第21話 普段と変わらぬ態度が安心できる


 大図書館はいつ見ても広くて沢山の書物が綺麗に整頓されている。司書にきちんと管理されていることは書物のジャンルに間違いがなく、乱雑に置かれていないことから見て取れた。


 今は魔術の授業で、グループに別れて授業に関する書物を探しまとめるのが課題だ。


 目的のジャンルが保管されている場所に到着したカナリアは目を細めながら本を探していく。


 それは本棚の一番上の段にあった。手を伸ばすもなかなか届かない。これはジャンプするかと姿勢を低くた時だ。ひょいっと後ろから本を取られてしまった。



「カナリア様、この本で間違いないでしょうか?」



 そう言ってクーロウは本を差し出す、どうやら取ってくれたらしい。カナリアはタイトルを確認してそれを受け取った。



「ありがとう、クーロウさん」

「いえ、探していたのは一緒ですから」



 彼はそう言って本棚を眺める様子が何処か寂しげでカナリアは首を傾げた。



「どうかしたの?」

「いえ、その……」



 クーロウは頭を掻きながらなんと言えばいいのかと考えている様子だ。カナリアが「言えないならいいのだけれど」と言えば、「大したことではないのです」と返事がかえってきた。



「おれは、どうしたらいいのかと思ってしまって……」



 クーロウは言葉を選びながら話す。フィオナはルーカスとリオに言い寄られている、それは誰が見てもすぐ分かることだった。


 クーロウだってすぐに理解した。召使いとしてずっと傍にいるのだから分からないほうがおかしい。


 自身は幼い頃からフィオナを知っている。召使いであり、幼馴染だ。たったそれだけだけれど思うことはある。


 寂しげにそう吐く彼にカナリアはふむと頷く。



「アナタはフィオナさんが好きなの?」

「嫌いなわけないじゃないですか」


「いえ、友愛ではなくて。愛しているのかと、ワタクシは問うているの」



 カナリアの問いにクーロウは黙った。自身は友としてフィオナを好きなのか、それとも愛しているのか。分からないわけではなかった。


(これは、クーロウルートはあまり進んでいないのかしら)


 クーロウの様子にそう感じた。彼のルートを進んでいるのならば、目上の存在である二人であってもフィオナへの想いを一心に伝えようとする。けれど、今の彼にはそれが感じられなかった。


 何かイベントがあっただろうかと考えてみるも、思い浮かばない。仕方ないので彼の言葉を待つことにした。



「好きだったのだと思います」

「過去形ね」

「えぇ、でも何故でしょう。いつの間にか、彼女の幸せを願うようになったのです」



 幼い頃に抱いた感情はきっと愛だ。けれど、今は違う。友として好きであり、彼女の幸せを願うようになっていた。フィオナが幸せになってくれるのであれば、それでいいと。


 想いを誤魔化しているわけでも諦めたわけでもない。本心から思って、願っている。そう言った彼の表情は真剣で嘘はない。


 その幸せを願うあまりに自身はどう彼女の助けになればいいのか、それで悩んでいるのだ。



「そうね。フィオナさんが誰を選ぶかはワタクシにも分からないけれど。普段と変わらずに接するのが一番じゃないかしら?」



 普段と変わらずに接して話を聞き、時に相談にのる。それだけでいいのではないだろうか。突然、態度を変えられてしまうのは驚くし、寂しいものだから。


 カナリアの言葉にクーロウはそれだけでいいのだろうかといったふうな表情をみせる。何かもっとしてあげられることがあるのではと思っているようだ。



「いいのよ。いつもと変わらずにいてくれるほうが安心できるの」

「そういうものでしょうか……」

「ワタクシがそうですもの」



 シャーロットはノアがカナリアを好きだとアピールし始めても、態度を変えることはしなかった。もちろん、王子であるノアに失礼のないようにと気を付けてはいるものの、態度は全く変えていない。


