第22話 彼の想いに向き合ってみよう
優雅な昼下がりに王族専用の庭園にてカナリアは昼食をとっていた。いつ見ても綺麗な花々に豪奢な造りのテラスは慣れるものではない。
それを表情には出さずに料理を口に運ぶ。前に話したからなのか、カナリアに出される料理は量が少なくされていた。相変わらず料理は美味しいので文句はない。
この庭園にはカナリアとノアしかいない。シャーロットが気を遣わせて二人っきりにしたのだ。ルーカスも使うことがあるらしいのだが、フィオナが緊張してしまうからという理由で最近は訪れていないらしい。
ほとんど貸し切り状態のこの小さな庭園で、カナリアはノアの話を聞く。彼は授業のことや、家族の思い出話などを喋ってくれる。それが面白いかはさておき、なかなか聞ける内容でもないのでカナリアにとっては新鮮であった。
「兄は本当に熱血漢でねぇ。暑苦しいったらありゃしないよ」
「曲がったことが嫌いなのですね」
「そうだねぇ。だから、僕が誤魔化すとすぐに怒るんだ」
ノアは「まだ次男の兄さんのほうがいいよ」と愚痴る。彼は食事をあっという間に平らげているため、話す役に回っている。
自身が話すネタがあるわけでもないのでノアがいろいろ話題を出してくれるのは有難かった。
「そういえば、カナリアにはいるのかい? 妹とか、兄とか」
「兄がいますよ」
「彼も猫耳尻尾だよね!」
「ハーフですからね」
当然でしょうと答えれば、男性のハーフはと何か語り始めた。耳の柔らかさや尻尾のしなやかさが違うとかなんとか。とにかくいろいろ言っていたがカナリアには理解できない領域である。
どんな兄なんだいと問われてカナリアはえっとと思い出す。カナリアには四つ離れた兄がいた。二十歳になる兄は家を継ぐために父と同じ道を歩んでいる。この学園を卒業して魔導士として王直属魔導士団に所属していた。
乙女ゲームでは話にだけしか出てこないカナリアの兄。そういえばいたなと思い出したぐらいには影が薄い。
「兄とはあまり似てないのですよ」
「と、いうと?」
「兄は黒髪で毛足は短いのです」
父が黒髪だからその血を継いでそうなったのだ。母の血を濃く受け継いでいるのはカナリアのみで、それを聞いてノアは「黒猫か」と小さく呟いた。
容姿も似ている部分はなく、唯一同じと言えるのは深紅の瞳ぐらいだ。そのためよく言われたことがある、血が繋がっていないのではないかと。
「ひどい話だ。冗談でも言っていい言葉ではない」
ノアの言う通りだとカナリアも思った。父を嫉妬した人間が言った言葉なので、特に気にはしていなかったがそれでも言われて不快に思うのだ。
兄はどうか分からないがカナリアは血が繋がっているという実感があったのだ。
「ワタクシと兄様、驚くと必ず猫耳尻尾がでてしまうの」
同じように驚き、同じタイミングで飛び出るのだ。驚き方から何まで一緒でそれだけで血が繋がっていると感じられる。
「それはそれで見てみたい」
「ほんと、好きですわねぇ」
「いや、本当に魅力的だからね!」
特に君はとノアは微笑む。何がどう魅力的なのだろうか、聞くと話が長くなるので「そう」と軽く返事しておくだけにする。
ノアは楽しそうに優しくカナリアを眺める。彼からの視線というのは何故だか、嫌ではなかった。
邪さも、嫉妬深さもない、悪意のない眼差し。ただ、ただ、愛おしく想う愛情が籠められている。そんな瞳を受けることが少し信じられない。
彼に相応しい女性というのはもっといるだろう。彼は王子であり、容姿も良いのだ。整った容姿を映えさせる白銀の長い髪に、全てを見通すような銀の瞳。女性が放置しておくわけがないのだ、彼を。
けれど、ノアはカナリアを選んだ。本来のゲームであれば彼はフィオナを選ぶはずだというのに。彼の獣耳尻尾フェチのツボをついてしまったがために。
「ワタクシの何処がいいというのでしょう」
