第四章……何故、ワタクシがストーリーを進めなくてならないのか

第20話 イベントを潰してしまったのは仕方ない



 寮の自室でカナリアは身支度をしていた。姿見の前で黒と白を基調とした制服に着替えながらぼんやりと考える。そういえば、この乙女ゲームのエンディングはなんだっただろうかと。


 確か、攻略キャラクターのルートを進み、この学園を陥れようとしている魔導士を倒せばエンディングだったはずだ。


 首謀者である魔導士、マシュー・レインガーン。彼は王国に反逆して指名手配されていたはずだ。変装の達人であり、気配までも変えてしまう人物である。



「確か、男性教師に変装しているはずなのだけれど、その人物が見当たらないのよね……」



 そう、彼は本来のゲームならばリクエルという男性教師に変装している。けれど、そんな教師はこの学園にはいない。


 これはもしかしたら、ストーリーが変わっているのかもしれない。自身が動けば動くほどに人間関係どころか、本来のストーリーすらも変わってしまうようだ。なんと面倒なことだろうか。



「これじゃあ、誰を信じていいのか分からないじゃない」



 教師として紛れているとするならば、全ての人物を疑っていくしかない。アルフィーもナーリアも、ローガンも。ムハンマドは流石にないと信じたいが疑わない理由はない。


 疑心暗鬼になりそうだとカナリアはげんなりとしていた。



「確か、夏の学園創立祭が舞台になるのだったかしら……」



 ゲームの終盤となる舞台は学園創立祭である。ムハンマド自らが管理している邪竜の封印をマシューが解き、学園で暴れるのだ。


 彼はムハンマドに国に恨みがあるので復讐するための舞台として学園を選んだのだ。



「どんな恨みだったかしら……。確か両親が仲間に裏切られ、殺されたとか……復讐しようとしたところをムハンマド学園長に止められたとか、そんな感じだったはず……」



 うろ覚えの記憶を頼りにカナリアは考える。確か、マシューは竜の神子であるフィオナを狙っていたはずだ。彼女の力と王族の血で邪竜の封印を解くことができるのだ。


 そのため、フィオナが狙われて襲われることがとそこまで思い出して、あっと気づく。この前の討伐訓練、あれはイベントでなかっただろうかと。


 そうだ、イベントじゃないか。エラの術にかかったレッドサーペントに襲われ、捜索隊として参加していた攻略キャラクターのピンチに主人公であるフィオナが力を発揮するという。



「もしかして、主人公の覚醒イベント。ワタクシが潰しました?」



 考える、どう考えてもフィオナの覚醒イベントを潰している。思わず、頭を抱えてしまった。忘れていた自分も自分なのだが、あれは仕方なかったのだ。生きるか死ぬかだったのだから。


 そう言い聞かせるも、イベントを潰してしまった現実は変わらない。この場合、どうなるのだろうかと不安に思わないわけがなかった。


 ストーリーが変わるのか、どうなるのか。この乙女ゲームの主人公はフィオナだ、きっと大丈夫なはず。カナリアはもう成り行きに任せようと考えるのをやめた。


 こんこんと扉がノックされる。あぁ、もうそんな時間かとカナリアは鞄を掴んで扉を開けた。するとぐいぐいと二人の少女が入ってくる。



「カナリア様~、お迎えにまいりました~」

「カナリア様、おはようごさいます!」



 にっこりと微笑みつつも威嚇するシャーロットと、それにめげずに挨拶をするフィオナの二人だ。


 最近、二人で迎えに来るようになった。それは討伐訓練の出来事からである。フィオナはカナリアの言った言葉を守り、しっかりとしてきていた。


 今ではすっかりとカナリアの取り巻きとして周囲から認知されている。カナリアはもう彼女をどうこうするのはやめた、好きにさせようとそう思ったのだ。



「カナリア様~、食堂に早く行きましょう!」

「カナリア様、一緒に!」



 二人に腕を掴まれて引っ張られる。なんだ、この展開は。毎度のことなのでもう慣れてしまったのだが突っ込みたくなる。


(ワタクシが男ならラブコメっぽいわよねぇ)


 こんな展開って確かそう言うんじゃなかったっけとカナリアは前世の記憶を思い出す。三角関係とも言うのかもしれない。



「フィオナ、カナリア様に迷惑かけては駄目だろう」



 クーロウの注意にフィオナはむっと頬を膨らませる。シャーロットは「そうですよ~」と応戦しているが、アナタもよと指摘しておく。



「引っ張らなくても行くから離れてちょうだい」

「は~い」


 カナリアの言葉に二人は腕を離し、クーロウが申し訳ないと謝罪するまでがセットだ。


 そんな三人を連れ食堂に向かえば、集める視線。またかと思いながらカナリアは朝食をトレーに乗せ、空いている席へとつく。



「カナリア様、あのレッドスサーペントを一人で倒したのでしょう」

「嘘だろー」

「でも先生が言っていたわよ」



 ひそひそと噂をする生徒たちにまだその話をしているのかと呆れてしまう。


 カナリアがレッドサーペントを一人で倒したということは学園内に広まっていた。誰が広めたかは分からないが、噂に尾ひれが付かないか不安である。


 レッドサーペントを倒したのは本当ではあるが、そこまで驚かれることだろうか。ゲームをプレイしていた時も、それほど強くなかったイメージがあるのだが。


(いや、実際に戦ってみるとかなり強かったのよねぇ……)


