第19話 心配してくれたのだ、彼は
「話はわかった」
学園のとある教室内。アルフィーはそう言ってカナリアを見遣るも、その目つきは厳しいものであった。一人でレッドサーペントを相手にしたことについて彼は思うことがあったのだろう。
「お前はただの優等生とは思っていなかったが……」
「ワタクシもできるとは思っていませんでした」
これは本当のことだった。カナリアは倒れた時に意識があった。フィオナが自身を守るように盾になっていたのも倒れながらに見ている。彼女が弾き飛ばされた時、何かが切れるような音がしたのだ。
これがブチ切れたというやつなのかもしれない。全身の血というのが巡り、溢れるような感覚が襲ってきた。その瞬間、力が漲り戦える、そう思った。
「猫族の王家の血と魔導士の血かのう」
「ムハンマド学園長」
話を聞いていたムハンマドは白い髭を撫でながら言う、血というのは魔力と繋がっていると。それが濃ければ濃いほどに、強きものの血と交われば交わるほどに強固なものへと変わる。
カナリアの場合、猫族の王家の血がそれに関わっているのだろうとムハンマドは推察した。
「しかし、よく無事に戻ってきてくれた」
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「カナリア嬢、君のせいではないよ。幻覚にやられたオークと遭遇するだなんて誰も思わんだろう」
謝ることはないとムハンマドは笑みを見せる。彼は叱ることなく、カナリアの頭を優しく撫でた。
アルフィーは自身がもっと警戒していればとカナリアに謝罪していた。彼が悪いわけではないのだが、あまりにも真剣に謝るものだからその謝罪を受け取るしかなかった。
「事情はこれで全てだね? なら今日はもうゆっくり休むといい」
疲れただろうからねとムハンマドは気遣うように言ったそれにアルフィーも頷く。二人から戻っていいと言われ、カナリアは一礼して教室を出ていった。
ふっとカナリアは息をつく、やっと解放されたと肩の力を抜いた。力の使い過ぎとムハンマド学園長との会話で身も心も疲れてしまったようだ。
早く寮に返って寝たい、いや先に湯浴みか。そんなことを考えながら廊下を歩いていればノアの姿が目に入った。
彼はカナリアを見つけるやいなや、飛びついてきた。それに驚き、猫耳尻尾を思わず飛び出させてしまう。
「ノア様?」
「カナリア、よかった……」
安堵の声だった。ノアはカナリアの無事を心底、心配していたのだ。ぎゅっと抱きしめる力を強めて彼はカナリアの首に顔を埋める。
よかった、よかったと小さく呟く彼にカナリアどう反応していいのか分からなかった。こんなにも心配してくれているとは思っていなかったのだ。
「ノア様、落ち着いてくださる? ワタクシは大丈夫ですわ」
「怪我をしていたじゃないか!」
ばっと顔を上げてノアは言った。眉を下げて泣き出しそうな表情にカナリアは思わず吹き出しそうになる。いや、笑っている場合ではないのだが意外だったのだ。
「なに、その反応は!」
「ごめんなさい、ノア様。ちょっと意外な表情でしたので……」
「すごく心配したんだよ、僕!」
むっと頬を膨らませるノアにカナリアはごめんなさいと謝る。彼は純粋に心配してくれていたのだ。
だから、こうやって無事を確かめるように抱き着いている。彼の気持ちは素直に受け取っておくべきだ。
「でも、ノア様。よく来れましたわね」
「約束しただろう」
君に何かあればすぐにでも駆けつける、確かにそう言った。カナリアはノアの心配を打ち消すために言ってみただけ。けれど、彼はそれを約束としていた。
なんと素直なのだろう。そう思うとともに本当に自身を好きなのではないかと感じた。
(こんなワタクシの何処がいいのかしら)
そう思ってしまう。性格が良いわけでもないというのにどうしてと。やはりこの猫耳尻尾を気に入ってだろうかとか、そんな考えが頭に過るのだ。
「ありがとうございます、ノア様」
「いいんだ。君が無事ならそれで」
ノアは安心したように微笑む。それはとても綺麗でカナリアは見惚れてしまった。
彼は本当に心配していたのだ、邪な考えもなく。ただ、身を案じてくれていた。ただその微笑みだけで伝わってくる。それがなんだか、安心できた。
