第23話 やり直せるかは己自身が決めることだ
夕刻、授業も終わり生徒たちが寮へと帰った時間、もう日も落ちて校舎の中は薄暗くなっていた。
明かりが灯っている場所といえば教師が事務作業をしているところぐらいだろう。そんな校舎にカナリアはシャーロットたちとともにいた。
何故、いるのか。それはシャーロットが忘れ物をしたからである。
シャーロットは憶病な性格だ。学校といえばよくある怪談話、例に漏れずこの学園にもあるのだ。よくある噂なのだがそんな話であっても一人で行くのは怖いのである。
「あ、あたしはカナリア様一人でよかったんですけど~」
「いいじゃないですか。私、夜の校舎って気になっていたんですよ!」
シャーロットとは対照的にフィオナは楽しそうに暗くなった校舎を観察していた。そんな彼女にクーロウは「あんまりはしゃぐと見つかるぞ」と注意する。先生には内緒できているので見つかれば叱られるだろう。
がっしり腕にしがみついて離れないシャーロットに、カナリアはそんなに怖がるなら忘れ物しなければいいのにと思う。
カナリアは幽霊なんかの類は怖いと思っていない。生きた人間や魔物のほうが数倍怖いものだ。もちろん、この世界にも幽霊というものは存在するが、よほどのものでなければ害はない。
なら、人間や魔物のほうが面倒であり怖いものだ。そう言うのだがシャーロットは「怖いものはしかたない」と言い返されてしまう。
「教室に忘れたのよね?」
「は、はい。今日の課題に使う魔導書なので……」
カンテラで足元を照らしならが教室へと向かう。陽が沈むとあっという間に暗くなるため、明かりは欠かせない。
小さな明かりを頼りに歩いていれば一つの影を見つけた。誰かいるのだろうかとカンテラを前に出して影を確認する。それは女性のシルエットを作っていた。
「ミーレイさん?」
フィオナは呟く。カナリアが影から視線を逸らせば、柱の影に隠れていたミーレイがいた。そういえば、彼女は謹慎処分を受けていたのだっけ、すっかり忘れていた処遇を思い出す。
カールされた長い金髪は彼女の特徴であったのであれはミーレイで間違いないだろう。
謹慎処分中の彼女がどうしてこんなところにと不思議に思っているればミーレイと目が合った。彼女は驚いたように大きな瞳を見開いる。
「ミーレイさん、どうかしたのかしら?」
とりあえず、カナリアは声をかけてみた。目が合ってしまった以上、何かしら会話をしなければと思ったのだ。
ミーレイは柱の影から出てくる。大きなカバンを持ち上げながら、「どうかしたって?」と強い口調で言った。
「見れば分かるでしょ、この学園を辞めるのよ」
「え、謹慎処分のはずじゃ……」
「お父様に言われたのよ」
ミーレイは涙を溜めた瞳を向けながら言う。彼女がやった行いはムハンマド学園長経由で両親に伝わることになった。父親は激怒し、「お前は学園に通う資格はない」と言って退学する手続きをしたのだという。
あの事件からかなり日が経っているのだがと疑問に思っていれば、それを察してかミーレイは答えた。
「ムハンマド学園長が取り合ってくれていたのよ、最後まで」
ムハンマド学園長がミーレイの父親を説得していてくれたのだという、彼女はまだやり直せると。長い間、真摯に説得してくれていたがそれも無駄に終わった。
「お父様に言われたわよ、学園に居場所はないってね」
自身の悪評はもう学園中に広まっている、友達などというものはとうにいなくなっていた。今更、戻ってきたとて居場所はない。そんな苦痛を味わいながら勉学に励めるほど心は強くなかった。
元は自身が招いたことだ、悪いのは全て自分だ、それでもやっぱり恨みたくもなる。
「笑えばいいわよ……」
ミーレイは「こんな落ちぶれたわたしを」と無理矢理笑みを作る。それが痛々しくてフィオナは首を左右に振った、笑えるわけがないと。
「ワタクシ、他人を笑うほど落ちてはいないのだけれど」
カナリアはそう言ってミーレイを見遣る。彼女は笑えばいいと言うが、他人を笑うほど自身は落ちぶれてはいない。そもそも笑う意味が理解できなかった。
そんなカナリアの態度に「貴女は変わらないわね」とミーレイは苦笑する。
「そんな貴女だから、わたしは嫉妬したのかもしれない」
貴女のその変わらぬ立ち振る舞いに嫉妬した。
ミーレイは目を細めてそう小さく吐く。いや、もしかしたら羨ましかったのかもしれないと。