 レッドサーペントは強かった。あの巨体で素早い動きから繰り出される噛みつき攻撃と、身体を鞭のようにしならせる攻撃は強力だった。


 戦闘経験の無い生徒ならば死んでいたかもしれない。そう考えるとこの驚きようと、噂をする生徒の反応は正しいのかもしれない。


 パンをちぎり口に含みながらカナリアは耳につく囁き声を聞き流す。



「カナリアっ!」



 思わず持っていたパンを落としそうになった。聞き覚えのあるその声がしたほうを見遣れば、目を輝かせているノアの姿。どうして、こんなところにいるのだとツッコミたい。


 ノアは隣国の王子である。寮は特別室であり、召使いから食事を運んでもらえるのだ。そんな彼が共同の食堂に顔を出すことは滅多にない。



「ノア様、どうして」

「もちろん、カナリアと朝食をとるためだよ!」



 ノアは「執事の説得に時間がかかったんだ」とカナリアの前に座って話す。どうやら前々から一緒に朝食を食べようと思っていたらしい。けれど、執事であるベルフェットに止められていたのだという。


 食堂は人が集まるゆえに何があるか分からない、食事に毒など仕込まれては大変だといろいろ言われたのだとか。


 食事は執事が用意したものを食べるという条件の下で食堂での食事が許可されたようだ。いや、許可出さなくてもよかったのではとか思ったがカナリアは黙った。



「そんなにワタクシと食事をしたくて?」

「もちろんだとも。僕は君が好きだからね!」



 真っ直ぐ笑顔で言ってのけるノアにカナリアは何も言い返せない。彼の言葉には嘘が全くといっていいほど感じられないのだ。


 白髪の老執事がすっと現れて朝食を用意する。それは朝に食べるのかといったふうな量である。



「相変わらず、大食ですのね」

「これぐらい普通じゃないかい?」

「いえ、多分珍しいかと」



 そうかなとノアはフィオナたちのほうを見遣る。シャーロットやフィオナは顔を見合わせて、何とも言いがいたい表情をみせていた。彼女たちもその量は多いなと思っているようだ。


 クーロウは大柄な犬の半獣人なので食事量が多いのだがそれとあまり変わらない量だ。



「クーロウと変わらないじゃないか」


「ノア様、犬の半獣人と人間を一緒にしては駄目です。彼らは大柄ゆえに、食事量が増えているだけですわ。普通の人間は朝から、肉料理のフルコースを大盛りで食べたりしません」



 ばっさりと切り捨てるようにカナリアは言う、突っ込まざるをえなかったのだ。流石に肉料理のフルコース大盛りを朝から食べるのを一緒にされては困る。



「なんだ、その胃に来る料理は……」

「あ、ルーカス様!」



 ノアの食事を見たルーカス様は腹部を押えながら渋い表情を見せる。ここでルーカスがくるのかとカナリアは痛くなる頭を押さえた。


 どうやら彼もフィオナと食事をするために食堂を訪れたようだ。



「あれ、ルーカス。お前もか」

「なんだ、リオ。フィオナは渡さんぞ」



 そして、リオが登場する。あー、こんなイベント確かゲームでもあったなぁとカナリアは思い出す。二人がフィオナを奪い合うんだよなぁとか、現実逃避するように。


 案の定、二人は言い争いを始めてしまった。フィオナが慌てて止めに入っているが注目の的である。ただでさえ、ノアが訪れて視線を集めていたというのにだ。


 カナリアはさっさと食べて此処から離れようとスープを流し込んだ。



「カナリアって食べるの早いよね」


「ノア様にだけは言われたくないのだけれど……。もうほとんど食べてしまっているじゃない」


「うーん、美味しいとすぐに食べちゃうんだよなぁ」



 ノアは「ベルフェットの用意してくれる料理は美味しいからね」と言いながら、大盛りの肉料理を短時間で全部食べてしまった。この王子の胃袋はどうなっているのだろうか、ちょっとした恐怖である。



「昼食も一緒に食べよう、カナリア」

「まぁ、別に構いませんけれど」



 断る理由というのも特にないのでカナリアはその申し出を受け入れた。


 そうすれば、ぱっと明るく嬉しそうに笑むノアにまるで褒められた犬のようだなと思ってしまった。



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