「もう大丈夫ですから、離れていただけます?」
「え、もうちょっと……」
「猫耳尻尾、仕舞いますわね」
「うわぁぁぁん、もう少しー!」
うん、いつもと変わらないな、この王子は。カナリアはくすりと笑って猫耳と尻尾を消した。その瞬間、彼がまた叫んだけれど気にしない。
君の紅く長い髪によく映えているというのになどと言っているが邪魔なのだから仕方ない。
「またいつか、ということで」
「絶対だよ、絶対!」
「分かりましたから、離れてください」
そう言えば、ノアは渋々といったふうにカナリアを抱きしめていた手を離した。それでも傍にいるように隣に立つ、まだ少し心配しいているようだ。
確かに怪我はしていたが治療を受けたので問題はない。ただ、少し身体が痛いが休めばそれも治まるだろう。
「カナリア様っ!」
「カナリア様~!」
自身を呼ぶ声に振り向けば、フィオナとシャーロットが走ってきていた。その様子にフィオナは大丈夫そうであった。
「ご無事でよかったですよぉ~」
「シャーロット、ごめんなさいね」
「カナリア様、ありがとうございます」
フィオナは頭を下げる。カナリアのおかげで自身が助かったのだ、お礼を言わないわけにはいかないと。律儀だなとカナリアは思った。
「いいのよ、フィオナさん。無事でよかったわ」
「カナリア様のおかげです。でも、その……どうして……」
もじもじとしながらフィオナは問う。こんな自分などと思っているのかもしれない、カナリアははぁっと溜息をついた。
「ワタクシ、そんなに薄情ではないのだけれど」
「ご、ごめんなさい」
「ほらまた謝る。言ったでしょう、謝罪を求めてもいないのにしないでと。ワタクシの友となりたいのでしょう。なら、そんな方を放っておくことはできません」
誰かを放っておくほど薄情ではない。友達を見捨ててまで助かりたいとも思わない。勝てるとは思っていなかったけれど、それでも放っておくことはできなかった。
「それにアナタはワタクシを助けようと立ち向かったでしょう」
恐怖もあっただろうに彼女はカナリアを守ろうと立ち向かった、その勇気に応えないことはできない。
それにフィオナが盾となってくれたから自身は態勢を整えることができたのだ。
「アナタのその勇気がワタクシを助けたのよ」
「で、でも……」
フィオナは自分の行動にまだ自信を持てないようだ。そんな彼女にカナリアはばしっと背を叩く。
「それとも、ワタクシを信じてくださらないの?」
「そ、そんなことはないです!」
「なら、自信を持ちなさい。アナタの勇気は人を助けたと」
真っ直ぐと向けられた言葉にはいっとフィオナは目を輝かせながら返事をする。シャーロットは何かを察知したのか、カナリアの腕に抱き着きながら威嚇していた。
そんな様子にまったくと息をつけば、フィオナの傍にいたクーロウが頭を下げる。彼女を助けてくれてありがとう、そう言うように。
「カナリア様、怪我はもう大丈夫で?」
「大丈夫よ、クーロウさん。ちゃんと治療受けましたから」
「それでも、やはり身体は休めるべきでしょう」
クーロウの言う通り、しっかりと休むべきである。それに同意するようにノアが腕を組んで頷いていた。
そうねと返事をしてカナリアも休むことにする。抱き着くシャーロットに部屋に戻るわよと、小突けばはいっと元気よく返事をし離れた。
「ノア様、今日は本当にありがとうございます」
「僕は何もできてないけどね」
「いいえ。アナタとルーカス様がフィオナさんを見てくれていたから、ワタクシは安心して戦えたのです」
彼らがフィオナの傍にいて、守ってくれたから自身は遠慮なく戦えた。敵だけを見て何も考えずに戦えたからこそ、勝てたのだ。
もし、彼らが一歩、遅ければ彼女も自身も命はなかったかもしれない。何もしていないことなどなかった、来てくれて感謝している。
「ありがとう、ノア様」
そう言うカナリアの表情は安心したような、優しげな微笑みを見せていた。それがあまりにも美しく思えて、ノアは返事もできず見惚れてしまった。
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