 媚びるわけでも、避けるわけでもなくて。気を遣うことはあるけれど、それは二人を応援するようなものだ。いつもと変わらずに接してくれる彼女にカナリアは安心していた。



「だから、いつものようにフィオナさんを支えればいいのよ」



 アナタだから相談できることだって、彼女にはあるだろう。そう言えば、クーロウは納得したような表情をみせる。





「カナリア様、ありがとうございます」

「いいのよ、別に」

「カナリア様はお優しいのですね」



 その言葉にカナリアは目を丸くする、自身の何処が優しいのだろうかと。そんな反応にクーロウは「お優しいですよ」と、もう一度口にする。



「こうやって、おれみたいな下級の存在にも態度を変えることなくて。相談にも乗ってくれるじゃないですか」



 クーロウはフィオナと共にいるからだろう、いろんな存在を見てきた。召使いを奴隷のようなものだと思っている者、態度を偉そうにする者、無視する者。


 様々な反応を見てきた彼はカナリアのような、誰に対しても同じような態度というのは新鮮だった。



「ワタクシ、性格が悪いのだけれど」

「それは否定できませんが。それでも誰に対しても態度が変わらないというのは凄いことだと思うのです」


「ワタクシ、流石に目上の方には失礼しないけれど」

「ノア様に対してどうでしょか」



 そうクーロウに突っ込まれてカナリアはうっと声を溢す。彼に対しては確かに他の生徒と変わらない対応をしている気がしなくもない。



「おれも、最初は疑っていましたが。今こうやって接してみて、貴女様は噂のような存在ではないのだなと思っています」



 噂とはどのことだろうか、悪役令嬢街道真っ只中だった頃の我儘時代だろうか。それとも、学園でのことだろうか。何となくではあるがそのどちらともな気がする。


 カナリアが何とも言えない表情をしていれば、彼は気分を害してしまったと勘違いしてか謝罪した。



「あぁ、気になさらないで。どの噂かしらと思っただけだから」

「そうでしたか……」

「ワタクシ、結構噂があるから」



 困ったものよねぇと笑えば彼もつられて笑ってくれた。


 カナリアに話して少し楽になったのだろう。、クーロウの表情が明るくなっている。これならばフィオナも心配はしない。



「ワタクシでよければ、いつでもお話聞いてあげますから。溜め込む前に話してちょうだい」


「そんな……」


「いいのよ、気になさらないで。フィオナさんの幼馴染でしょう。ワタクシ、友と認めた方のご友人を放っておくほど、薄情ではないの」



 カナリアの言葉にクーロウは目を見開く。フィオナを友として認めてくださったのかと言いたげな表情だ。


 主人公とあまり関わりたくはない、そう思っていたけれど彼女の頑張りを、あんなにも慕ってくれている想いを、放っておけないと思ってしまったのだ。


 そんな彼女を無碍にはできない、そこまで薄情な人間ではないのだから。



「さて、そろそろ戻らないと授業が終わるまでに終わりませんわね」



 戻りましょうか、そうやって振り返ってカナリアは頭を押さえた。



 本棚の影からじっとノアが様子を窺っていたのである。なんだ、この王子はいつからいたのだ。じとーっと、カナリアたちを見つめている姿にカナリアは溜息をついた。



「ノア様どうしてここに?」

「僕らも授業だよ」

「そうですか。それでいつから見ていましたの?」

「本を取る辺りから」



 最初っからじゃないか、カナリアは突っ込みそうになる言葉を飲み込む。じとりと見遣るその視線はクーロウに向けられている。あぁ、彼が委縮しているじゃないか。


 カナリアはおやめなさいとノアのほうへと近寄った。


 これはなんだ、嫉妬というやつか。なんと面倒なものだろうか。そう思いながらも、彼に悪気があるわけでないことは分かっている。


 誰だって不安になったり、心配したりするものだ。ノアの場合、カナリアは想いに応えていない。そんな好きな相手が他の男と二人で話している姿を見て、嫉妬するのも仕方ないことである。



「ノア様」

「なんだい」

「ワタクシを信用してくださらないの?」

「そんなことはない!」



 そう首を傾げればノアは即答した。それはもう早かった、カナリアもクーロウも驚くほどに。


 カナリアのことは信じているよと熱弁するのだ、彼は。要するにクーロウのことを疑っているのだろう。それを感じ取ったのか、クーロウは首を左右に振った。



「おれはカナリア様に下心はありません! 慕ってはいますが、そのようなことは……」



 クーロウの言葉にノアはじっと彼を見つめる。暫くの間、ノアはうんと頷いた。



「嘘はついていないようだね。まぁ、気持ちが変わるかもしれないということもあるが。今は君の言葉を信じよう」



 どうやらノアは納得したらしい。いつもの明るい表情に戻った彼にクーロウもカナリアも胸をなでおろした。



「そうだ、カナリアはどこの席なんだい? 一緒に勉強しようじゃないか!」


「それ、授業に支障があるのではないですの?」

「大丈夫だよ、だって僕らの授業は大図書館での自習だからね!」



 何と自信満々な回答だろうか、カナリアは呆れる。それでも彼は大丈夫だというので、断るのは無理なのだろうなと諦めた。


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