「わたしは、やり直せるのかしら……」
ぽつりと、誰に問うでもなくミーレイは呟いた。もういろいろと諦めている様子の彼女の言葉に、フィオナはどう答えていいのか分からない。それはシャーロットもクーロウもである。顔を見合わせてなんと言えばと考えている。
「やり直せるかはアナタ次第でしょう」
彼女の言葉に答えたのはカナリアだった。答えなど返ってこないと思っていたミーレイは目を丸くする。
「アナタがやり直したいと思っているのなら、頑張るしかないのではなくて?」
噂などものともせず自分の意志で頑張るしかない。それに誰かが口出しできることではない、己自身で決めることだ。そう言われてミーレイは口を閉ざす。
そう、これは自身で決めることだ。それをできるかどうか、他人に聞いたところで分かるわけがない。相手は自身ではないのだから。
「ごめんなさいね。ワタクシ、励ますとか得意じゃないの。でも、やり直したいと思うのならば頑張ればアナタならできるのではないかしら」
あれだけのことをやったのだから、頑張ることぐらいできるだろうとそうカナリアは思ったのだ。
ミーレイはその言葉にはぁと溜息をついた。
「本当に貴女は励ますのが下手ね。でも、貴女らしい回答でなんだか納得できたわ」
ミーレイは大きなカバンを持ち上げて歩き出す。四人の横を通りすぎる最中、ありがとうと囁いて行ってしまった。
「……さて、忘れ物だったわね」
ミーレイの背を見送ってカナリアはぱんっと、手を叩いた。雰囲気を変えるように叩かれたそれに、シャーロットははっとする。自身の忘れ物を思い出したのだ。
「もう外は真っ暗よ。早くしないと夕食を食べ逃しちゃうわ」
「そうですね! シャーロットさん、急ぎましょう!」
「ちょ、ちょっと押さないでよ、フィオナさん! あ、あたし前は嫌よ!」
「フィオナ、押すことはない。シャーロット様が嫌がっているだろう」
フィオナに押されてシャーロットは慌てて、カナリアの腕に抱き着く力が強まった。そんなに怖いかと苦笑していれば、ひたりひたりと足音が響いた。
びくりと肩を震わせるシャーロットに固まるフィオナ、クーロウは表情には出さないものの警戒していた。
巡回中の教師かもしれない。カナリアは説明が面倒だなと思いながらカンテラで音のするほうを照らした。
ぼんやりと明るく照らされる廊下に影が二つ。あちらもカンテラを持っているようで淡い光が目に入る。
「ノア様に、ローガン先生」
カナリアの声にシャーロットとフィオナがえっと声を出す。クーロウは少し安心したように息をついた。名前を呼ばれた二人も反応してか、驚いたふうに見つめてくる。
「どうしたんだい、カナリア」
「シャーロットが忘れ物をしてしまったの」
カナリアはそう言って此処にいる訳を二人に話した。それを聞いたローガンは「それは仕方ないですね」と返す。どうやら、怒ってはいないようだ。
「ノア様は?」
「最後の授業がローガン先生のでね。片付けを手伝っていたんだ」
ローガンの授業は魔術の応用などで実験のようなこともするため、片付けに時間がかかることがあった。今回は一部の生徒が魔法を誤ってしまったがために、なかなか酷い荒れ模様になったのだとか。
ノアはローガン一人では大変だろうとその片付けを手伝ったのである。
「……生徒だけでは問題になりますからねぇ。先生がついていきましょう」
「すみません、ありがとうございます」
ローガンは「忘れたものは仕方ないですからねぇ」とはいつもの暗い口調で言う。特に気にしていないといったふうに彼は前を歩いた。
「ノア様もお人好しですね」
「何がだい?」
「いえ、片付けを手伝うなんて」
「あぁ、ローガン先生に頼まれたからね」
ローガンはノアにわざわざ頼んだらしい。本来ならば問題を起こした生徒がやるべきではあるが、また荒らされては困ると言われたのだとか。
確かに問題を起こした生徒に任せるのは怖いなとカナリアも思った。
ほら、行きますよとローガンに促されてカナリアたちは慌てて駆け足になる。忘れ物をした教室まではもうすぐそこだ。安堵の表情を見せるシャーロットにカナリアはまったくと息をつく。
そんな彼らの様子をローガンは黙って観察していた。
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