのまま腕を振り下ろした。ワイバーンの額は力強く殴り飛ばされて地面に叩きつけられる。



「ぎゃうっ……」



 ワイバーンは目を回した様子で地面に転がった。その隙に教師陣が拘束の術を発動させて転移魔法の準備をする。


 カナリアはまた宙を舞う。さて、このまま綺麗に着地できるかなとそんなことを考えていた。結構な高さなので、足をひねらないか不安である。そんなふうに下を見遣れば、ノアが駆けだしていた。


 両手を広げる様子にカナリアは思わず、同じように腕を広げれば綺麗にノアの腕の中に着地した。抱き留める彼はほっと胸をなでおろした表情をみせていた。



「ほんっとに、君はいろいろ凄いことをやるね」

「そうかしら?」

「無理はしないでくれ」



 ノアはそう言いながらカナリアを横抱きに持ちかえる。ワイバーンのほうを見遣れば、転移魔法が発動した瞬間だった。


 無事にワイバーンを元の場所に返すことができてカナリアは息をつく。そして、気づいた。これ、またフィオナの覚醒イベントを潰したのではと。


(何故、ワタクシがストーリーを進めなくてはいけないのか)


 何故だ、これではワタクシがストーリーを進めているようなものではないか。カナリアは頭を抱えそうになる、主人公はフィオナだろうと。


 フィオナを見遣れば、ルーカスとリオに大丈夫かと心配されていた。それに対していろいろ思うことはあるが黙っておく。それよりもそうだとカナリアはノアを見た。



「ノア様、降ろしてくださる?」

「え、なんで?」



 なんでではない、もう大丈夫なのだから降ろしてもらわなければ困る。それに周囲からの目が気になるのだ。あぁ、上級生が物凄い瞳で見つめている、まだ睨まれるほうがマシだ。



「ノア様」

「はい……」



 ノアはしぶしぶといった様子で降ろした。開放されたカナリアははぁと小さく溜息をつく。自身が公爵令嬢で本当によかったと思う日がくるとは思わなかった。


 今もじとりと観察される視線から目を逸らす。にまにまと猫耳尻尾姿を堪能しているノアのほうを向いて、カナリアは呆れた表情をみせた。



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