ぽつりと呟いた。つい、言葉が漏れてしまったのだ。彼からしたら猫耳尻尾しか興味がないのではないのだろうか、そんなことを考えてしまって。
「僕は君の全てが好きだよ」
カナリアの呟きに答えるようにノアは口を開く、君の全てが好きだと。自身の何を知っているというのだろうか、この王子は。
そんなふうに見遣れば、彼は「そうだね」と何から話そうかといったふうに考える。
「確かにきっかけは君の猫耳尻尾だ、これは間違いない。それで君を悩ませてしまっているなら申し訳ない。でも、君の態度を見て、話してみて、好きだと思ったんだ」
理想だった、カナリアの見た目は。もちろん、きっかけは猫耳尻尾である。これは変えようがないので、素直に謝罪する。けれど、話してみて、態度を見て、カナリアしかいないとそう思ったのだ。
誰に対しても同じ対応で、王子だからと態度を変えるわけでもなく冷静で思ったことを素直に口に出してくれる。
カナリアが言う通り、性格が悪い部分もあるのだろうけれど、それでも好きだと思えたのだとノアは語る。
「人間、誰だって性格が悪い部分を持っているものだよ。僕だってあるからね。それも含めて君が好きなんだよ」
まだ出会ってからそう時間も経っていないけれど、それでも君しかいないと思ったんだ。嘘のない真っ直ぐな瞳にカナリアは黙る。
これが彼の本心なのだろう。それは分かっていても、自身はどう答えていいのか分からない。誰かを好きになった経験も、こうして想いを向けられることも初めてなのだ。
(真正面から向けられる感情というのは、こうも重く、そして温かいのね……)
前世の時には感じることのなかったその感情に、カナリアは胸を押さえる。何故だか、すっと胸の中に溶け込んでいったのだ。それがなんだか安心できた。
この感情はなんだろうか、嬉しいに近いような気がする。けれど、はっきりとはしない。わからないとこうも、もやっとするものなのか。カナリアはうーむと考える。それがまた彼のツボをついたのか、笑われてしまった。
「難しく考えることないじゃないか。僕は君の全てが好きなんだ。もちろん、これから知っていくこともあるだろう。そこも全て愛するよ」
「嫌いになってしまうかもしれませんわよ?」
「それはないね」
ノアは自信満々に言う。もし、悪いことをしようとしているのなら全力で止める。何か良くない癖があるのなら、それも愛すると彼は迷いなく宣言した。
そのあまりの自信にカナリアは笑ってしまう。此処までの自信満々に言い切った人など、前世の記憶にすらいなかった。
(ワタクシはノア様のこと、どう思っているのかしら……)
嫌いではない、なら好きなのかもしれない。でも、その好きというのが友愛からなるものなのかは分からない。彼と同じような愛情を持っているのかもまだ心は教えてくれなかった。
「ワタクシ、まだわからないの」
アナタをどう思っているのか、カナリアは素直に伝えた。彼が想いを言葉に乗せてくれているのだから、自身も言わなくてはとそう思ったのだ。
「いいんだ、まだそれで」
カナリアの言葉にノアは笑みを見せる。
「必ず、振り向かせてみせるから」
なんという自信か。カナリアはそんなノアが少しばかり羨ましくなった、自身はそこまで自信家ではない。こんなにも素直に想いをぶつけられて自信をもてる彼が羨ましいとそう思えたのだ。
「だから、安心してくれ!」
「何をどう安心すればいいのでしょう」
「それはほら、僕を好きになるという」
「まぁ、考えてみますわ」
此処まで彼は言うのだ。なら、それに答えられるか考えてみてもいいだろう。カナリアはノアの想いを受け止めることにした。
カナリアの返事をどう受け止めたかは分からないが、ノアは嬉しそうに笑みをみせていた。
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